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『たしかにあった幻』で河瀬直美監督と再会した尾野真千子&永瀬正敏が振り返る、特別な撮影現場「河瀬組を経験するとなにかが変わる」

  • 2026.2.8

河瀬直美監督の劇映画としては『朝が来る』(20)以来6年ぶりの新作となる『たしかにあった幻』(公開中)。日本における臓器移植医療と行方不明者問題をテーマに河瀬監督がオリジナル脚本を手掛け、フランスから来た移植医療従事者のコリー(ヴィッキー・クリープス)を通して、愛のかたちと命のつながりが語られていく。

【写真を見る】『たしかにあった幻』撮影時や過去の出演作の思い出話に花が咲く河瀬直美監督、尾野真千子、永瀬正敏

本作では介護の末に息子を亡くし、手作りのお弁当で闘病者家族をサポートするめぐみを尾野真千子、ドナーの父親として決断を迫られる雅也を永瀬正敏が演じている。劇中で共演シーンのなかった尾野と永瀬は、今回のインタビューでコロナ禍に撮影した『茜色に焼かれる』(21)以来の再会。尾野は自身の俳優デビュー作『萌の朱雀』(97)や『殯の森』(07)、永瀬は『あん』(15)、『光』(17)に出演し、河瀬監督とは勝手知ったる間柄の2人。久しぶりに集った“河瀬ファミリー”は時を超えた絆で結ばれていた。

「河瀬監督の映画に出るのは覚悟が要るんです」(尾野)

俳優デビュー作『萌の朱雀』(97)から親交が続く河瀬監督との関係を語る尾野 撮影/杉映貴子
俳優デビュー作『萌の朱雀』(97)から親交が続く河瀬監督との関係を語る尾野 撮影/杉映貴子

――尾野さんと永瀬さんが河瀬監督の作品に参加すること自体、かなり久しぶりだったのではないかと思います。初めてこの物語に触れた時はどんな心境でしたか?

尾野「最初は“出たくない”と思いました。理由はいろいろありましたけど、子どもを亡くした母親の役であること、少し前からそのような役が続いてもいたので、自分はいまそれができる状態ではないかもという気持ちがあって一回お断りしたんです。でも監督に『だからこそ、いまやるべきちゃう?』と言われて、心を決めました」

河瀬「私は狙った獲物は諦めないんです(笑)」

尾野「河瀬監督の映画に出るのはやっぱり覚悟が要るんです。ほかの現場とは全然やり方が違うので、撮影が始まる前からの心の準備がどうしても必要で、それはいわゆる役作りとも違う。そこと向き合う怖さがありました」

最愛の息子を亡くした夫婦を演じた尾野真千子と北村一輝 [c]CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS - 2025
最愛の息子を亡くした夫婦を演じた尾野真千子と北村一輝 [c]CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS - 2025

河瀬「今回真千子ちゃんにお願いしためぐみは、『殯の森』(07)に匹敵するような役。あの時も息子を亡くして一人で生きているお母さんでしたけど、ずっと喪失を抱えながら生きていく人です。表面上は明るいんですけど、見えないところでは繊細で壊れやすい。その人物を演じてほしいと託すと、マネージャーもつけずに一人で、リュック一つで現場に来てくれるんですよね。その覚悟をする時間が必要なんだとは思っていましたけど、断られる可能性も承知のうえでオファーしました」

永瀬「僕も最初にこの台本を読ませてもらった時は、苦しかったんですよ。自分の弟が生まれてすぐに心臓の病で亡くなっているので、臓器を提供する側と受け取る側の両方の気持ちが痛いほど迫ってきたんです。当時ちょうど別の作品のお話もいただいていたんですけど、その脚本を読んでいてもどうしても『たしかにあった幻』に戻ってしまう。そこからは尾野さんと一緒です。この映画にはたくさんの方が出ていらっしゃいますけど、誰もがその人を中心にして一本の映画ができるぐらいの役だと思うんですよ。これは相当な覚悟が必要だなと思いながらも、どうしようもなく引き寄せられている自分がいました」

ヴィッキー・クリープス演じるコリーは神戸の臓器移植医療センターでサポートスタッフとして働く [c]CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS - 2025
ヴィッキー・クリープス演じるコリーは神戸の臓器移植医療センターでサポートスタッフとして働く [c]CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS - 2025

――河瀬監督には脚本の執筆中から尾野さんと永瀬さんの顔が浮かんでいたのでしょうか。

河瀬「そうですね。脚本の段階でも、ドナー側の家族を主に描くのか、レシピエント側を主に描くのかについては、試行錯誤していました。特に臓器を提供されて助かるレシピエント側の感情というのはあまり表に出ていなくて、それを同軸で表現しなければと思ったんです。そのためには、いままでどこかしらでうちの現場を体験してくれた俳優さんに来てもらうしかあり得ないと思いましたし、永瀬くんだったら悲しみの中でも感情が崩壊するだけではないなにかをもたらしてくれるんだろうなという信頼もありました。2人が出てくれると決まった時点で、それを引き受ける私自身の覚悟も決まったんです」

