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ヤングケアラーを描いた映画『90メートル』ノベライズ版。難病のシングルマザーを介護する高校生の息子。東京の大学に進学したいが…【書評】

  • 2026.2.6
90メートル 中川駿/文藝春秋
90メートル 中川駿/文藝春秋

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うざったいけど、離れがたい。どうしても素直になれない相手——誰にとってもそれが親という存在に違いない。そんな親が、たとえば、女手ひとつで自分を育ててくれた母親が、突然難病に冒されたとしたら、どうするか。しかもあなたは高校生。青春は介護の日々へと変わり、さらに、大学受験が近づき、人生の岐路に立たされたとしたら。

高校生の息子と難病を抱えるシングルマザーの日々を描いたのが映画「90メートル」(3月27日公開)。主演は、山時聡真と菅野美穂のふたり。『か「」く「」し「」ご「」と「』で知られる新進気鋭の監督・中川駿が、母親を看病した経験をもとに脚本を描いた半自伝的映画である。この映画の公開に合わせて読みたいのが、ノベライズ版『90メートル』(中川駿/文藝春秋)だ。ままならない現実に悩む母と息子、そこにある揺るぎない愛。スクリーンで観ても、ページで追っても、涙を堪えることはとてもできそうにない。

母が難病を患ったことで、一変した息子の生活

主人公は幼い頃からバスケットボール一筋だった高校生の佑。佑が高校2年生のとき、母が、難病を患ったことで、佑の生活は一変した。母子家庭で育った佑はバスケ部を辞めて母・美咲の介護を優先せざるを得なくなり、ヘルパーの支援は24時間体制ではないから、佑が美咲のケアをしながら家事もこなさねばならなくなった。佑は学校から帰宅すると、ヘルパーからの引き継ぎを受け、夕食の準備をする。ふたりで食卓を囲んでも会話はないが、難病を患う母親のことを思えば、佑はもしものことがないように、そばを離れられない。食事が終われば、後片付けがあるし、洗濯もある。トイレの介助は夜間も含め、いつ必要になるか分からず、いつでも寝不足で、学校生活も上手くいかない。高校3年生になった今、佑には東京の大学に進学したい気持ちがある。担任から自己推薦での受験を勧められるが、日に日に身体の自由を失っていく美咲の姿を前に、上京したい気持ちを打ち明けられない。そんな佑を前に、我が子の明るい未来を願う美咲は「おかあさん、大丈夫だから」と声をかけ、佑のためにヘルパーにある相談をするのだが……。

ページをめくるほど、他人事でいられない。自分の家族が難病に冒されたとしたら、どうしたらいいのか。それもじわじわと症状が進行していったとしたら。本作ではそういう残酷な現実を、ヤングケアラーという現代社会の問題と重ねながらリアルに描き出していく。

胸に迫るのは、親子の関係だ。佑も母も、突然降り掛かった事態に戸惑うのは当然のこと。けれど、ふたりの間にほとんど会話はない。ふたりを結ぶのは、チャイムのボタンだけだ。それは母が息子に「ヘルプ」を伝える時に押されるもの。佑は母が自分を呼ぶチャイムの音に煩わしさを感じずにはいられないが、感情があふれて母に強く当たってしまうのは避けたく、だから、ついそっけない態度をとってしまう。母もまた佑への罪悪感を決して口にせず、努めて明るく接する。いつだって佑の顔が見たくてチャイムを押しそうになる瞬間をどうにか堪えている。お互いがお互いを思っているのに、言葉にできない。そんな姿にどうして共感せずにいられようか。親子とは、どうしてこんなにも素直になれないものなのだろう。

そして、ふたりはそれぞれ決意する。未来のために。これからのために。ふたりの姿に、胸が痛いほど締め付けられる。親子だからこその葛藤と心の機微は、映画でもノベライズ版でも深く心に染み渡る。観て、読んで、それぞれの感情に心打たれる。きっとあなたもこの作品に触れた後、人生を前に進める力をもらったようなそんな気持ちにさせられるに違いない。いま読んで、いま大切な人に手を伸ばしたくなる一冊を、あなたにもぜひ。

文=アサトーミナミ

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