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義姉「イメージが崩れるからパス」インフルエンサーは忙しい?介護を拒否!→「フォロワー200人?」義姉が赤面

  • 2026.10.22

介護職に就いて10年。たくさんの現場を経験し、ようやく自分の仕事に自信を持てるようになりました。けれど、まさかその私が、親族の介護で心をすり減らすことになるとは思ってもみませんでした。

ある日、義母が倒れて救急搬送されました。幸い命に別条はなかったものの、足を骨折しており、軽い認知症の疑いもあると告げられたのです。

義母がこれまで通りひとりで暮らすのは、もう難しいでしょう。夫は仕事で家を空けることが多く、頼れる状況ではありません。

それでも、家族みんなで支えていけばなんとかなる。そのときの私は、そう考えていました。

「プロなんだから」と押しつけられた介護

退院後の義母の生活について家族で話し合う場で、真っ先に口を開いたのは義姉でした。「お義母さんの介護はお願いね」「プロに任せられるなんて最高だわ」そう弾んだ声で、私に言うのです。

耳を疑いました。たしかに私は介護職ですが、フルタイムで働いています。しかも義母宅までは片道1時間以上。毎日ひとりで介護を担うのは、どう考えても無理がありました。

一方の義姉は仕事をしておらず、義母宅までは自転車で10分ほどの距離に住んでいます。

さすがにひとりでは難しいと伝えても、義姉は「私も忙しい」「信頼できる人に任せたい」と涼しい顔で繰り返すばかり。それでも、目の前の義母を放っておくことはできません。結局、私が介護を引き受けることになりました。

介護保険の申請はしたものの、認定が下りて十分なサービスを整えるまでには、どうしても時間がかかります。それまでの間、私は退勤後に毎日、義母宅へ通うことになりました。

食事の準備、着替えの介助、服薬管理、入浴のサポート。仕事で慣れているはずの作業も、往復2時間以上の移動とフルタイム勤務が重なると、まるで別物です。

最初は、慣れればなんとか回せるだろうと思っていました。でも、睡眠時間は削られ、疲れが抜けない日が続きます。

限界を感じた私は、義姉に「週に1回の通院の付き添いだけでもお願いしたい」と頼みました。すると義姉は「実はインフルエンサーをしていて、PR案件もあるから忙しい」と言って拒否。「イメージも大事だから、介護をしていることがバレるのは嫌」とまで言われてしまいました。

SNSに疎い私には、その仕事がどれほど忙しいのか、どんなものなのか、見当がつきません。そういうものなのかと、引き下がるしかありませんでした。

義姉の嘘

その少し後、珍しく義兄から電話がありました。いつも母の介護をありがとう、という言葉に続いたのは、仕事の繁忙期がようやく終わったので、しばらくは自分も介護を分担したいという申し出でした。

張り詰めていた気持ちがふっとゆるみ、私は思わず涙をこぼしてしまいました。電話越しに声が震えていることに気付いた義兄が、慌てた様子で理由を尋ねます。

ずっとひとりで限界だったので、申し出がありがたかったのだと伝えると、義兄は不思議そうに言いました。

「え? うちの妻と君とで分担してるんでしょ?」

なんと義姉は義兄に、私と介護を分担していると話し、日々出かけていたのです。インフルエンサーの仕事についても尋ねてみると、義兄は苦笑いしながら教えてくれました。フォロワーは200人もいないようで、PR案件など来たこともない、趣味のようなものだと……。

あれほど堂々と忙しいと言い張っていたのに——。呆然としながらも、私はなんだか力が抜けて、少し笑ってしまいました。そして、ずっと言えずにいた言葉を口にしたのです。

「これ以上、私ひとりでは引き受けられません」

このまま私が倒れたら、骨折して自由に動けない義母の食事も薬も途切れてしまう。だからこそ、今のうちにきちんと伝えておかなければと思いました。

私はこれまでの状況を義兄に具体的に伝えることにしました。仕事柄、義母の服薬や食事、体調の変化はノートに記録しています。それを見返しながら、毎日どんな介護をしてきたのか、義姉には一度も手を借りられなかったことを、順を追って説明したのです。

義兄はしばらく黙って聞いていました。やがて、妻の言葉をそのまま信じて任せきりにしていたと謝り、すぐに妻と話をすると言ってくれたのです。

後日、義兄から、自分たち長男夫婦が同居して介護をすることに決めたと連絡が入りました。義兄によると、義姉は顔を真っ青にして、同居なんて無理だと強く反発したそうです。それでも義兄は譲らず、義姉は望まない形で同居介護を始めることになりました。

ひとまず、ほっとしました。ただ、これから義姉との関係がどうなるのか、少し不安もあったのが正直なところです。

義姉の変化

同居が始まって、わずか1週間。義兄には言いづらかったのか、義姉から私に電話がかかってきました。声の調子から、すっかり取り乱しているのがわかります。

「もう無理! 3食作って掃除して、お義母さんのお世話の繰り返し……。私、インフルエンサーなのに。こんな生活、フォロワーに見せられない!」

その言葉を聞いて、怒りを通り越して呆れてしまいました。私がひとりで続けてきた毎日を、義姉はたった1週間で投げ出そうとしているのです。

それでも、ここで声を荒らげても何も変わりません。ただ、これだけは言わずにいられませんでした。

「フォロワー200人のアカウントのことですか? インフルエンサーなんて……フォロワーさんもびっくりですね」

一瞬、電話口がしんと静まり返りました。

「そ、それは……」

義姉の弱々しい声を聞きながら、胸のつかえがすっと下りていくのがわかりました。忙しさを盾にした言い分は、もう家族の誰にも通じません。介護から逃げる理由がなくなったことは、義姉自身がいちばんよくわかっているように思えました。

その後、実際に介護を担う日々を重ねるうちに、義姉は少しずつ変わっていきました。これまで押しつけてごめんなさいと私に謝り、今では介護の勉強を始めたそうです。

私も、義姉夫婦だけに負担が偏らないよう、できる範囲で介護を分担しています。ひとりで抱え込んでいたころに比べると、気持ちにもずいぶん余裕が戻りました。家族で役割を分け合えている今が、いちばんバランスよく回っている気がします。

♢♢♢♢♢♢

家族の介護は、「できる人」や「慣れている人」に負担が集まりがちです。けれど、ひとりで抱え込み続ければ、支える側が先に倒れてしまうこともあるでしょう。

限界を感じたときは、無理をする前に「ここまでしかできない」と線を引き、状況を家族で共有することも大切です。ヘルパーやデイサービスなど外部の手を借りることも視野に入れながら、誰かひとりに寄りかからない形を家族で話し合って決めていけるといいですね。

【取材時期:2026年9月】

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

※AI生成画像を使用しています


著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

ベビーカレンダー編集部

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