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【ネタバレあり】ハサウェイが向き合う“過去”と“亡霊”…『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』をレビュー!

  • 2026.2.8

現在大ヒット公開中の『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』。ハイクオリティな映像表現と抑制が効いたキャラクターの会話劇、実写映画的とも言われた映像演出で話題となった第1章に続き、第2章となる今作ではそれぞれのキャラクターが自身の進むべき道へ踏みだし、物語が大きく動き始める。複合的な状況が重なる『キルケーの魔女』のポイントを押さえ、ネタバレありのレビューをお届けする。

【画像を見る】突如ハサウェイの前に現れた謎の少女、ギギ・アンダルシア

※本記事は、ストーリーの核心に触れる記述を含みます。未見の方はご注意ください。

ハサウェイ、ギギ、ケネスの物語がそれぞれに展開する『キルケーの魔女』

マフティーとしての目的を果たすため、計画の実行に挑むハサウェイ [c]創通・サンライズ
マフティーとしての目的を果たすため、計画の実行に挑むハサウェイ [c]創通・サンライズ

2021年に公開された第1章『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』では、反地球連邦組織マフティーのリーダーであるハサウェイ(声:小野賢章)が自身の正体を隠し、敵地とも言える場所で、偶然出会った不思議な魅力を持つ少女ギギ・アンダルシア(声:上田麗奈)と、のちに敵対することになる地球連邦軍大佐のケネス・スレッグ(声:諏訪部順一)と交流する要素から始まった。物語の後半近くまで3人が同じ地域にいるということもあって背景の複雑さはあるものの、筋道としては1本としてつながっていた。

しかし、第2章はハサウェイ、ギギ、ケネスたちの動きや想い、そして背景となる紛争が時に並行に、時に交差する複合的な物語となっている。冒頭でハサウェイは本来の居場所であるマフティーに戻り、当初の計画であった連邦政府高官が集まるアデレード会議襲撃に焦点を絞る形で行動を開始する。ケネスもマフティーの動きを把握し陽動をかけるべく、キルケー部隊の動きを本格化させる。2人の様子をもう少し見たいと思いケネスのもとに身を寄せていたギギも、本来の目的である伯爵と一緒に住む予定の高級アパートメントへと向かう。

アナハイム・エレクトロニクス製のMS、Ξガンダム(左)。MA並みの大きさを誇る [c]創通・サンライズ
アナハイム・エレクトロニクス製のMS、Ξガンダム(左)。MA並みの大きさを誇る [c]創通・サンライズ

この3人に大きく影響するのが、オーストラリア大陸で起きていた紛争であった。マフティーを騙り、オーストラリア北部に集結した反地球連邦政府分子が結成した私設軍隊であるオエンベリ軍に対し、ダバオ基地の前指令であるキンバレー・ヘイマン大佐が指揮するキンバレー部隊が攻撃。歩兵を中心とした地上部隊に対して、キンバレー部隊のモビルスーツを用いた攻撃は一方的な虐殺に近い状況を生みだし数千人の死者を出す状況となる。オエンベリ軍を救出しようとするマフティー、マフティーの包囲網を狭めるキルケー部隊もこの戦闘に干渉することで、状況が動き始める。

ハサウェイは、自分たちが危険に陥る可能性がありながらもオエンベリ軍の救出に向かう準備を進めるが、その一方でギギに惹かれてしまうこと、そこからつながる形でかつて自分の前で死んでしまったニュータイプの少女、クェス・パラヤの存在を強く思いだし始める。マフティーのリーダーとしての仕事をしなければならない状況のなか、自身のなかにトラウマのように渦巻く思いに翻弄されるハサウェイは、恋人であるケリア(声:早見沙織)との関係も悪化させてしまう。

【画像を見る】突如ハサウェイの前に現れた謎の少女、ギギ・アンダルシア [c]創通・サンライズ
【画像を見る】突如ハサウェイの前に現れた謎の少女、ギギ・アンダルシア [c]創通・サンライズ

一方、ギギも距離を置いたことでハサウェイへの気持ちが高まり、ハサウェイと敵対するケネスと近い位置にいるという板挟み的な状況が、伯爵の愛人という立場を変えてくれるきっかけになるのだろうと考える。そして、マフティーとキルケー部隊の緊張が少しずつ高まるなか、ギギが再びケネスのもとを訪れたことで事態がさらに大きく変化していく。

群像劇をメインに据え、舞台として紛争を描く「閃光のハサウェイ」

マフティーの主力であるMS、メッサー。ゲリラ戦を得意とする [c]創通・サンライズ
マフティーの主力であるMS、メッサー。ゲリラ戦を得意とする [c]創通・サンライズ