「命をつないでいくことが大きなテーマだと思いました」(永瀬)

永瀬は自身の出身地である宮崎の方言を話す雅也を演じた 撮影/杉映貴子
永瀬は自身の出身地である宮崎の方言を話す雅也を演じた 撮影/杉映貴子

――尾野さんは撮影前に、めぐみのモデルになった女性や、実際にドナーを待っている子どもたちにも会ってお話されたそうですね。その過程で湧いてきたのはどんな感情でしたか?

尾野「ものすごく複雑でした。お弁当屋さんの女性に会った時は、思っていた以上に笑顔で元気があって、息子を亡くすという耐え難い経験をしているのに、逆に私らにめちゃめちゃ光を与えてくれるというか。驚きもしましたし、どうしてそこまでのことができるのだろうと自分の理解が追いつけないところもありました。入院中の子どもたちに会いに行った時も、この子たちは生きるために臓器を待っているけど、その一方で手放さなければならない人たちもいる。病院から出られない彼らを前にして、どんな声をかけてそこから立ち去ればいいのかもわからなくて、いろんな気持ちが生まれた日でした。命というものがこの世で一番重いことを感じましたし、わからなさや複雑な気持ちを抱えたまま、いまの私として現場に入ることが正解なんだと思いました。そこでなにか答えを出そうとしたら、それは多分ただのお芝居になってしまうんだと思います」

劇中に登場する子どもたちは300人のオーディションから選ばれた [c]CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS - 2025
劇中に登場する子どもたちは300人のオーディションから選ばれた [c]CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS - 2025

河瀬「撮影中に100点超えだと思えるシーンが3つ撮れたら傑作になる、とスタッフには常々話していて。めぐみが病院にお弁当を届けるシーンを撮った日は、みんなで『今日は100点が出ましたね』と言い合いました。当然のことながら、後半で雅也が出てくる嵐のシーンでも、『また出ましたね』と」

――雅也は永瀬さんの出身地である宮崎・都城の方言を話していました。

永瀬「僕の生まれ故郷は宮崎県ですけど、都城は昔でいう薩摩藩なので、純粋な宮崎弁じゃないんですよね。言ってしまえば少々“荒い”んです。その言葉でお芝居をするのは初めてでした。宮崎弁の芝居は、『男はつらいよ 寅次郎の青春』(92)でやらせていただいたことがありますけど、今回はバッチリ自分の血肉の言葉という感じでしたね。だから最初はやっぱり両親のことを思いました。地元の言葉で喋ると、より役との距離感が近くなっちゃうんです。うちの弟は生まれてから1回もうちに帰って来れなかったんです。ずっと大学病院の保育器の中にいて、僕も2回ぐらいしか会えなかったんですけど、その時の想いみたいなものが、親子の立場は逆だけどどうしても感じてしまうんですよね。

雅也は心臓移植のドナーとなる少年の父親 [c]CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS - 2025
雅也は心臓移植のドナーとなる少年の父親 [c]CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS - 2025

でもドナー側の役というのは、命を未来につなぐ存在でもある。もしあの時弟の命が助かっていたら、もしかしたらいまここに…もうオッサンになってるでしょうけど、弟がいたのかもしれないよねと思うと、命をつないでいくことが大きなテーマなんだよなと思いました」

河瀬「雅也が息子の羽響について話す『こいつ(妻)の作ったシウマイが大好きで』といった言葉や、それに対する妻の早織(早織)の反応は、全部アドリブになっています。2人がリアルに生きてきた過去の時間をあの瞬間に持ち出してセッションしてくれているわけですね。その中で、雅也の心が羽響の命をつなぐという方向にグッと切り替わった瞬間があったんです。子どもと離れがたい想いは2人とも同じなんだけど、早織はまだもう少し時間がかかる。そのせめぎ合いを、羽響を見送る夫婦の手が物語っているんです」

「役を演じるのではなく、生きていただいてるなという感覚がありました」(河瀬)

8年ぶりにオリジナル脚本の作品を手掛けた河瀨監督 撮影/杉映貴子
8年ぶりにオリジナル脚本の作品を手掛けた河瀨監督 撮影/杉映貴子

――心臓の移植手術を待ちながら入院している久志のシーンでは、『萌の朱雀』でみちるを演じた時の尾野さんを思い出したそうですね。

河瀬「あの撮影中の真千子ちゃんは自分の感情が全部みちるに乗っかっていたんですよね。出てくる表情とか、バッと泣き始める瞬間に、嘘偽りがないわけですよ。無垢というか、演技経験がなかったから。ただ、本人がそれをどこかでが客観視していたのは感じたんです。みちるとして生きる快感を味わいながら日々を重ねていて、そういうところが久志を演じた中村旺士郎くんにもあったんですよね。彼はまだ10歳(撮影時)だったから、もう少し天然な感じもあったけど、自分の大事なお友だちが目の前で動かなくなっていることを感じている時、本当に震えていた。『萌の朱雀』でお母さんが倒れたことをみちるが聞いた時と似ていたんです」

