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恋愛の自由を捨て、遺伝子も断捨離して「究極の社畜帝国」を手に入れた生物がいた

  • 2026.2.9
恋愛の自由を捨て、遺伝子も断捨離して「究極の社畜帝国」を手に入れた生物がいた
恋愛の自由を捨て、遺伝子も断捨離して「究極の社畜帝国」を手に入れた生物がいた / Credit:Canva

自由恋愛を捨てるか、組織のためだけに一生働き続けるか、もしこんな嫌な二択を迫られたら、人間なら大いに迷うはずです。

ところが地球には、この両方を同時に選ぶという決断をし、その結果、数十万〜数百万匹もの巨大な社会をつくり上げた生き物がいます。

シロアリです。

女王と王を中心に子どもを産み、あとの子どもたちの多くは、自分では子どもをつくらず、「働き手」として巣のために働きつづけます。

もともとはふつうのゴキブリの仲間だったはずの彼らが、どうしてここまで徹底した“社畜社会”をつくるようになったのでしょうか?

中国の華南師範大学(SCNU)とオーストラリアのシドニー大学(USyd)などで行われた研究は、このなぞに正面からせまりました。

その結果見えてきたのは、「すごい社会」をつくるために、シロアリは新しい遺伝子をどんどん足していったわけではなく、むしろその生活では不要になった遺伝子を大胆に削除していたことでした。

たとえば精子の尻尾を動かすための遺伝子や、さまざまな栄養や感覚に関わる遺伝子など、一部の有用な遺伝子をどんどん失っていきました。

もともとは普通のゴキブリだったはずの一族が、なぜ「遺伝子の断捨離」という逆転の進化でここまで徹底した超巨大社会を手に入れることができたのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年1月29日に『Science』にて発表されました。

目次

  • シロアリはアリではなく、社会化したゴキブリ
  • 遺伝子を断捨離する逆進化で大帝国を作った生物
  • 遺伝子を捨てる進化もある

シロアリはアリではなく、社会化したゴキブリ

シロアリはアリではなく、社会化したゴキブリ
シロアリはアリではなく、社会化したゴキブリ / Credit:Canva

そもそもシロアリとはどんな生き物なのでしょうか?

まず、「シロアリはアリの仲間」と思われがちですが、実はアリではなくゴキブリの親戚です。

研究者たちは、シロアリもゴキブリもふくめたグループをまとめて「ゴキブリ目」と呼んでいます。

シロアリは、王と女王を中心に、働き手や兵隊が何万〜何百万匹も集まって暮らす「超大家族」です。

彼らは木をかじって食べ、森の中の倒木や落ち葉を分解する、いわば「掃除係」として生態系のなかで重要な役割を持っています。

一方で、人間の家屋の木材を食べてしまう、やっかいな存在としても知られています。

では、そのシロアリと普通のゴキブリのあいだには、どんな橋渡し役がいるのでしょうか。

ここで登場するのが「ウッドローチ(木にすむゴキブリ)」です。

ウッドローチは、山の中の朽ちた倒木の内部に家族で暮らしています。

エサはほぼ枯れ木だけ。

お父さんとお母さんが協力して、子どもたちに自分のお尻から腸の液(消化に関わる液)を与えます。

少しショッキングですが、これは木を分解してくれる腸内の微生物を子どもに引き継ぐための、とても大事な子育て行動です。

この三者を並べてみると、こんな関係が見えてきます。

都会の台所などに出てくる「何でも食べる普通のゴキブリ」。

そこから、枯れ木専門になり、夫婦で子育てするようになった「ウッドローチ」。

さらにその先に、王と女王と大量の働き手・兵隊をもつ「シロアリ社会」が続いています。

これがゴキブリからウッドローチ、そしてシロアリへとつながる進化の道筋だと考えられています。

問題は、このときどんな遺伝子の変化が起きたかです。

ゴキブリ、ウッドローチ、シロアリを調べることで、高度な社会性を持つように進化した種に何が起きていたかを知ることが可能です。

遺伝子を断捨離する逆進化で大帝国を作った生物

遺伝子を断捨離する逆進化で大帝国を作った生物
遺伝子を断捨離する逆進化で大帝国を作った生物 / Credit:Nutritional specialization and social evolution in woodroaches and termites

高度な社会性はなぜうまれたのか?

