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女性の性欲が特定の時期に低下する、その進化上の理由とは

  • 2026.2.7
Credit:canva

雑誌などのコラムで、「女性は妊娠が成立しやすい排卵期の周辺で性欲が高まりやすい」といった話を見たことがある人は多いかもしれません。

実際、日記の記録などを利用した研究からも、この傾向は共通して報告されている現象です。

一方で、こうした研究では排卵の数日後から女性は性欲が目立って落ち込む様子も示されていましたが、その理由は明らかになっていませんでした。

そこで米国のカリフォルニア大学サンタバーバラ校(University of California, Santa Barbara)のジェームズ・R・ローニー(James R. Roney)教授らの研究チームは、排卵から数日後に子宮内膜が受精卵を受け入れやすくなる「着床の窓(Implantation window)」と呼ばれる時期に起きる、女性の体の変化に着目しました。

研究によるとそのある変化が、進化の過程において「あえて性的な意欲を低下させる」という心理的メカニズムを形成したのではないかというのです。

そして、この予測に従って調査を行うと、一致する時期に実際性的なモチベーションの低下が起きていることが示されたという。

この研究の詳細は、2025年9月2日付けで科学雑誌『Evolution and Human Behavior』に掲載されています。

目次

  • 排卵後になぜ意欲は下がるのか? 「着床の窓」に隠されたリスクと身体の反応
  • ホルモンが操る「守り」のメカニズムと進化の理由

排卵後になぜ意欲は下がるのか? 「着床の窓」に隠されたリスクと身体の反応

人間の性的な意欲は、一定の周期で変動することが知られています。

特に、妊娠の可能性が最も高まる排卵期(Ovulatory phase)において、女性の性的なモチベーションが高まることは、過去の多くの研究で確認されてきました。

生命を残すという生物の根本的な目的を考えれば、この時期に意欲が高まることは理にかなっています。

その一方で、こうした研究では、女性が逆に性的なモチベーションを大きく低下させる時期もあることが確認されていましたが、そちらの生物学的な理由は不明なままでした。

これまでの研究は、排卵期に起こる意欲の「上昇」にばかり注目しており、その後に見られる意欲の「低下」については、あまり深く掘り下げられて来なかったのです。

この疑問を解明するために研究チームが着目したのが、「着床の窓(Implantation window)」と呼ばれる期間でした。

これは排卵からおよそ5日から9日後にあたる、受精卵が子宮内膜に付着しやすくなる時期を指します。

赤ちゃんを受け入れるための大切な期間ですが、実はこの時、母体の免疫システムには大きな変化が起きています。

本来、免疫システムは自分以外の異物を攻撃して排除する役割を持っていますが、父親の遺伝子を半分持った受精卵も、母体にとっては半分「異物」です。

そこで子宮は受精卵を攻撃してしまわないよう、この着床の窓の期間だけ子宮内膜に限り局所的に免疫の攻撃力を弱める(免疫抑制を行う)のです。

免疫が弱まるということは、同時に細菌やウイルスなどの病原体の影響を受けやすくなる「感染に弱くなり得る時期」が生まれることを意味します。

研究チームは、この感染リスクが高まる時期に性行動を行うと母体が危険にさらされるため、それを防ぐために自然と性的な意欲が低下するのではないか、と考えました。

この仮説を検証するため、研究チームはアメリカの大学生を対象に行われた3つの日記調査のデータを統合し分析しました。調査には合わせて約100人が参加しており、そのうち条件を満たした約80人分の記録が分析対象となっています。

ここでいう日記というのは、日々の出来事を自由に書く日記ではなく、研究のために毎日決まった質問に答えてもらった記録を指します。

パートナーとの性行為は相手の都合にも左右されるため、研究チームはこの記録の中で「本人の中の欲求」を捉えやすい指標として、自己申告による「性的欲求(Sexual desire)」の強さと、「自慰行為(Masturbation)」の有無に注目しました。

そして分析した結果、研究者たちが予測した通り、着床の窓の期間において女性の性的なモチベーションが明確に低下することが確認されたのです。

これは、「排卵期に高まった意欲が元に戻っただけ」というだけではありませんでした。

排卵期や月経の時期を除いた他の通常の日々と比べても、着床の窓の期間は有意に欲求レベルが低くなっていたのです。

つまり、人間の身体は、受精卵を受け入れるという重要なミッションを成功させるため、感染症から身を守るための行動変容を無意識のうちに起こしている可能性が示されました。

ホルモンが操る「守り」のメカニズムと進化の理由

研究は、女性が着床の窓の期間に局所的に免疫力が下がるため、性欲が低下するという心理的変化が起きることを示しました。

ここではこのとき女性の体内で何が起きているのか、研究が説明するメカニズムをもう少し具体的に解説していきます。

鍵を握るのは、女性ホルモンの一つであるプロゲステロン(Progesterone:黄体ホルモン)です。

排卵後に分泌量が増えるこのホルモンは、子宮内膜を厚くして着床の準備を整える役割を持っています。

プロゲステロンは、子宮内のTリンパ球やナチュラルキラー細胞(NK細胞:外敵を攻撃する免疫細胞)の攻撃性を奪い、受精卵を受け入れる態勢を作ります。

同時に、このホルモンは脳にも作用し、性的な意欲を抑制する信号を送っていると考えられています。

なぜ、この時期の性行動がそれほど危険なのでしょうか。

実は、黄体期の子宮は、精子を子宮の奥へと引き込むためにポンプのような収縮運動を繰り返しています。

この運動はわずか1〜2分で物質を膣から子宮へと運びますが、性交時には精子だけでなく、膣内の細菌や病原体までもが一緒に吸い上げられてしまう可能性があります。

免疫が抑制されている子宮内に病原体が侵入すれば、感染症にかかるリスクは通常よりも高くなります。

こうしたメカニズムは、進化心理学で語られる「状況に応じて、体が優先する動機が入れ替わる」という考え方「Motivational priorities theory(あえて和訳すると「動機付け優先順位理論」となるが現状正式な和訳はない)」で説明がつきます。

これは、生物は進化の過程で、生存上のメリット(利益)とコスト(代償)のバランスに応じて、最適な行動を取りたくなるように適応してきたという考え方です

排卵期は「妊娠」という大きなメリットがあるため、多少のリスクを冒してでも性行動をとるよう動機付けられます。

一方、着床の窓の期間は排卵が終わっているため妊娠の可能性(メリット)はゼロになり、逆に感染症というコストが最大になります。

そのため、この時期は性的な意欲を抑制し、性行動を避けることが、生存戦略として最も合理的だったと言えます。

ただし、今回の研究結果はあくまで全体的な傾向を示したものです。

調査対象が大学生であったため、長年連れ添ったパートナーと同居している場合など、異なるライフステージの女性でも同様の傾向が出るかどうかは今後の検証が必要です。

人間の性欲には、ホルモンだけでなく、相手との親密さや社会的な状況など、多くの要素が複雑に絡み合っています。

今回の発見は、私たちの何かをしたいという欲求が、無意識のうちに健康と生命を守るために身体の状態で制御されている可能性があるという、興味深い報告と言えるでしょう。

元論文

Decreased sexual motivation during the human implantation window
https://doi.org/10.1016/j.evolhumbehav.2025.106761

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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