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ICEが変えた日常──「誰もドアを開けなくなった」

  • 2026.2.7

「今日は買い物にコリアタウンに行こうと思っていたけど、ICE(米国移民関税執行局)が人々を連行していると聞いて、やめた」。ロスアンジェルス在住のインド系の友人が、そんな一文をインスタグラムのストーリーに投稿していて、思わずヒヤッとした。それが事実かどうかは別として、今のアメリカでは、自分も含め、外国にルーツを持つ人々の間に、似たようなことがいつ起きてもおかしくないという空気が広がっている。

私が住んでいるのはニューヨークだが、毎月のレント(賃料)は下の階に住む大家さん一家に直接支払っている。以前はドアを叩くと誰かが必ず受け取ってくれたが、去年からは誰もドアを開けてくれなくなった。明らかに家の中に人の気配はあるが、南米から来た大家族である彼らも、最近起きている出来事に怯えて、無闇にドアを開けないことにしているのかもしれない。以後、私はチェックをドアの下から差し込み、レントを支払っている。

こうした日常生活への変化は、2026年1月のミネソタ州ミネアポリスの事件で、拍車がかった。連邦移民当局の強化された取り締まりを背景に、複数の致命的な衝突が起き、地域の緊張が高まっている。1月7日、米国移民関税執行局のエージェントが地元住民のレネー・グッドを射殺し、抗議行動が拡大。その後、1月24日には37歳のICU看護師アレックス・プレッティが、ICEとの接触後に銃撃され、死亡した。現場の映像や連邦当局の発表は食い違い、人々は連邦機関の強靭な執行への抗議デモを続けている。

1月31日、ミネソタ州ミネアポリスでICEへの抗議のために集った市民たち。
(EDITORS NOTE: Image contains profanity) Thousands of1月31日、ミネソタ州ミネアポリスでICEへの抗議のために集った市民たち。

ミネソタ州知事のティム・ウォルズはICEエージェントの大量配備が地域社会に恐怖をもたらしているため、州民の安全を守り、執行の透明性を確保しなければならないとし、ジョージ・オーウェルの『1984』の一節を読み上げて、連邦当局を批判した。ミネアポリス市長のジェイコブ・フライは、レネー・グッドの死亡後、怒りをあらわにし、公式の会見でFワードを発言。これにより、地元の緊張を高めたと一部批判を受けるが、大部分の世論は彼の率直な一市民としての姿勢をサポートした。また汚い言葉を使用したという批判に対しても「ディズニープリンセスのお耳を傷つけたなら、失礼」と皮肉を交えて「Fワードが問題だというなら結構だが、炎上させているのは言葉ではなく、人が殺されたという事実だ」とやり返した。

アメリカの主要メディアはどう報道しているのだろう。「ニューヨークタイムズ」紙は、得意とするさまざまな角度からの映像の徹底検証で、正当防衛を主張していた当局に対して、レネー・グッドの車が捜査官から遠ざかる方向に動いていた事実などを指摘。これは政府側の見解を問い直す、大きな役割を果たした。同様に、アレックス・プレッティが射殺された瞬間を捉えた複数の映像をフレーム単位で検証し、連邦当局の発表と大きく食い違う実態を明らかにした。政府は当初、プレッティが銃を持って捜査官に接近し、脅威的だったと説明していたが、同紙の映像からはそのような脅威は確認できない。この映像分析は、公式の説明と証拠とを並べることで、いかに検証が重要かを浮き彫りにしている。

ミネソタ州最大の地元紙、「スタートリビューン」紙は、いかにこの事件がローカルの人々の生活に影をおとしたかを「ミネソタの銃撃事件後、街を覆う疲弊と恐怖」と題した記事で論じている。プレッティが射殺されたのは、ミネアポリス南部のニコレット・アベニューで、通称「イート・ストリート」と呼ばれる。この通りは、移民が営むレストランや商店が集まり、衰退していた地域を再生させてきた場所として知られている。 事件直後から、周辺地域には重苦しい空気が漂い、移民コミュニティ自体が恐怖に包まれている。 ある住民は、「外に出るのも家の中にいるのも怖い」と話した。同時に、街の文化や経済活動にも影響が及んだ。NBAの試合は延期され、美術館や劇場、書店は臨時休業し、大学では学生に屋内退避が呼びかけられた。事件が州民に与えた影響の大きさを物語っている。

もっとも、政府関係者や保守派の一部からは、プレッティが合法的に銃を所持した状態で抗議の場にいたことが、現場の緊張感を高める要因になった可能性があるとの指摘もある。それでも多くの人々は声を上げ続けている。1月末に開催されたサンダンス映画祭では、ナタリーポートマンが、今アメリカでは恐ろしいことが起こっているとした上で、「でも一方で、私は本当に、たくさんの素晴らしいアメリカの人たちに勇気づけられています。人々が声を上げ、互いに支え合い、コミュニティとしてそこに居続けていることに。本当にとても美しいことだと思います」と、涙ながらにコメント。

グラミー賞の受賞スピーチで痛烈にICEを批判したビリー・アイリッシュと、兄でプロデューサーのフィニアスはともに「ICE OUT」のピンを胸もとに着用してアワードに出席した。
68th GRAMMY Awards - Press Roomグラミー賞の受賞スピーチで痛烈にICEを批判したビリー・アイリッシュと、兄でプロデューサーのフィニアスはともに「ICE OUT」のピンを胸もとに着用してアワードに出席した。

1月最終週の金曜日には全米各地で、連邦移民当局の強靭な執行に抗議するナショナル・ストライキが行われた。労働組合や移民支援団体、学生、市民らが参加し、職場や学校を一時的に離れ、抗議集会やデモを展開した。レストランや小売店も自主的に営業を停止して、連帯を表明した。ファッション業界も例外ではない。2月1日に開催された第68回グラミー賞の授賞式では、多くのアーティストが移民関税執行局への抗議を示すバッチをつけるなどして、意思表示をした

また1月中旬にミネアポリスで移民当局に拘束され、テキサス州の移民拘束施設へ送られた、5歳のリアム・コネホ・ラモスは父親と一緒に1月末に地元に帰ることができた。幼い子どもが拘束された事実は大きな反発を呼び、抗議集会や報道で繰り返し取り上げられた。リアムは連邦判事の判断により帰還したが、世論と抗議の高まりが、影響を与えたことも否定できない。また2月4日には、米政権で国境管理の責任者を務めるトム・ホーマンが、ミネソタ州で移民の取り締まりを行う、連邦捜査官を直ちに700人削減すると発表した。

前出のプレッティの最後の言葉は「Are you OK?」(大丈夫ですか?)だったと言われている。抗議の最中、ICEエージェントに押されて倒れた市民を庇うべく、エージェントの間に自ら入って揉み合いになった。そして命を落とした。彼が最期に発したのは、混乱の中、誰かを思いやる言葉だった。その声が、確かに存在したことを忘れてはいけない。

Text: Nanami Y Editor: Yaka Matsumoto

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