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「韓国では映像化が難しかった」永野芽郁主演のNetflix映画『僕の狂ったフェミ彼女』、原作の“本当の狙い”

  • 2026.10.8

永野芽郁が映画で帰ってくる。

彼女が主演するNetflix映画『僕の狂ったフェミ彼女』が、12月3日に配信開始されると発表された。

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そして、フェミニストとなった“彼女”と真正面からぶつかる元恋人を木戸大聖が演じる。

タイトルだけを見れば、かなり刺激的だ。「フェミニストになった彼女」に振り回される男性を描くラブコメディ――そんな作品を想像する人もいるかもしれない。

だが、原作を生んだ韓国での評価をたどると、少し違った姿が見えてくる。

原作は、韓国の作家ミン・ジヒョンが2019年に発表した同名小説。刊行後にベストセラーとなり、その後、日本を含む6カ国で翻訳された。日本では2022年の刊行後、1万部以上を売り上げたという。

そして興味深いのは、これほど反響を呼んだ韓国作品でありながら、最初の映画化が韓国ではなく日本で実現したことだ。

韓国では「映像化が簡単ではなかった」
永野芽郁
(写真提供=OSEN)永野芽郁

しかも、日本での映画化が決まるまで、韓国国内でも映像化が試みられていたという。

原作者のミン・ジヒョンは、日本での映画化が決まった際、「この小説が最初に発表された韓国では、こうした物語が誰かに不快感を与えるのではないかという懸念から、映像化は容易には進まなかった」と明かしている。

さらに韓国メディア『女性新聞』のインタビューでも、「韓国内でも映像化を試みたが、簡単ではなかった」と振り返った。

その背景を考えるうえで無視できないのが、この作品を取り巻いてきた反応だ。同紙によると、2021年に『僕の狂ったフェミ彼女』がカカオウェブトゥーン(ウェブ漫画)で連載された際、ミン・ジヒョンは激しい個人攻撃にさらされ、警察の捜査によって加害者が特定されたケースもあったという。

もちろん、こうした騒動が映画化を直接阻んだと確認されているわけではない。ただ、男性主人公の目を通して男女の恋愛観のズレを風刺し、「フェミニストの恋愛」を真正面から扱ったこの作品が、韓国では単なるラブコメディとして受け止められてこなかったことは確かだ。

作者自身も『女性新聞』のインタビューで、「フェミニズム色が明確な本を書いてきたため、宣伝が難しいと言われ続けてきた」と明かしている。

そんな作品が、日本では2022年の刊行後に1万部以上を売り、ついにはNetflix映画として映像化される。ミン・ジヒョンは、日本で先に映画化されたことについて、「国境を越えて同じ問いを抱えているのだと感じさせてくれた、驚きと感謝を覚える経験だった」と語った。

本当に描いているのは「狂った彼女」なのか

では、原作は何を描こうとした作品なのか。

原作小説『僕の狂ったフェミ彼女』
原作小説『僕の狂ったフェミ彼女』

重要なのは、物語が男性主人公の一人称で進むことだ。彼は自分を常識的で、女性にも優しい男性だと考えている。従来型の恋愛作品なら、責任感があり、恋人を大切にしようとする“いい男”として描かれても不思議ではない。

ところが、この小説では、その「優しさ」の中に潜む価値観そのものが問われていく。

作者はインタビューで、主人公について、従来のジェンダー観に基づいた恋愛小説なら「決して悪くない、責任感が強くロマンチックな男性」と見ることもできると説明している。しかし、その恋愛のルール自体を望まなくなった女性たちが現れた。そこが作品の重要なポイントだったという。

つまり、『僕の狂ったフェミ彼女』というタイトルは、そのまま作者の主張ではない。「彼女はおかしくなってしまった」と感じる男性側の視点をあえて前面に出すことで、その認識のズレを浮かび上がらせる仕掛けなのだ。

実際、韓国ではこの仕掛けを文字通り受け取り、「主人公の男性はかなりいい人だ」と評価した読者もいたという。

元恋人役を演じる木戸大聖
(写真提供=Netflix)元恋人役を演じる木戸大聖

作者は「語り手の考えをそのまま見せながら、実際には一度ひねって風刺するメタ小説を意図していた。その“メタ”を文字通りに受け取る反応を見たときは、少し不思議だった」とし、「おそらく、読む人のジェンダー感覚やフェミニズムの問題に対する理解度によって、そうした受け取り方の違いが生まれるのではないかと思う」と振り返っている。

「元彼たちが共同執筆したのかと思った」

一方、多くの20~30代女性から寄せられたのは、まったく別の反応だった。

「自分の話みたいだ」「元彼たちが共同執筆したのかと思った」といった感想が多かったと作者自身が明かしており、韓国では若者の恋愛をあまりにも現実的に描いた「ハイパーリアリズム」小説とも評された。

その背景には、作者自身の経験もある。

ミン・ジヒョンは「一人のフェミニストとして日常生活でさまざまな苦労を経験するなかで、私自身が特に身近に感じていたのが恋愛の問題だった。周囲を見ても、多くの友人たちが、フェミニストではない男性との恋愛の過程で苦労していた」と述べ、「フェミニストの恋愛」を正面から扱う作品を書こうと考えたという。

だからこれは、フェミニズムについて講義する小説というより、もっと身近な物語だ。恋人同士の役割をどう考えるのか。相手にどこまで自分の価値観を理解してもらうのか。「優しくしているのだから問題ない」と考える側と、その優しさの前提自体に違和感を覚える側の葛藤。

恋愛という極めて個人的な関係の中に、社会の価値観のズレを持ち込んだからこそ、多くの読者が「自分の話だ」と感じたといえるかもしれない。

(写真提供=Netflix)映画『僕の狂ったフェミ彼女』

日本でも、この作品は1万部以上を売り上げた。韓国メディア『女性新聞』によると、日本の男性読者からも、恋人とジェンダー問題をめぐって衝突した経験を振り返り、「この本を読んで多くのことに気づき、反省した」という声があったという。少なくとも、日本でも自分たちの恋愛やジェンダー問題に引き寄せて読んだ読者がいたということだ。

そして今回、その作品を永野芽郁主演で日本が映像化する。

原作が描いたのは、単純な「フェミニスト女性と優しい男性のすれ違い」ではない。むしろ、「優しい男性」という自己認識そのものまで問い直す作品だった。

韓国では映像化が簡単ではなかった原作を、日本版Netflix映画はどこまで描くのか。12月3日の配信で最も注目したいのは、そこかもしれない。

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