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「いらない!」92歳の認知症の母に贈ったベスト。数時間後の姿に私の胸が詰まったワケ【医師監修】

  • 2026.8.25

母は、3年前に手首の骨折で入院したころから認知症が始まりました。退院後しばらくして、股関節を骨折し、手術後は歩行器が手放せなくなりました。母は1人暮らしを断念して、親戚が営む老人ホームに入所しました。施設で暮らして2年目のこの年、母は92歳を迎えました。私は母の誕生日を祝うために帰省。実家近くに住む兄とともに親子3人水入らずで1日過ごしたのですが……。そこで見たのは、信じ難い母の姿でした。

施設での暮らしの中で変わっていった母

母は、老人ホームに入所して身の回りの家事を自分でする必要がなくなり、施設内で過ごす時間が増えたことも関係しているのか、当初は軽度だった認知症の症状が少しずつ目立つようになっていきました。

しかし、時々電話をすると、最初は退屈な日々に不満ばかりだった母も、次第にスタッフや入所者とのエピソードも話すようになり、新しい生活になじんできた様子がうかがえました。

ただ、認知症の症状には波があり、突然電話をかけてきては「寂しい、もう生きていたくない」と泣き言を言ったり、「私は自分の母親が入院したとき毎日お見舞いに行ったのに、あなたたちは全然来ない!」と怒り散らしたりするのでした。

最近は母の怒りっぽさや暴言が目に余るようになって、気持ちを落ち着かせるための薬を処方してもらっていると兄から聞きました。

そんな母と半年ぶりに会うために、私は母の誕生日に合わせて帰省することにしました。実家近くに住む兄に母の外出許可を取ってもらい、親子3人で母の誕生祝いをしようと考えたのです。

誕生日プレゼントを渡すと…

施設に入ってから母は「服はもういらない」と言っていました。ですが、私は兄からのメールに時々添付される母の写真を見て、いつも同じベストを着ていることが気になっていました。

それは、手芸が得意な母が自分で編んだ前開きの黒いベストです。昔から母はよく「背中が寒い」と言ってベストを羽織っていたことを思い出し、私は誕生日プレゼントに毛糸で編まれた紫色のベストを用意しました。

帰省当日、駅で出迎えてくれた兄の車には、母が機嫌よく座っていました。その足で昼食を食べる店に向かい、料理が出てくる前に私は母にベストを渡しました。

気難しい母のこと。「たとえ気に入ってもらえなくても仕方ない」と覚悟の上で渡しましたが、思いの外喜んでその場で羽織ってくれたので、私は胸をなで下ろしました。

昼食後、ゆっくり話をしようと実家に向かいました。道中、母は思い出話を語りながら歌まで歌って上機嫌でした。

突然、別人のようになった母

ところが、実家の居間に座るやいなや、さっきまでとは別人のように、暴言を吐き始めたのです。

母の気分を変えようと、私が「ベストに名前を書かかなくちゃね」とベストを取り出すと、母は急に「何この色! お母さん嫌い! 絶対に着ない!」と言い出したのです。

私は驚いて言葉を失いました。兄は「上品ないい色だよ」と口添えしてくれましたが、母は「着ない、いらない!」の一点張り。

覚悟はしていたものの、あまりのひどい言い方に私は少なからず傷つきました。

実家で母の感情が乱れた理由

実家に帰ったことで、母は気持ちだけ昔にさかのぼり、家族の世話をしなければと肩に力が入ったようです。「夕飯を作らないと」と台所に立とうとする母に、兄が「ガスは栓を止めてるから使えないよ」と言うと、「それじゃあ、お湯が沸かせない! お風呂に入れない!」と怒り出しました。

実家の固定電話を解約した話になると、「電話がなくなっちゃったの? 友だちから連絡があったらどうするの?」とおいおい泣き出しました。いずれも兄は母と相談した上で母の言う通りに手続きしているのに、そんなことはすっかり忘れているのです。

感情が乱高下する母をなだめ続けて、私も兄もクタクタ。夕方、母を施設に送る車の中は交わす言葉も少なく、重苦しい雰囲気でした。

別れ際の母の姿

施設に着くと、私たちは母を部屋まで送りました。「着ない」と言われたベストも、また気が向くかもしれないと思い、黙って部屋のクローゼットにしまおうとしたそのときです。

母はそれを見つけて「これ何? お母さんにくれるの? いいベストだね、うれしい!」と言うのです。私はやりきれない気持ちになりました。

別れ際に振り返ると、母はこちらを見ることなく、膝の上に置いたベストを大事そうにさすりながら「ありがとう、ありがとう……」と何度も頭を下げています。その姿に私は何とも言えない寂しさが込み上げ、胸が苦しくなりました。

まとめ

母はとても厳しい人だっただけに、駄々っ子のように感情をむき出しにしながらコロコロと人格が変わる様子はショッキングでした。

長生きしてくれていることはありがたいはずなのに、見たくはなかった親の姿を目の当たりにすることは、私にとって想像以上につらいことでした。

自宅に戻っても数日間は、心が追い付かない状況でした。プレゼントしたベストは着てくれているようなので安心しましたが、あの日見た母の姿と寂しさは、今も忘れることができません。

※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。

※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。

監修:菊池大和先生(医療法人ONE きくち総合診療クリニック 理事長・院長)

著者:あらた繭子/50代女性。1999年生まれの息子と2005年生まれの娘をもつフリーライター。長年にわたる無茶な仕事ぶりがたたり、満身創痍の身体にムチを打つ毎日。目下の癒やしは休日のガーデニングと深夜のKPOP動画視聴。

イラスト:おーちゃん

※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年6月)


監修者:医師 医療法人ONE きくち総合診療クリニック 理事長・院長 菊池大和先生

地域密着の総合診療かかりつけ医として、内科から整形外科、アレルギー科や心療内科など、ほぼすべての診療科目を扱っている。日本の医療体制や課題についての書籍出版もしており、地上波メディアにも出演中。

ベビーカレンダー/ウーマンカレンダー編集室

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