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寛一郎、河瀨直美監督作『たしかにあった幻』で感じた“演技の極限”

  • 2026.2.6

NHK連続テレビ小説「ばけばけ」でヒロイン・トキの最初の夫、銀二郎を演じ、視聴者を虜にした寛一郎。置き手紙一つで出奔してしまう役柄にも関わらず、SNSでは同情する声が殺到。どんなジャンルの役柄も生々しく映し出す実直な演技に注目が集まっている。2017年に俳優デビューしてキャリア9年目。新たな映画『たしかにあった幻』では河瀨直美監督作品に初挑戦。役積みという河瀨監督ならでは独自の演出手法にデビュー作以上の大変さ、新鮮さを経験したと撮影期間を振り返る。

デビュー作ではないのに、まるで初めてのように新鮮だった

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ELLE 『たしかにあった幻』は日本の臓器移植医療と行方不明者問題をテーマにした、映画の力を期待させる作品です。寛一郎さんが本作に出演したいと魅かれたのはどんなところですか。

寛一郎さん 今回の迅(じん)という役だと思います。撮影を重ねるうち、結果的に違う形になりましたが、オファーをいただいた当初は、もしかしたら迅という役と自分をうまく合一できるのではという思いから、「やらせてください」とお返事しました。

ELLE 河瀨さんの演出は特別な現場と聞きますが、実際に体験してみてどうでしたか。

ほかの方とは全然違いますね。少なくとも僕にとっては初めての体験ばかりで、実に面白かったです。9年ほど役者の仕事をしていますが、何もかもが本当に初めての体験でした。どの現場にも何かしらの規則、法則があって、ある程度のセオリーみたいなものがあるんです。それがまるでなくて、これまでの感覚が通用しない。デビュー作ではないのに、初めてみたいな新鮮さがありました。

ELLE 一番、驚いたことはどんなことですか。

河瀨さんの撮り方や役積み(役者が役に深く入り込むため、撮影前の準備期間に実際に撮影用の家に住んで、日常生活を行うなどする)といわれる事については事前に話を聞いていたので、そこまで驚きはしませんでした。「本当にそうなんだ」という答え合わせをしているような感覚でいました。もちろん、大変だとは思います。それは役者だけでなくスタッフさんもそうです。全体的に自由度がすごく高いように見えて、実はちゃんとカメラがあって撮られているものですし、それでいてカメラを意識してはいけない。当然ドキュメンタリーではないですから、台詞も台本もあります。そのバランスがすごく難しかったです。できあがったものを見れば、映像として成立していることはわかります。でも現場には悪い意味ではない、歪みみたいなものがありました。実際には成立し得ないはずのものを成立させてしまう何かがある。それは河瀨さんのパワーであったり、スタッフさんのやる気で成し遂げられるもの。すごいものを見せてもらったなという感覚でした。僕はもう、その場で身を任せているしかありませんでした。

山に呼ばれていたのかも

© CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS - 2025

ELLE 今回、寛一郎さんが演じているのは主人公のコリーが屋久島で運命的に出会い、神戸で再会する迅役です。役積みにはどのようなことをしたのでしょうか。

実際に屋久島に入って、山の中に住みました。どんな役であろうと、あの環境に行っただけで気持ちがもう違ってくると思います。山の中で何日か過ごしたりすると、さらにもっと変化があります。今回は役のために行きましたが、一つの役を作るためにそこまで経験できることはなかなかないですから、贅沢なことだと思います。

ELLE 屋久島では何か違う感覚が得られましたか。

正直に言って、僕自身は屋久島のパワー自体はよくわかっていないと思います。素晴らしく空気もいいですし、何かすごくいいエネルギーがあるようには感じます。だけど、それが屋久島だからなのかは僕にはわかりません。僕自身が実感したのは、山の中にいると、外との関係が切れるということ。完全には切れませんが、少なくとも電波は入らないし、本当に1人ぼっちになれる瞬間がありました。それがやけに心地いい何日間かを過ごしました。

ELLE 寛一郎さんはこれまでアイヌの人々を描いた『シサム』('24)や山形県庄内地方のマタギを主人公にした『プロミスト・ランド』('24)など、大自然の中でロケした作品にも出演していますが、それとはまた違う心境でしたか。

