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コロナ禍に広がった陰謀論を信じてしまった母。別人のようになっていく彼女が家族の信頼関係を揺るがす恐怖のセミフィクション【書評】

  • 2026.2.11

【漫画】本編を読む

「大好きだった母が、もういない」――。この一文の重さが、読後もしつこく胸に残る。

『母親を陰謀論で失った』(ぺんたん:原作、まきりえこ:漫画/KADOKAWA)は、コロナ禍を起点に、仲の良かった親子“会えない時間”のなかで少しずつ断絶へ向かっていく過程を、息子の視点から描いたセミフィクションだ。

描かれるのは、東京で妻と暮らす息子・ナオキと、地方で父と暮らす母・ケイコという普通の家族が壊れていく様子だ。コロナ禍でステイホームが続き会うことができない日々で互いを思い合っていた関係が、ある時期から母が送ってくる「怪しい動画」をきっかけに、静かに、しかし決定的に変質していく。

この作品が怖いのは、母が最初から異常な人として描かれていない点だ。むしろ、正義感が強く優しかった母が、社会不安のただなかで「家族を守りたい」という思いを燃料にして、陰謀論の世界へ深く入り込んでいくのだ。その善意が、家族への攻撃性や暴言という形に反転してしまうところに、現代の情報環境の恐ろしさがある。息子は「母が信じているものの正体」を知ろうと努力し、話し合いの道を探ろうとするが、正しさの押し付け合いは、往々にして理解ではなく決裂を生んでしまう。読者はナオキの葛藤を追体験しながら「否定すればするほど、相手は戻れなくなる」感覚に息が詰まるだろう。タイトルが示す「失った」の意味は「信頼関係の死」だ。母は目の前にいるのに、会話が通じない。愛情が残っているからこそ、切り捨てることもできず、ただただ苦しい。

陰謀論にハマる人を嘲笑するのは簡単だが、本作はその簡単さに抗う。家族を守りたい気持ちが逆に破壊してしまうことがあるという悲しい現実を、淡々と、しかし容赦なく突きつけてくる。コロナ禍は落ち着いたが、世の中には分断を誘発する地雷のようなものがいくつも仕掛けられている。いつか自分の家族が、あるいは自分自身が、同じ分断の道に迷い込んでしまったら……。そんな不穏な問いを残す作品だ。

文=練馬麟

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