この謎に答えるにはDNAを詳しく分析するしかありません。

ただ、これまでに発表されていたゴキブリやシロアリのゲノムの多くは、「短い断片だけを大量に読む方式」で解読されていました。

この方法だと、似た配列がくり返している部分などがつながりにくく、「どの遺伝子が何個あるのか」を正確に数えるのが難しくなります。

そのため、「社会性の進化にともなって遺伝子がどのように増えたり減ったりしたのか」を比べるには、少し心もとないデータしかなかったのです。

そこで今回の研究では、3種類のゴキブリ、1種類のウッドローチ、4種類のシロアリ、あわせて8種のゲノムを、新しい「長くて精度の高い配列読み取り法」であらためて解読しました。

さらに、すでに公開されていた七種分のゲノムも、同じ基準で見直しています。

こうすることで、「ゴキブリからウッドローチ、そしてシロアリへ」という進化の道すじにそって、遺伝子の数や種類がどのように変化してきたのかを、公平な条件で比べられるようにしたのです。

さらに研究ではゲノムの比較にくわえて、研究チームは「どの遺伝子が、いつ、どのくらい働いているか」という点も調べました。

するとシロアリたちの進化に驚くべき事実が隠されていることがわかりました。

まず大きなポイントは、ゴキブリからウッドローチ、シロアリと進化するにつれて、ゲノムの大きさと遺伝子の数が段階的に減っていたことです。

特にシロアリでは、糖や脂肪の代謝、毒物の分解、さまざまな味やにおいを感じるための遺伝子がまとめて少なくなっていました。

調べた種類をならべてみると、ゴキブリはシロアリより平均で約1.8倍も多くの遺伝子を持っていました。

これは、「何でも食べる雑食」から「枯れ木専門」の生活に切り替えたことで、かえって余分な装備を手放し、木というニッチな資源に特化した結果だと解釈できます。

次に重要なのが、精子の「しっぽ」を動かすための遺伝子が、シロアリでごっそり失われていたことです。

普通のゴキブリやウッドローチでは、精子は長いしっぽを持ち、自分で泳いでメスの体内で競争しやすいと考えられます。

シロアリの仲間の中には、一番原始的なグループで、しっぽが100本近くもついている種もいて、精子の形の極端さだけでも進化のふり幅がわかります。

しかし多くのシロアリでは、しっぽがほとんどなく自力で泳げない精子しか作られません。

精子どうしの競争が起こらないということは、女王が何匹ものオスと交尾して「どのオスの子か分からない」という状態になりにくい、つまり最初から王と女王が一対一でコロニーを始める一夫一婦制が前提になっていた可能性を強く示しています。

さらに研究は、「枯れ木のような貧しいエサしかないのに、どうしてシロアリだけが大量の子どもを育てられるのか」という疑問に手がかりを与えています。

枯れ木には、セルロースという繊維はたくさんふくまれていますが、タンパク質や脂肪、ビタミンなどは非常に少なく、栄養バランスが悪い食べ物です。

もし人間がパンの耳だけで一生暮らそうとしたら、きっと体を維持できないでしょう。

それに近いくらい「しょぼいごはん」なのです。

それでも彼らが生きていけるのは、腸の中に特別な原生生物や細菌を住まわせているからです。

これらの共生微生物が、かたい木の繊維を分解して、虫の体が利用できる栄養に変えてくれます。

さらに、その微生物を子どもに受けわたすために、親が自分のウンチや腸の液を子どもに口移しで与える、ちょっとびっくりするような「食事介助」も行われています。

こうしたしくみがあるため、木ゴキやシロアリの家族は、同じ丸太や同じ巣の中で長いあいだ一緒に暮らすようになりました。

また研究では、王や女王と一生社畜の分岐点も手がかりが得られました。

兄や姉にあたるワーカーたちがどれだけエサを与えるかによって、その幼虫が「一生ワーカーになるコース」に進むか、「将来の王や女王候補として残されるコース」に進みやすくなるのです。

