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大学中退後にハローワーク→時給数百円の清掃員→「2500万発言」で炎上…就職氷河期世代の杉村太蔵(46)が、それでも“フリーランス界の頂点”に立てたワケ

  • 2026.2.21

元衆議院議員・タレントの杉村太蔵さんは、実は、自他ともに認める“超一流投資家”でもあります。こつこつと株式投資を続けた結果“億り人”の仲間入りを果たし、その投資哲学は今や多くの個人投資家からも注目を集めています。今年1月には『杉村太蔵の推し株「骨太」投資術』(文藝春秋)を出版されました。

そんな杉村さんが、人生で一番「お金」に困った時とは……?


高校時代にテニスの国体で優勝

杉村さん。©文藝春秋

――ここからは杉村さんの「人生とお金」の話もうかがいたいと思います。

振り返ってみると、僕の人生って本当に変だと思います。〝準主役〟みたいな立場でずっとここまでやってきている。

まず、経験者である父親や祖父の影響もあって、小さい頃からテニスに熱心に取り組んでいたんですが、私実は、高校時代に国体で優勝しているんですよ。

――華々しい経歴ですね。

……それが実は団体戦なんですよね。テニスの国体は各都道府県で予選をやって、シングルスの優勝・準優勝がその地域の代表となります。で、各都道府県のエース同士が対決をしていくんですよ。最初にシングルスをやって、1勝1敗になったらダブルスで決戦をおこなう仕組みです。僕は国体の1回戦も、2回戦も、シングルスで負けてしまっているんですよ。ダブルスでなんとか後輩に引っ張ってもらって、準決勝まで進めたというのが裏の話です(笑)。

大学中退後、「ヤングハローワーク」に……

杉村さん。©文藝春秋

――大学はスポーツ推薦で筑波大学に進学されますが、スポーツも勉学も疎かになり、2年留年したのちに6年目で中退をされました。

人生で一番お金に困ったのは、大学を中退してからですね。

当時は就職氷河期の真っただ中で、まともに4年で卒業した人間ですら30~40社受けてもひとつも内定が出ない時代でした。6年もかけて中退した人間なんて誰も相手にしないわけです。

国会議員の経験がある人間で「ヤングハローワーク」に通ったことあるの、僕だけじゃないかと思いますね。あそこに行ったら担当者が「杉村君、やりたいことを見つけなさい」って言ってくるんですよ。でもやりたいことを見つけられる人間だったら、ハローワークなんて最初から来ないですよね。「もうなんでもいいです、やれることを教えてください」っていうね。2カ月くらい通い続けましたね。

その時は千葉の松戸にあるワンルームマンションに住んでいました。親からの仕送りも途切れて、引っ越しのバイトをやったりして食いつないでいました。

清掃の仕事からいきなり証券マンに

杉村さん。©文藝春秋

―そのあと、安定した職は得られたんですか?

紆余曲折ののち、ある派遣会社に登録することができたんです。はじめて派遣された先が、自民党本部からもほど近い、地上44階地下4階建てのビルを清掃する会社でした。それでも時給何百円の世界ですから、きつかったですよね。

たまたま担当したのが外資系証券会社のフロアで、朝から晩までトイレ掃除をしたり、プリンタの紙詰まりを直したりしていました。そこでよく顔を合わせていたカナダ人の営業幹部と仲良くなって、身の上話をしたところ、「おまえは将来出世するから、うちで使ってやる!」と言われて。すぐに試験を受けさせてもらい、無事に入社できました。

証券マン時代の杉村さん。上下白のスーツを着こなし、東京の夜景を見下ろす。(ご本人提供)

――清掃の仕事から、いきなり証券マンですか。

そんなキラキラしたもんじゃないですよ。証券会社には勤めていましたけど、2000人ぐらいいる会社の中で「自分が最も底辺の人間だな」と思っていました。僕はアルバイトに毛がはえたような存在で、資料づくりといっても、アナリストが作った分厚いレポートを正確にホチキス止めするだけでした。雑用中の雑用ですよね。

それでも面白かったのは、当時は年収600万ももらっていたの。勉強熱心だから、自分で言うのもなんだけど、めちゃくちゃ出来がよかったんです。スポンジのようになんでも吸収する男でした。

2005年の郵政選挙で当選し、証券マンから政治家に転身しましたが、あのまま行くと間違いなくニューヨークのウォール街でトップを取れたと思うね。人生の2回目があれば、もう一度選挙に出たいとは思わないけど、もう一度ウォール街で勝負してみたいなと思います。

新人議員時代に「2500万円」発言が炎上も……

新人議員時代の杉村さん。©文藝春秋

――国会議員時代の杉村さんで「お金」の話といえば、給料が「2500万円」発言が炎上したこともありました。

衝撃だったんだよ! こんなにもらえるんだって。当時、文書通信交通滞在費は毎月100万で、領収書は必要なし。マジっすか、みたいな。しかも赤坂の議員宿舎に、普通なら家賃が70万とか80万するところに、10万いかないぐらいで入れたんですよ。衝撃的すぎて、それをそのままテレビで言ったら、各所で問題になってしまって、安藤優子さんがブチギレですよ(笑)。

新人議員時代の杉村さん。©文藝春秋

――その後、2010年の参院選で落選されましたが、現在はタレントやコメンテーターとしても幅広く活躍されています。

TBSの『サンデー・ジャポン』は16年も無欠勤で続けていますけど、僕ってレギュラーじゃないんですよ。ずっと“準レギュラー”で出ているんです。事務所に所属しておらず、マネジャーもいないので、スケジュール調整は全部自分でやっている。毎週木曜日の夜7時くらいに「今週も空いてますか」ってTBSから連絡が来るわけですよ 。連絡が来なかったらその週の出演はないということ。

こんなふうに、僕の人生は「明日なき今日がずっと続いている」んですよ。面白いじゃないですか。大学はずるずると6年在籍した末に中退、選挙も比例単独だから誰も「杉村」に対して票を投じたわけではない、長く続けている番組も準レギュラー扱い。ずっと中途半端な経歴なんだけど、それが地味に蓄積していった結果、「フリーランス界の頂点」に立っていると言えますね。なんかバカっぽくていいでしょ(笑)。

杉村さんの強さの理由とは?

杉村さん。©文藝春秋

――確かに。杉村さんの強さとは何だったのでしょう?

今、派遣社員で働いておられる方が150万人くらいいらっしゃるのかな。僕もずっと派遣社員をやってましたけど、すごくラッキーだったのは、その先々で人との縁に恵まれていたということです。清掃先で仲良くなったカナダ人の営業幹部は、私を証券の世界に引き入れてくれた恩人です。コメンテーターとしての杉村太蔵というキャラクターは、『サンジャポ』の爆笑問題さん含めスタッフの方々が形作ってくれたもの。いまだに小泉(純一郎)さんとか武部(勤)さんは声をかけてくれるしね。

僕はお金では苦労しましたけど、これまでお仕事をさせていただいた方々に、育ててもらえたんだという自覚があります。派遣だろうがアルバイトだろうが、あなたを引き上げよう、育てようと思ってくれる人と出会えているかどうかは重要です。人との縁を大事にすることこそが、人生における最大の「投資」かもしれないね。

文=CREA編集部

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