今回はかなり、サバイバルのような感覚だったかもしれないです。ロケ自体には撮影隊もいるのですが、みんなは山を登り始めて、1時間半〜2時間ぐらいのところに滞在していました。僕が撮影外に役積みのために過ごしていたのはそこからさらに2、3時間かけて登らないと辿り着けない山中で、道からも外れていて、誰もいない場所です。『プロミスト・ランド』も大変ではあったんですけど、撮影で行っているから、危ないところには絶対行きませんでした。だけど、今回の役積みは撮影に関係なく、迅としているので、周りには誰もいません。本当にひとりで過ごしていましたし、誰も見てないから、危ないところに行っていたかもしれません。そういった意味でも本当にサバイブしていた現場だったと思います。

ELLE 普段の寛一郎さんだったら行かないことや、やらないことも迅としてなら、してしまうんですね。

僕自身は山とかに登りたいとか、行きたいとかは思わないですね。たまに行くくらいならいいのかもしれないですけど、『シサム』も『プロミスト・ランド』も本当に山の中でロケしていたから、山シリーズですね。山に「東京にばかりいるから、お前はそんな風になるんだ。一回、山に来い」と呼ばれていた時期だったのかも知れないです。

ELLE 大自然の中にいた迅がコリーに会うために訪れた神戸では囚われたように、顔つきから別人のようになります。

屋久島で1週間撮影して、その後が神戸での撮影だったのですが、神戸の都会を見た時に自分でも違和感を覚えたんです。そこで暮らしいくうち、自分の変わり果てた姿を見て、自分で言うのも何ですが、感動すら覚えました。

ELLE 神戸で迅は、ヴィッキー・クリープスさん演じるコリーの癒しとなっていきます。コリーと迅は背格好もヘアスタイルも同じで、まるで双子のように混じり合う様子が素敵でした。

ヴィッキーさんとは身長もほとんど変わらないですし、骨格もちょっと似ています。似ていったのか、元々似ていたのかは自分ではわかりません。ただ撮影期間中は本当にずっと一緒にいたので、似てきたんじゃないかな。自分ではそういう事にしておきたいです。

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ELLE ルクセンブルク出身の俳優であるヴィッキーさんとはどのように心を通わせていったのですか。カメラが回っていない間もずっと役のままでいたのでしょうか。

河瀨さんメソッドで言うと、本当はずっと役のままでいることが理想的だと思います。ただ、僕はそうすることに限界を感じて、ヴィッキーと寛一郎として、仲良くさせていただいていました。『ファントム・スレッド』('17)や『蜘蛛の巣を払う女』('18)など、ヴィッキーさんの作品を見ていたので、「あの時は実際にどうだったの?」と聞きたいことがたくさんありました。ヴィッキーさんも気さくに答えてくれて、逆に僕にもいろいろと聞いてくれて、お互いにたくさん話をしました。本当に尊敬できる良い友達になりました。

ELLE 海外で活躍する俳優さんとの共演で、どんな刺激を受けましたか。自分も海外で活躍したいと思いましたか。

もちろん機会があれば、ぜひやりたいです。だけど、「絶対にそこを目指すんだ」みたいな、そこまでの強い気持ちは今のところありません。自分の英語力では足りなさ過ぎると思うので、まずはそこからやらなければと思います。もしも何かのタイミングで自分と合うものがあったら、やらせていただきたいなとは思っています。

ELLE お芝居や仕事の仕方に関してはどうですか。海外と日本でのやり方に違いを感じるのか。あるいは変わらないと感じましたか。

人によると思います。違うと思う方もいるのでしょうけど、ヴィッキーは違わなかった気がします。当然、言語は英語で喋っているのですが、例え、言葉が伝わっていなくても、彼女の目を見れば、何を言いたいか、わかります。彼女は本当に相手のことをちゃんと見てくれる人。お芝居でもそうでした。

演技する時、会話を何より大切にしたい

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ELLE 寛一郎さんは演技する時にどんなことを一番、大事にしていますか。

相手をちゃんと見て、会話することですね。もちろん、カメラの動線とか、それ以外に考えなければならないことはたくさんあるのですが、一番大事なことはそれだけです。それ以外のことは必要なことだけど、いらないことでもあると僕は思っています。

ELLE ふたりの関係性がとても素敵でした。コリーが「大切なパートナーがいたら、その間に子どもが生まれる可能性もある」と出産や結婚を考えるのも自然な流れだと思います。それなのに迅はそのまま、姿を消してしまいます。寛一郎さんは愛や結婚について、この作品を通じて、どのように感じましたか。

