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『VOGUE JAPAN』8月号、編集長からの手紙。

  • 2016.6.29
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バレンシアガ

2016-17年秋冬コレクション。 Photos: InDigital

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「ありのままの自分」を問う、「服」が注目される理由。

今年の3月初め、パリでバレンシアガのショーを見たとき、フラッシュバックのような感覚を覚えました。世界中の雑誌のカバーを飾り、SNSで膨大なフォロワーを誇る人気モデルはいっさい登場せず、街ですれ違うような"普通"の女性たちが、それぞれの個性を強調した"ノーメイク"メイクでランウェイを淡々と歩いてゆく......。

同じような光景をどこかで見たことがある。そうです、90年代に見たマルタン・マルジェラのファッションショー。友人やストリートキャスティングによるモデルの雰囲気、トラッドでベーシックな服を斬新なバランスとコンセプトで「脱構築」する姿勢など、かつてマルジェラが提示した時代精神が20年の時を超えて蘇ったようでした。

そのバレンシアガの新アーティスティック・ディレクターとして初のコレクションを発表したのは、自身のブランド、ヴェトモンでも人気沸騰中のデムナ・ヴァザリアです。彼の登場は、2016年秋冬のファッション界に突然吹いた疾風のようでした。キラキラした派手さよりもリアルを、わかりやすいラグジュアリーよりもクールなデイウェアを、というデムナのデザイン戦略は、90年代を知らない若者から当時を記憶する世代まで、幅広い年代の人々の心をたちまちのうちにつかんでしまいました。そこで、秋冬シーズンの先駆けとなる今号では、そんなファッションの大きな変化に、新感覚のカジュアルシックスタイル(p.063)からヴェトモン分析(p.084)、90年代研究 (p.096)と、さまざまな角度から注目しています。

モードにおける90年代論を寄稿してくれたジャーナリストのサラ・モーアは、現在の状況「ニュー・ナインティ」と呼び、その類似点を語っています。狂騒的にきらめいた80年代の後、90年代の初頭にはバブル崩壊による景気後退があり、その反動がグランジ的なアンチファッションやアントワープ勢の台頭につながっていきました。

それと比較してみて浮かび上がる現在の特徴は、90年代より深刻かもしれない世界的な経済不安や格差の拡大があるにもかかわらず、一方でレッドカーペット的なセレブ文化の華やかさが極端に同居するような状況。そのギャップの中で、よりリアルで気軽、かつ自由でクリエイティブな刺激を人々が求め始めた、ということが言えそうです。

この時代の流れを見ていて、私の意識に浮かんだのは日本人デザイナーの存在でした。ヴォーグのウェブサイトで若手世代の日本人デザイナーに会いに行く企画を連載しているのですが、30代後半の日本人デザイナーたちの意識が、彼らとほぼ同世代のデムナたちのムーヴメントに通じるものがあると感じるのです。彼らは90年代にファッションと出会い、その当時に触れた熱気が現在のクリエイションの原点になっていると語ります。思い返してみると、マルジェラの世界初のショップが誕生したのは東京でした。

それはすなわち、90年代のコンセプチュアルなモードを最も理解し愛したのは日本人だった、ということの証明とも言えます。LVMHプライズのファイナリストに選ばれたファセッタズムの落合宏理さんなど日本人デザイナーたちの多くが、「ニュー・ナインティ」の到来とともに、「今こそ自分たちの活躍の場を広げる時だ」と意欲を膨らませているのを実感しました。世界のファッション界での今後の彼らの活躍に、より一層の期待が高まります。  

今月、秋冬コレクションの総論(p.126)も執筆しているサラは、今シーズンのモードのトレンドに込められたメッセージは「ありのままの自分でいるのはクールなこと」、と総括しています。ヴェトモンバレンシアガのメイクとヘアを担当したインゲ・グロニャールとギャリー・ギルは、ショーでモデルたちの"ロールック(生の美)"を作り上げたのは、SNS 時代の"完璧な美"に対する真っ向からのチャレンジだと語っています(p.088)。「等身大でありのままの美しさを受け入れることこそ、今後のモード界が最も必要としているものだと思う」と。

SNSの存在。それが90年代と今との最も大きな違いと言えるかもしれません。しかし、ヴェトモンがブレイクしたのも実はSNSが大きく影響しています(リアーナやカニエ・ウエストが着用/p.088)。私たちは、過去から学ぶことはできても、もはやこの時代のあり方から逃れることはできません。ときには、休みなく流通する膨大な情報とそのスピードに疲れてしまうこともあるでしょう。

そんなときは、「服(フランス語でヴェトモン)」という名の服を着て、「ありのままの自分」を見つめ直してみるのもひとつの選択。そんな気持ちに深い共感を覚えるのは、決して一部のファッションフリークだけではないのは今、確かなことと言えそうです。

参照元:VOGUE JAPAN

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