シリーズの原点である「機動戦士ガンダム」はロボットを兵器として扱い、人類同士の戦争に使われるという状況を描いたことがエポックメイキングとなる1つの要素だった。人類の戦争も、地球とスペース・コロニーという住む場所と立場が異なる者同士のイデオロギーの違いが一年戦争という大きな戦いに発展。その戦争が終わると、地球連邦政府は特権階級が力を増して腐敗していき、その結果スペース・コロニーに住む宇宙生活者=スペースノイドへの圧政や衝突が起こることで、両者が相容れぬ社会情勢となっている様子が描かれていく。宇宙世紀を舞台とした「ガンダム」シリーズは、そうした「内戦」や「戦争」が主軸としてクローズアップされた戦記的な描かれ方がなされ、その状況に翻弄される若者たちの物語であった。

しかし、「閃光のハサウェイ」は、そうした「ガンダム」シリーズの社会状況は舞台として引き継いでいるが、それまでの作品に比べれば「戦争」が主軸として扱われていないのが特徴的だ。宇宙世紀としての作品年代が、連邦政府に対して戦争を起こすほどの大きな勢力が存在しない時代であることも関係しているが、その結果テロを中心とした紛争が頻発する状況に変化。反連邦政府運動に参加するハサウェイだけでなく、連邦政府側で職業軍人として働くケネスまでもが腐った特権階級によって地球が独占されてしまう状況をよしとしておらず、可能なら世の中が変わってほしいと願っている状況。それゆえに、戦い自体はそれぞれが身を置いた組織の行動目的ではあるものの、物語としてはそれぞれの抱える個人の思いや関係性を描くことに重きが置かれている。

連邦軍のケネスもまた、マフティー殲滅のために準備を進める [c]創通・サンライズ
連邦軍のケネスもまた、マフティー殲滅のために準備を進める [c]創通・サンライズ

ハサウェイにとっては過去のトラウマと向き合い浮沈するきっかけとして、ギギにとっては新しい人生を踏みだす可能性との出会いとして、ケネスにとっては軍人として部隊を率いる責任者ながら立場を超えた友情のような思いを抱かせる存在による自身の変化の場として、その背景となる形でマフティーを中心とした紛争が描かれる。

マフティーという組織も世の中を変えようという同じ志を持った者たちが集まっているが、軍隊的な厳しい規律や上下関係が存在しない組織として描かれ、それはまるで学生の政治運動の延長のように描写される。紛争は多数の犠牲を出し、血生臭く、悲惨なものだが、戦いがあることで引き寄せられた運命や敵同士、仲間同士の交流、そうした状況のなかでしか花開かない恋愛模様は、彼らの心に「青春」のような感情を持たせていく皮肉。「出会い」が主軸だった第1章を踏まえて、第2章は彼らの置かれた状況がよりはっきりしていくからこそ、悲惨な戦いのなかに儚い「青春」と「謳歌」のような雰囲気がより強く漂い始める。紛争を背景にした青春映画的な様相が、本作のある種見どころとなっているのだ。

連邦軍のMSで、Ξガンダムと姉妹機にあたるペーネロペー。レーン・エイム中尉がパイロットを務めていた [c]創通・サンライズ
連邦軍のMSで、Ξガンダムと姉妹機にあたるペーネロペー。レーン・エイム中尉がパイロットを務めていた [c]創通・サンライズ

しかし、本作はそれだけでは終わらない。続く第3章に向けたさらなる予兆とも言えるモビルスーツ同士の戦いがクライマックスには用意されている。エアーズロック付近にマフティーが潜伏していることを感じたギギに導かれる形で、レーン(声:斉藤壮馬)の乗るアリュゼウスはハサウェイのΞ(クスィー)ガンダムと遭遇し戦闘に入る。アリュゼウスは量産型ν(ニュー)ガンダムをコアとし、ミノフスキー・フライトシステムを搭載したペーネロペーの練習機として使用された機体。戦闘で増加ユニットを失い、量産型νガンダムが姿を現した時、ハサウェイはそこにアムロ・レイの姿を重ねる。νガンダムはハサウェイが『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』(88)で行動を共にしていたアムロの愛機。そして、アムロという人物は現在のハサウェイにとって、宿敵であったシャア・アズナブルの思想に近い形でマフティーに参加する自分を否定する存在でもある。アムロの亡霊との対峙とも思えるシチュエーションは、ハサウェイの抱える危うさと心の闇を浮き彫りにしていくようにも見える。

そして、過去の亡霊を打ち破り、ハサウェイはギギと再会を果たす。「青春」という言葉が似合うような鮮烈な再会シーンが物語の締めくくりとなっているが、紛争は終わっておらず、2人の行く先に光だけが見えていないように感じるビターさも、本作らしさだと言えるだろう。

「戦記」としてのガンダム作品から離脱し、紛争を背景とした青春映画的な方向へと進む本作。淡々と進む状況、リアルな兵器として描かれるモビルスーツの存在感と戦場の空気、それをしっかりと伝える音響。「ロボットもの」というジャンルのリアリティを追求し、表現のレベルを大きく進歩させた映像表現とあわせて、ビターな戦場青春ものとしての本作を劇場で深く味わってほしい。

文/石井誠

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