今までやってきた役は僕自身でもあります。いなくなってしまいたいと常日頃、どこかで思っているから、そういう役が来るんでしょうか。そういえば、「ばけばけ」でもいなくなってましたね(笑)。そんなことは思っていないはずですけど、自分は人として、どこか残酷な面を持ち合わせているんだろうなとは思います。迅を見ていて思うのは、ヴィッキーのように運命の人と言われるような相手ですら、ましてや他の誰であっても、結婚したいと思わないんだろうなということ。それって、相手の問題ではないんです。きっと彼の中の問題を解決しないと、そこには向かえないのだと思います。

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ELLE 寛一郎さんにとって、今回最もチャレンジだったことはどんなことですか。

全部です。河瀨組は撮り方から何から全て違ったので、本当にヴィッキーに支えてもらいながら、ふたりで毎回ぶち当たっていく感じではありました。これまでの作品で一番大変でした。これまで、僕にとって一番苦労したのはデビュー作だったんです。キャリア9年目にしてそれを更新できたことは、めちゃくちゃ素晴らしいことだなって思っています。

ELLE 30代を迎えるということですが、これからやってみたいことはありますか。

割とこだわりがある方なので、これまでは自分が苦手と思うジャンルのものには触れてこなかったのですが、これからはどんどん触れていきたいと思っています。能動的だけでなく、受動的に得られるものも学んでいきたいです。20代は狭めすぎました。それだけ、自分を閉じていたのだと思います。いろんな作品、役と出会ううちに間口を広げてもらった感覚があります。自分自身と向き合う時間もたくさんあって、気持ちが募っていったこともあります。普通は20代で広げて、30代で落ち着いていくものだと思うんですけど、僕の場合は逆ですね。30代でどんどん広げていきたい。別にこだわりがなくなったわけではないですし、映画だってもっともっとやりたい。欲張りなことを言うと、今は全部やりたいです。

ELLE 以前ある俳優さんから「寛一郎さんは部屋に本を積み重ねているほど、読書家だ」とお聞きしたのですが、最近はどんな本を読まれるのですか。

その件は少し話を盛っているかもしれません(笑)。コミックを壁に沿って、積んで置いていたのを彼に見られたのだと思います。基本的に本を買って満足してしまうところがあるんです。書店やレンタルDVD店に行くのが好きなのですが、「これから何を読もう。何を見よう」という時間が一番、楽しいですね。一時期、ものすごく本を読んでいた時期があったのですが、最近はあまり読んでいません。この前、積んである本の中から適当に引っ張り出して、久しぶりに読んでみようとしたら、まあ難しくて。自分のことなのに、あの頃の自分は何を考えていたんだろうと全くわからなくなりました(笑)。

寛一郎

1996年8月16日生まれ、東京都出身。2017年に俳優デビュー。同年に公開された映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』で、第27回日本映画批評家大賞 新人男優賞を受賞。翌年『菊とギロチン』で第92回キネマ旬報ベスト・テン 新人男優賞など受賞。『月の満ち欠け』('22)、『せかいのおきく』('23)、『首』('23)、『身代わり忠臣蔵』('24)、『プロミスト・ランド』('24)、『ナミビアの砂漠』('24)、『シサム』('24)、『グランメゾン・パリ』('24)、『爆弾』('25)、『そこにきみはいて』('25)など近年は数多くの話題作に出演。2025年はNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」、NHK後期連続テレビ小説「ばけばけ」への出演も注目を集めた。2026年は、主要キャストを務めた中川龍太郎監督『恒星の向こう側』の公開を年内に控える。

2月6日(金)全国公開『たしかにあった幻』

フランスから来日したコリーは、日本における臓器移植への理解と移植手術の普及に尽力するが、西欧とは異なる死生観や倫理観の壁は厚く、医療現場の体制の改善や意識改革は困難で無力感や所在のなさに苛まれる。また、プライベートにおいても屋久島で知り合った迅と同棲を始めるが、お互いが使う時間のズレからくるコミュニケーションの問題に心を痛めていた。そんな中、心臓疾患を抱えながら入院していた少女・瞳の病状が急変する。

配給:ハピネットファントム・スタジオ

Text : AKI TAKAYAMA

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