今回調べられたシロアリの一種では、よく世話され大量のエサを与えられた幼虫はむしろ一生ワーカーになるコースに入りやすく、手薄な世話や少量のエサしか与えられなかった幼虫は王や女王候補として残されやすくなります。

えりすぐりの幼虫にだけ「ローヤルゼリー」(女王用のエサ)をたっぷり与えるハチと比べて逆転しているのが興味深い所です。

以上の結果から、枯れ木という貧しいエサに特化したことが、腸内微生物との共生や親による濃厚な子育てを生み、家族が同じ木の中で暮らす生活を作り出しました。

そのうえで、一夫一妻のペアががっちり固定されたことで、精子のしっぽをつくる遺伝子を手放しても支障がなくなり、兄弟どうしの遺伝的な結びつきがとても強くなるしくみとかみ合ったと考えられます。

そこに、栄養センサーとそれを検知する仕組みが関わりエサの配分しだいで「一生働き手」と「将来の王・女王」を作り分けるシステムが進化してきたと考えられます。

この遺伝子の断捨離とも言える進化は、王と女王の一夫一妻制と生涯社畜たちからなる安定した社会と歩調を合わせて進み、そのしくみを支える一因になったと考えられます。

遺伝子を捨てる進化もある

遺伝子を捨てる進化もある
遺伝子を捨てる進化もある / Credit:Canva

多くの人は「進化」と聞くと、新しい遺伝子が生まれて機能がどんどん増えていくイメージを思い浮かべると思います。

しかし今回の結果は、そのイメージにちょっとブレーキをかけます。

ゴキブリから木ゴキ、そしてシロアリへとたどる系統をならべてみると、ゲノムの大きさも遺伝子の数も、むしろだんだん少なくなっていました。

しかも失われた遺伝子の中には、精子の「しっぽ」をつくるものや、さまざまな栄養源に対応するための代謝や感覚に関わるものがふくまれていました。

研究チームは、これは「貧しい枯れ木だけを食べ、巣の外にあまり出ない」という生活への適応として、役に立たなくなった遺伝子を、長い時間をかけてそぎ落としていった結果だと解釈しています。

つまり、社会性の進化は「新しい遺伝子をたくさん足したから」ではなく、「生活に合わない機能を思いきって捨てたから」でも起こりうる、ということです。

これは、進化の教科書のイメージを少し揺さぶる、大きな意義をもつ結果だと言えるでしょう。

得る代わりに捨てるという選択が高度な社会性につながるというのは、意外でもあるでしょう。

ただ「全てのシロアリが遺伝子の断捨離で社会を作った」とまでは言い切れません。

地球上には3000種前後のシロアリがいるとされており、その中には、土を食べたりキノコを育てたりと、また違った暮らしをしているグループも多くふくまれます。

今回明らかになった「遺伝子の削減」や「精子のしっぽの消失」、「栄養とホルモンで階級を決めるしくみ」が、どの範囲まで共通しているのかは、これから確かめていく必要があります。

それでも、この研究が開いた道は広く、これからの展望はたくさんあります。

まず、より多くのシロアリやゴキブリのゲノムが読まれれば、「どのグループでどんな遺伝子が失われたのか」「どの栄養センサーやホルモンの使い方が共通で、どこからが種ごとのアレンジなのか」を、もっと細かく追いかけられるようになります。

さらに、枯れ木を分解するしくみそのものは、バイオマスエネルギーやリサイクル技術にもつながる可能性があります。

シロアリや木ゴキが持っている腸内微生物と、その活躍を支える遺伝子・ホルモンネットワークをまねすれば、人間が手に負えなかった木質のゴミを、より効率よく処理する技術が生まれるかもしれません。

参考文献

How gene loss and monogamy built termite mega societies
https://www.sciencedaily.com/releases/2026/01/260131082418.htm?utm_source=chatgpt.com

元論文

Nutritional specialization and social evolution in woodroaches and termites
https://doi.org/10.1126/science.adt2178

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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