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シングルマザー、家を買う。

  • 2016.7.21
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シングルマザー、家を買う。 2016.07.21

我が輩はシングルマザーである。家はもうある。

勘違いしないでいただきたい。独身時代に購入したマンションに転がり込んできたのは、向こうのほうだ。そして、いま、娘の小学校問題を前に引っ越し、つまりは家の買い替えを検討している。選んだ街は、東京屈指の高級住宅街、世田谷区代沢。お屋敷と呼ぶにふさわしい日本家屋が点在するこのエリアは、新築分譲物件がほとんど建たず、中古であるのは一億越えのマンションばかり。はて、困ったもんだと思った筆者は、TOKYOWISEでもお馴染みの東京R不動産ディレクター・林厚見氏に助けを乞うことにした。

【筆者の買い替え戦略】

2010年に築6年の中古マンションを購入。場所は京王線沿線駅より徒歩1分。37㎡の1LDK。そのマンションを売却して、買い替えの頭金に回そうと考えている。現在、小学校の学区内で家を探しており、狙うは、下北沢駅から徒歩5分の新築分譲マンション。

家を買うならやっぱり新築なのか?

TOKYOWISE(以下TW): 林さん的には、中古ですよね?

林:うーん、不動産の選択って、年頃の女性に男の人を紹介するのと一緒で、その人の価値観や嗜好を理解していないと良いアドバイスができないんだよね。僕は嗜好がちょっとマイナーなところがあるから新築は選択肢にほぼ入らなくて、中古物件をリノベーションして住むことが好きなわけだけど……。そもそも、なんで新築がいいの?

TW:実家が目黒にあるので、親に何かあったら実家に帰ることも考えています。いずれ売ることを考えると、新築のほうが高く売れるのかなと。

林:目黒に実家がある以上、もう経済的な損得をそこまで気にしなくていい気がするけど(笑)。新築にはローンの条件とか、10年後でも売りやすそうとか、メリットはあるんだけど、中古物件だって割安で変えればむしろいいんだけどね。実際、計算しても経済的においしい物件は中古に多いし、新築も、一日住めば中古物件になってドンと下がるってのもある。いずれにせよ、次に売ることを前提にして手に入れた家にトキメキはあるのかなあ。

TW:トキメキですか?

林:そう、売りやすい車に乗るか、乗りたい車に乗るか、みたいな話。僕は日々好きな仕事をして生きて、それが終わったらさくっと死にたいって考えるタイプだから、不動産のことも刹那的なところがある。蓄財して、安心や安定を将来に持って行く考え方をあんまりしていない。こういう選び方は、女性には非常にウケが悪いんですけどね(笑)。

TW:つまり、新築を買うなと(笑)。

林:資産運用を重視するひとが新築を買うことがある程度合理的だというのは、まあそうかなとは思う。けれど、時代は変わってきている。ちょっと上の世代の金持ちは、ヒルズやタワーの最上階と軽井沢別荘っていうのがセオリーだったけれど、いまは若手のIT経営者が、築30年、40年のリノベーション物件を1億出して買ったりする時代。物件の値段というのはマジョリティの公約数が決めていくものだから、世の中の嗜好が変わるとどうなるか、意外とわからない。

人生もDIY、空間もDIY

TW:では、仮に中古物件を買うとしましょう。あんなにオシャレにリノベーションする自信がないし、正直面倒くさいなって思ってしまって……。

林:どうリノベーションすればいいかわからない、というのはごく普通のことで、みんなそうですよ。自分でやる必要はなくて、プロに頼めばいい。洋服の組み合わせを考えたりするのも面倒ですか?

TW:いや、それは好きです。新築なら、最初に床材と壁紙とか選べるじゃないですか。それぐらいで充分満たされてしまうというか。

林:その普通っぽさは、すごく東京っぽい。逆によくわかっていないのに、「カスタマイズ興味あります!」っていう人のほうがカッコ悪い(笑)。わかったうえで言っていればいいんだけど。

TW:でも、時代はリノベ物件に流れているんですよね?

