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『ラストノート』最終話で示されたマインドセット――澄晴(寺西拓人)「ひとりでも歩いていけるけど、ただ好きだから隣にいる」という考え方の意味とは?

  • 2026.9.28

こんにちは、恋愛コラムニスト・恋愛カウンセラーの堺屋大地です。

内田有紀さんとtimelesz・寺西拓人さんのダブル主演作『ラストノート』(フジテレビ系)。「大人の純愛ドラマ」として描かれてきた本作は9月17日(木)に最終話を迎えました。

そこで今回は『ラストノート』最終話のエピソードから学べるマインドセットについて、お伝えしていきます。

最終話、葵と澄晴の距離を置く前の会話

19歳という年の差がありながら、互いに惹かれ、愛し合っていた葵(内田さん)と澄晴(寺西さん)。

ただ、一時的に離れていた時期にスランプのような状態に陥り、葵の調香師に戻るという夢、澄晴の画家になるという夢がうまくいかなくなってしまいます。つまり、愛するパートナーがいなくなると、自分ひとりでは人生をうまく歩いていけなくなっていることに互いに気付くのでした。

最終話で葵と澄晴はこんな会話を交わしていました。

葵「私、この恋を、自分を失う恋にしたくない。けっきょく、自分の人生変えられるのは、自分だけなんだと思う。(中略)だから、いまからでも、必死に夢と向き合ってみようって思うの。自分の力で香りを取り戻して、いつか、あなたの前で心から笑いたい。並んで前を向いて、歩いていける、そういうふたりになりたい」

澄晴「葵さんが言葉にしてくれて、やっとわかった。自分の夢は、自分で取り返す。ひとりでも歩いていけるけど、ただ好きだから隣にいる。そういうふたりに俺はなりたい。俺、東京離れて、絵の勉強してくる。必死で」

この後、澄晴は海外へ旅立つのでした。ふたりは2年後のラストシーンで再会するまで距離を置いていたのです。

パートナーが必要不可欠になりすぎると……

前述のふたりの会話から学べるマインドセットは、結婚を前提に交際するパートナーがいる読者のみなさんにも参考になると思うのです。

葵は、澄晴との恋愛によって自分らしさを失ってしまいかねないことや、自分の人生を好転させることを彼に頼ってしまっていたと気付いたのでしょう。

一方の澄晴も、葵に頼らずとも自立できるようになって、そのうえで「好きだから」という純粋な気持ちだけで一緒にいたいと思える関係性になりたいと感じたようでした。

もちろんお互いを必要とするのは悪いことではないですが、筆者もパートナーへの気持ちが膨らみすぎて依存のような状態になってしまうことは、あまり好ましくないと考えています。

とはいえ、そういうパートナー同士は離れ離れになったほうがいいとは、決して思いません。劇中のふたりは澄晴が海外へ行くことによって物理的にも精神的にも距離を置いていましたが、それはあくまで極論の最終手段でしょう。

“ふたり一緒にいること”がダメというわけではありません。しかし“ふたり一緒にいると自立できなくなってしまうこと”や、“ふたり一緒にいると自分らしさを失ってしまうこと”には注意が必要で、そういう状態でいると関係性に不和や衝突が生じてしまう可能性も考えられるということです。

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「好きだから一緒にいたい」という関係性

もし、夢や目標へ向かう推進力がパートナーに頼りきりになってしまっていたり、パートナーと一緒にいるとアイデンティティが失われそうになっていたりするなら、一度きちんと話し合いの場を作ったほうがよいかもしれません。

その際は、話し合いの前提となるテーマを前もって共有しておくとよいのではないでしょうか。

前提となるのは、「距離を置く」「別れる」というネガティブなベクトルにならないようにするためであり、ふたりがこれからも幸せに一緒に居続けるための改善策を考えるという、ポジティブなベクトルを目指す話し合いであるということでしょう。

具体的な話し合いに入る前に、ネガティブな結論を導くための場ではないのだという方針を共有しておくと、ポジティブな未来へ向けての建設的な話し合いできそうです。

ひとりでも自分の人生をしっかり歩んでいけるけれど、そのうえで「好きだから一緒にいたい」というシンプルな理由で、パートナーと人生をともにする考え方もあるのだと、みなさんも覚えておくといいかもしれません。
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