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「最愛の母が46歳で大腸がんで余命宣告。父は仕事へのやる気を失い…」スザンヌ似の福岡美女が、父の会社を継ぎ“可愛すぎる鳶職人”になった理由「私は自己犠牲の塊なんです」

  • 2026.2.23
【写真・画像】「最愛の母が46歳で大腸がんで余命宣告。父は仕事へのやる気を失い…」スザンヌ似の福岡美女が、父の会社を継ぎ“可愛すぎる鳶職人”になった理由「私は自己犠牲の塊なんです」 1枚目
ABEMA TIMES

「可愛すぎる鳶職人」とSNSでバズった美女は、なぜ鳶職人になったのか。過酷な道を選んだ真の理由が明かされた。

【映像】スザンヌ似と話題「可愛すぎる鳶職人」と呼ばれる現在の姿

2月22日放送のABEMA『秘密のママ園』内のコーナー『のぞき見!隣のママ』では、福岡県で建設会社を経営する31歳のママ・優希さんの仕事現場に密着。優希さんは2人の娘を育てる母親でありながら、現場を仕切る2代目社長としての顔も持っている。

3人兄弟の真ん中として育った優希さんは幼少期を振り返り「鍵っ子だった」と語る。当時の母親は「ギャンブラーだった」そうで、常にパチンコ店におり、家を空けがちだった。そのため優希さんは幼くして料理をするなど、兄弟たちの母親代わりをこなす日々を送っていた。それでも「お母さんのことは大好きだった」という複雑な愛情が、彼女の人生を大きく左右することになる。

【写真・画像】「最愛の母が46歳で大腸がんで余命宣告。父は仕事へのやる気を失い…」スザンヌ似の福岡美女が、父の会社を継ぎ“可愛すぎる鳶職人”になった理由「私は自己犠牲の塊なんです」 2枚目
ABEMA TIMES

高校卒業後、土木業の事務職に就いた優希さんをさらなる悲劇が襲う。最愛の母が46歳の若さで大腸がんステージ3を宣告されたのだ。余命半年という宣告を受け、彼女は仕事を辞める、看病に私生活のすべてを捧げたが、わずか4ヶ月で母は帰らぬ人となった。母の死後、父・富雄さんは生きる気力を失い、急激に老け込んで廃業を考えるまでになった。その姿を目の当たりにした優希さんは、「自分がやるしかない」と決意。「やらないという選択肢はない」と、父の会社を継ぐ二代目社長としての道を歩み始めた。それは、愛する父を支えたいという一心から生まれた、彼女なりの愛の形だったと振り返っていた。

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