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美しさは脳が「驚き」を解決した時に立ち上がる

  • 2026.2.10
美しさは脳が「驚き」を解決した時に立ち上がる
美しさは脳が「驚き」を解決した時に立ち上がる / Credit:Canva

ふわふわのクッションだと思って手を伸ばしたら、カチカチの石みたいに固かった——。

逆に、ごつごつした岩の塊に見えたのに、指で押すと「ぷにっ」と沈んでびっくりしたことはないでしょうか。

ベルギーのルーヴェン大学(KUルーヴェン)で行われた研究により、この「驚き」と「美しさ」が関連しており、美は単なる「気持ち良さ」とはちがう何かだ、ということが見えてきました。

また研究者たちは論文でも、予想外の驚きをうまく理解し直せたときにこそ、特別な意味での「美しさ」を感じるのだろうと述べています。

「均整のとれた美」という言葉のように、「定番」や「見慣れたもの」から発する美はなんとなく理解できますが、なぜ驚きが美を加速できるのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年1月26日に『Scientific Reports』にて発表されました。

目次

  • 美は「予想外の驚き」の中に隠れているのか?
  • 「驚き」と「美」は関連している
  • 「驚き→美」の流れを利用するデザイン

美は「予想外の驚き」の中に隠れているのか?

美は「予想外の驚き」の中に隠れているのか?
美は「予想外の驚き」の中に隠れているのか? / Credit:Canva

パン屋さんのショーケースでふわふわに見えるパンを選んだのに、かじったら意外と固かったことはありませんか。

あるいは、ふかふかクッションだと思って腰を下ろしたら、妙にゴツゴツしていて「え、そうくる?」とちょっとショックを受けたことがある人もいると思います。

こんなとき、私たちの脳の中では「見た目から勝手に立てた予想」が、触った瞬間に裏切られています。

視覚が「きっと柔らかいぞ」と期待させておいて、触覚が「いや、固いです」と報告してくる。

すると脳の中には、小さな「えっ?」マークが立ち上がります。

実はこの「えっ?」が、芸術の世界では昔から大事にされてきました。

20世紀はじめには「触ること」そのものを芸術にしようとした運動があって、マリネッティという芸術家は「触覚の芸術」を宣言するマニフェストまで書いています。

またマルセル・デュシャンの作品には、見た目は砂糖の角砂糖なのに、持つとずっしり重い大理石のキューブが出てきます。

展示室でそれに触った人は、「頭がバグる」ような不思議な感覚を味わうことになります。

最近の現代アートでも、視覚だけでなく、触覚や音、匂いなどいろいろな感覚を同時に刺激する作品が増えてきました。

こうしたの流れのなかで、研究者たちは次のように考えるようになります。

「もしかして、予想外の感覚を出してきて、それを理解できたときの快感こそが、“美しい”の正体の一部なんじゃないか?」

この「予想外→理解できると快感」に注目した考え方を、ある研究者たちは「美的アハ体験」と呼んでいます。

算数の問題で、最初は全然分からなかったのに、ある瞬間に「そうか!」とひらめくと妙に気持ちいい、あの感覚に近いものです。

この理論では、「好き」や「美しい」といった感情も、予測エラーとの付き合い方によっていくつかのタイプに分かれると考えます。

まず「快さ」は、処理がスムーズなとき、つまりほとんど予測エラーがないときに生まれやすい感情です。

見た瞬間に意味が分かる絵や、聴き慣れたメロディーに安心する感じがこれに近いとされます。

これに対して「興味」は、「なんだこれ?」とひっかかることで火がつきます。

予測エラーがそこそこ大きく、「この謎を解いてみたい」と探索モードになるときに強く感じられる感情です。

コラム:心地よさと続編評価の関係
シリーズものの作品で、第一作は大好きなのに、続編を見て「これはもう別物だ」とガッカリした経験はないでしょうか。ネット上でも、「キャラが崩壊した」「世界観をぶち壊された」といった怒りの声が続編に集中することがあります。けれど、少し視点を変えると、この現象は「脳が心地よさを守ろうとした結果」だと説明できるかもしれません。心理学や脳科学では、私たちが「快い」と感じるとき、頭の中で情報処理がすっと通り、ほとんどつまずきがない状態になっていると考えられています。これを「処理の流暢さ」と呼びますが、処理が流暢なほど、予想と現実のズレである「予測エラー」が少なくて済むため、脳に負担がかからず、安心していられるのです。好きな作品を何度も見返すのが気持ちいいのは、ストーリーもキャラクターも頭に入っていて、一つ一つの展開を「次はあれが来る」とほぼ完璧に予測できるからだと考えられます。また何度も読み返したり見返したりするうちに、世界のルールやキャラクターの性格、ストーリーの空気感などが、頭の中に「作品のモデル」としてしっかり作られます。すると、作品世界で起こりうる展開を、かなり細かいところまで予測できるようになります。「このキャラは絶対ここでは裏切らない」「この作者なら、こういう安易なハッピーエンドは選ばないだろう」といった期待も、すべてこのモデルから生まれた予想です。ところが続編が登場するとキャラクターの性格が大きく変わっていたり、前作の出来事をあえて否定するような設定変更が入ったり、シリアス作品だったのに急にギャグ寄りになったりすることがあります。すると心地よさを求めていたファンたちの脳の情報処理が混乱し、「もういいや」と拒否反応のまま終わってしまうことも多いのです。作り手にとっては、続編の新鮮さに加えてファンが感じる「心地よさ」に寄り添うことが成功のカギとなるでしょう。