永瀬「尾野さんが河瀬監督と出会ったのは中学生ぐらいですよね?」

尾野「14歳でしたね」

子役の演技を見て『萌の朱雀』撮影時の尾野を思い出したという河瀬監督 [c]CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS - 2025
子役の演技を見て『萌の朱雀』撮影時の尾野を思い出したという河瀬監督 [c]CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS - 2025

河瀬「永瀬くんもね、10代から様々な現場を経験してこられていますけど、最初に『あん』(15)に出ていただいた時は、独特のやり方に戸惑われたと思います。でも樹木希林さんとのセッションを目の当たりにした時は涙が出てきました。一人であん作りと向き合う徳江(樹木希林)さんを窓の外から見ているところは完全に千太郎という役になり切っていて。役を演じるのではなく、生きていただいてるなという感覚がありました。今回も雅也としてその場に居ていただいて、全部言わなくても全部わかってくれているという安心感は絶大でした」

――フランスから来たコリーを演じたヴィッキー・クリープスさんは、日本の撮影現場や河瀬監督の撮り方を体験するのも初めてで、苦労も大きかったのではと思われますが、同じ俳優の立場からはどのように見えましたか?

尾野「大変だろうなって…!日本語も勉強されたと思いますけど、満足に言葉の通じないなかではより大変だったはずですし、彼女の不安な顔を見ていた気がします。きっといろんなものと葛藤して闘っているんだろうなと。その気持ちはわかるので、心の中でずっと“頑張れ”と思っていました。とっても目が綺麗な方で、真っ直ぐ見つめると吸い込まれそうなぐらい。それがすごく印象的でした」

心臓移植手術のシーンは、実際に小児臓器移植に携わる人々の協力のもとで、ドキュメンタリーのように撮影された [c]CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS - 2025
心臓移植手術のシーンは、実際に小児臓器移植に携わる人々の協力のもとで、ドキュメンタリーのように撮影された [c]CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS - 2025

――尾野さんも永瀬さんも河瀬監督の作品には継続的に出演されていますが、そのことについてはどのような思いがありますか?

尾野「私にとっては女優としての生みの親なのでやっぱり特別です。現場でこんなにも極限まで追い込ませる監督もいません。この人の前では壊れてもいいんやなと思いますし、壊れる覚悟はしています。でも、さっき監督が『客観視』とおっしゃいましたけど、それはある意味気持ちのいい部分でもあって。ほかでは見せられない私の女優の姿が引き出されているので、きっと今後も河瀬直美の前でしか見せられない芝居というものがあるんだと思います」

永瀬「僕も一緒ですね」

尾野「ずるい(笑)!」

永瀬「(笑)。いや、本当、人を生きることを生業とするうえで、それがどういうことなのかというところに引き戻してくれる場所であると思っていて。相当の覚悟は要りますけど、自ら身を投じたい、すべてを預けたいと思える現場はなかなかあるようでないんですよね。河瀬監督の現場を一回経験するとなにかが変わるんじゃないかなという感じがします。今回自分が参加したのは短い時間だったんですけど、それでも一本の映画をやり遂げたような、一人の人生をちゃんと生きたようななにかをいただいて帰りました。でもね、帰ったと言ってもですね、河瀬監督の悪いところが唯一あるとすると、“リハビリ”をさせてくれないんですよ(笑)」

【写真を見る】『たしかにあった幻』撮影時や過去の出演作の思い出話に花が咲く河瀬直美監督、尾野真千子、永瀬正敏 撮影/杉映貴子
【写真を見る】『たしかにあった幻』撮影時や過去の出演作の思い出話に花が咲く河瀬直美監督、尾野真千子、永瀬正敏 撮影/杉映貴子

尾野「帰れない(笑)」

永瀬「役が自分の中にずっといるので、次の作品の台本をいただいても身が入らないんです。“お芝居”をしたんだったらもうちょっと冷静に客観的に見られるんでしょうけど、いまもこうして『あん』とか『光』の話を聞くと、その時の自分がまたよみがえってきちゃうんですよ。藤竜也さんが『全然リハビリをさせてくれない』というふうにおっしゃってたんですけど、そうだそうだって共感しました(笑)。でも、それは本当に貴重な経験をさせてもらっているなと思いますね」

取材・文/奈々村久生

※河瀬直美監督の「瀬」は旧字が正式表記

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