林:それは方向としては確実にありますね。さらに言うと、そのリノベを“自分たちで楽しんで作っていく”というのが今の先端。家を完成させることが目的ではなくて、過程そのものを楽しむというか。

TW:DIYってやつですね。

林:まず、家を買うのに、ステイタスの高い既製品を買うという選択肢がまずあって、もうちょいこだわる人は「どこそこの建築家にデザインしてもらった」と自慢する路線になる。でもこれもある意味ではステイタス・パッケージでもあって、本当の意味では自分のものではなく、建築家のもの。いじったらデザインが崩れてしまうから、住み手はその家をひたすら愛でるしかないわけ。

TW:完璧な新築マンションを買ったら、IKEAのソファを置くぐらいしかできないと。

林:もうひとつの選択肢としてあるのが、リノベーション可能な物件を買って、自分でいろいろといじっていく路線。床いじって、壁いじって、キッチンいじって、延々といじり続けていく。そうこうしていくうちに、自分の生活にフィットしていって、スキルもセンスも上がっていって、羨ましがられる空間になって、それが逆にステイタスにもなっていく。それはすごくハッピーな世界だと思う。

東京で家を買う、ということは?

TW:今回の「TOKYO SYSTEM」というテーマですが、東京で家を買うことでオキテというか、見えない壁みたいなものってあるんですかね?

林:実家が東京にある人の余裕みたいのは、まあありますよね。ただ東京は京都みたいに「お金出しても買えない」みたいな世界はほとんどない。場所や物件の選び方のかっこいい・ださい、みたいなのはまあ、なくもないかも笑。東京出身者は、自分が育ったエリアという決定的なローカルの価値観がある。こういう仕事をしていると、「どこがいいですか?」ってよく聞かれるけど、「じゃあ、どこがよさそうですか?」って聞くことにしてる。

TW:なぜか地方から出てくる人は、東横線か井の頭線沿線に住みたがりますよね(笑)。

林:右脳と左脳の使い方の話でいうと、物件を選ぶとき、情報を集めたり勉強したりするのは左脳だけど、最終的なジャッジメントを下すのは右脳。結局、人はこれまでに育まれてきた環境に影響されて家を買う。もって生まれた“血”というか。こればかりは、知識やスキルでは追いつけない。

TW:確かに、私は目黒・世田谷以外を選ぶことはないですね。

林: その感じって、勝ち続ける”血”って感じがするよね(笑)。最初にも言ったけど、僕の考えとしては、安心や安定を未来にセットして、それをデザインしようとすると案外「負ける」パターンが多いと思ってる。その人なりの幸せがあって、それに沿って家を買うのが正解なんだと思う。

TW:私は、どうしたらいいんでしょうか。

林:正解は・・ありません!明らかに割高なものを買うのはちょっとアレだけど、フィーリングで決めましょう。東京育ちのアナタは、そんなに間違わなそうだから。そもそも、家を買ってそのときはいい気になったり、充実したりするかもしれないけど、死ぬときにならないと、それが幸せだったのかはわかんないよね。自分に言わせてみれば、成金っぽいというか、ステイタス誇示みたいに見えちゃうのが嫌だ。まだ新築買いたい?(笑)

TW:とりあえず、案内会には参加してみようかな……。

林:まあでも、経済的なセイフティを考えるなら、多少ダサくいたほうがいいんじゃない?

TW:うわっ! なんか最後にイラッときました(笑)。

さて、新築にしようか、中古にしようか。シングルマザーが無事に家を買えたかどうかは、また別の企画で(機会があれば)。(Text: Ayako Takahashi- TPDL)

林 厚見 ATSUMI HAYASHI

1971 年東京生まれ。東京大学工学部建築学科(建築意匠専攻)、コロンビア大学建築大学院不動産開発科修了。経営戦略コンサルティング会社マッキンゼー& カンパニー、国内の不動産ディベロッパーを経て現職。 物件サイト「東京R 不動産」、「R 不動産toolbox」のマネジメントのほか、建築・不動産・地域等の開発・再生や新規事業のプロデュースを行う。共編著書に『東京R不動産2』『だから、僕らはこの働き方を選んだ』『toolbox 家を編集するために』『2025年の建築 新しいシゴト』等。

東京R不動産

http://www.realtokyoestate.co.jp/

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