では「美しさ」はどうでしょうか。

研究者たちは、「美しさ」はただの快さよりも一段階むずかしい感情だと考えています。

ただ気持ちいいだけではなく、「よく見るとよくできているな」「この複雑さが分かってきたぞ」といった、ちょっと知的な評価が混じったものだ、というイメージです。

実際近年の研究では、美しさは快さよりも少し“頭を使う”成分が強く、いったん引っかかったものを考え直して、納得できたときに立ち上がることがある、と考えられています。

つまり、美には「すぐ気持ちいい道」と「いったん違和感を抱えて、理解し直す道」の2つがあるかもしれないのです。

ただし、これが“触れるアート”でも本当に起きるのかは、まだはっきりしていません。

日用品や製品の研究では、見た目と触り心地が食い違うと驚きが起こり、それが「楽しい」に転ぶ場合も「がっかり」に転ぶ場合もあることが示唆されています。

でも、アートの鑑賞でそれを脳の反応まで含めて確かめた研究は多くありません。

そこで今回研究者たちは、見た目がそっくりなのに素材が違い、触ると“予想が外れる”作品と、見た目どおりに触れる作品をペアで用意し、触っている最中の脳の反応と「美しさ・快さ・面白さ」の評価がどう結びつくのかを調べました。

「驚き」と「美」は関連している

「驚き」と「美」は関連している
「驚き」と「美」は関連している / Credit:Canva

「驚きは美しさを強めるのか?」――この問いに答えるために研究者たちがやったのは、言ってしまえば「触って確かめる美術展」を、かなり科学的に組み立て直すことでした。

会場は大学の建物内に作った展示空間で、参加者は作品の前に立ち、手で自由に触って鑑賞します。

そして鑑賞が終わるたびに、その作品を「どれくらい美しいと思ったか」「どれくらい快いと感じたか」「どれくらい面白いと思ったか」などを、ゼロから百の目盛りで答えていきます。

さらに鑑賞中には脳波を測り、触った瞬間に脳が「予想と違う!」と反応したときに出やすい“驚きのサイン”も拾い上げました。

作品は合計十六点。

見た目がほぼ同じ作品がペアになって8組用意されました。

ただし片方は見た目どおりの触り心地(予想が当たる作品)で、もう片方は見た目に反する触り心地(予想が外れる作品)になっています。

もし先に述べたように美には「すぐ気持ちいい道」と「いったん違和感を抱えて、理解し直す道」の二つがある場合、この見た目の「素直さ」と「違和感」にその結果が両方浮かんでくるはずです。

結果、平均点だけを見ると見た目どおりの作品のほうが、美しさ・快さ・面白さのすべてで高得点だったことがわかりました。

美しさは見た目どおりが平均で約31.5点、裏切る作品は約38.3点。

快さは約43.1点に対して約36.7点。

面白さも約45.7点に対して約36.7点でした。

どれも1〜2割ほど、見た目どおりが上回っています。

触った瞬間の違和感は、少なくとも“平均的には”評価を下げやすい――ここまでは、人間らしい反応に見えます。

これは予測を裏切らない「素直さ」が理論的には情報処理を減らして「気持ち良さ」や「美しさ」などの評価につながることを示唆しています。

ところが、脳波が語り始めると話がねじれます。

触った瞬間の脳波を解析すると、作品のペアごとに「驚きの強さ」に差があることが分かりました。

たとえば、苔の玉のペアなど、一部のペアでは「ミスマッチ信号」が強く出ていることがわかりました。

さらに研究者たちは、「驚きの脳波の大きさ」と「美しさ・気持ちよさ・おもしろさの点数」の関係を統計的なモデルで詳しく調べてみました。

すると驚きの脳波が強い作品ほど、その作品を「美しい」と評価する傾向が見られたのです。

ただすべての不一致作品が強い「驚きのサイン」を出したわけではなく、本物の苔とニスで固めた苔のペアなど、いくつかの組だけが、とくにはっきりとしたミスマッチ陰性電位を引き起こしていました。

見た目と手触りのギャップが、脳にとって「ちゃんとした予想外」として登録されるかどうかは、作品ごとに違っていたのです。

「予想の裏切りがなんでも驚きサインにつながるわけではない」と言えばわかりやすいでしょう。

裏切りがあり、それが脳内の「驚きのサイン」の鐘を鳴り渡せることに成功したときには、人は美を見いだしやすくなるのです。

先ほどの続編の例で言えば、視聴者の期待を裏切るだけで「驚きのサイン」を出せない場合、美を感じさせられないこともあります。

さらにクセの強い結果がもう一つあります。

驚きと美しさの結びつきは、快さが高いと弱まるのです。

言い換えると、「めちゃくちゃ気持ちいい!」が先に立つと、驚きが美しさに変換されにくいわけです。

逆に、快さがあまり高くないときほど、驚きが美しさに繋がりやすい。

これ、少し意地悪なたとえをすると、「気持ちよすぎて、考える前に満足しちゃう」と、美しさが育つ前に終わってしまう、みたいな構図です。

続編の続編の例でもファンが心地よさを高く感じている時は、驚き要素をいくら巧妙に詰め込んでも「美」の評価が上がりにくいかもしれません。

この結果から研究チームは、「美しさ」と「快楽」や「興味」は重なり合うところもあるけれど、同じものではないと結論づけています。

見た目どおりで安心できる作品は、たしかに多くの人にとって気持ちよく、分かりやすく、興味深いものになりがちです。

しかし、その一方で、見た目と手触りのあいだにちょうどよい量の“ずれ”があり、その驚きを自分の頭でうまく説明できたときにこそ、「美しい」という特別な感情が強く立ち上がる――。

この研究は、そんな美の姿を、実際のアート体験と脳の反応の両方から示唆したと言えるでしょう。

「驚き→美」の流れを利用するデザイン

「驚き→美」の流れを利用するデザイン
「驚き→美」の流れを利用するデザイン / Credit:Canva

この研究でいちばんおもしろいところは、一見異なる「見た目どおりの作品のほうが人気がある」という結果と、「脳で驚きのサインが強く出た作品ほど、美しいと感じる人が多い」という結果が、同時に成り立っている点です。

いかにも矛盾しているように見えますが、著者たちはこれはむしろ、私たちが美しさを感じるための「ちょうどよい条件」を示しているのだと説明しています。

鍵になっているのは、「予測誤差には多すぎても少なすぎてもよくない“甘いスポット”がある」という考え方です。

予想どおりの作品は安心できて、気持ちよく味わいやすい反面、驚きがほとんどありません。

逆に、予想を大きく裏切ってしまう作品は、「なんだこれは」と戸惑いが強すぎて、そもそも理解しようという気持ちになれないこともあります。

そのあいだの、少しだけ予想をはずしてくる作品こそが、「最初はよく分からないけれど、見たり触ったりしながら考えていくうちに、だんだん意味が見えてくる」という体験を与えてくれるのです。

この「ちょうどよい驚き」をうまく処理できたときに、「美しい」という感情が強く立ち上がるのではないか――これが、著者たちの解釈です。

ここで重要なのは、気持ちよさそのものよりも、「どうしてこうなっているのか」を自分で考え、答えにたどりつく過程だとされています。

実際、この論文では、脳の「驚きサイン」と結びついていたのは快楽ではなく美しさだけであり、その結びつきは快楽が高いほど弱まる、と報告されています。

つまり、ただ「触っていて心地よい」状況では、あまり考えなくても満足してしまうので、美しさ特有の深い体験にはつながりにくいのかもしれません。

この結果は、「美しさには思考が必要だ」という、別の心理学研究の結論とも響き合っています。

パズルが解けた瞬間や、最初は意味が分からなかった詩や小説の一節が、ふと腑に落ちる瞬間を思い出してみてください。

そのとき感じる「なるほど、そういうことか!」というスッキリ感は、ただ楽しいだけのゲームや、分かりきった話を聞いたときとは、質の違う満足感をもたらします。

また著者たちは論文にて、驚きのサインが「ここに予想外のことが起きているよ」と脳の中で旗を立て、そのあとに続く、より高いレベルの考えや感情の動きを呼び起こしている可能性があるとも述べています。

「美しさ」が、単に心地よくて分かりやすいものではなく、「一度つまずいた違和感を、自分の頭でうまく乗り越えたときのごほうび」なのだとしたら、私たちの身の回りのデザインの考え方も変わってくるでしょう。

言い換えれば、美しさは「気持ちいい」の単なる上位互換ではなく「驚き」というスパイスで目を覚ます別腹なのかもしれません。

このような研究結果は幅広い応用が考えられます。

たとえば博物館や科学館でも、ただ説明パネルを読むだけでなく、「触るとびっくりするけれど、仕組みを知ると“なるほど!”と腑に落ちる展示」を増やすことで、学びと美的体験を同時に提供できるでしょう。

さらにスマホの背面、文房具の触感、服の素材感、化粧品の容器、ゲームのコントローラー……触った瞬間に脳がちょっと驚いて、すぐ納得できるような設計ができれば、快さとは別の“美の満足”を作れるかもしれません。

元論文

The element of surprise distinguishes beauty from pleasure and interest in visuo-tactile perception of art
https://doi.org/10.1038/s41598-026-35622-2

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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