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東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第31回(野尻)「ネタに点数をつけるって、そもそもボケみたいな行為じゃないのか?」

  • 2026.2.5
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 提供:無尽蔵 野尻
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 提供:無尽蔵 野尻

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出・「M-1グランプリ」では2024年から2年連続で準々決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が交互に綴っていく。第31回は野尻回。

第31回(野尻)「ネタに点数をつけるって、そもそもボケみたいな行為じゃないのか?」

こんにちは。無尽蔵の野尻です。今回で『尽き無い思考』は31回目。本コラムには、ぼちぼち書籍化しても恥ずかしくないほどの文章量が溜まってきたと思います。古いイメージかもしれませんが、やはり芸人といえば本を出してナンボでしょう。KADOKAWAさん、そろそろいいんじゃないですか。きっと、その本は論壇の重要参考文献になることでしょう。将来、「卒論、お笑いで書くの?なら、無尽蔵さんの本は読んどきな」と人文系の学生が教授に言われてほしいのです。

さて、私は本連載でお笑いの賞レースについて理路整然と勝手なことを申し上げてきましたが、今回はさらに踏み込んで、「ネタに点数をつけること」というもはや当たり前に存在している一種の演出装置について今一度考えてみたいと思います。

私がネタを100点満点で採点すること対して明確な違和感を覚えたのは、今なおM-1グランプリの決勝戦の審査員を務められている博多大吉さんが初めてその席に座った2016年のことです。ABCラジオの『たまむすび』の放送で大吉さんは、「過去の決勝の映像を見ながら自分で採点をし、練習をした。結果、自分の点数は当時の審査員の誰かとは一致するようになり、自信を持った」という旨のことをおっしゃっていました。

それはあたかも各ネタに「正解の点数」が存在すると言っているかのようで、点数でネタを測ることの暴力性によって視聴者や出場者の間に波風を立たせることを恐れ、その行為が本来持っている恣意性から逃避しているように感じられました。その時私は、どこか倒錯した状態に賞レースの採点は陥っていないかと違和感を覚えたのです。ネタの価値は各鑑賞者の嗜好に依っており、どこまでいってもネタに点数をつけることなど原理的に正確たり得ないのだから、大吉さんが他の審査員と足並みを揃えようとすることはナンセンスではないかと。

笑いという「測れないもの」と点数という「測るための道具」の間に生じる矛盾は、テレビの演出装置としてこの上なくセンセーショナルで、M-1グランプリの盛り上がりに特大の貢献をしたと言えます。しかしその矛盾を一手に引き受ける審査員の重責は年々膨れ上がり、大吉さんがある種「置きに行く」審査に腐心することに繋がったのです。

ネタが終わってすぐに100点満点の点数を付けないといけないなんて、考えてみれば馬鹿げています。どれだけ熟達した審査員でも「なんとなく」感から逃れることはできません。じゃあ10点の漫才ってどんな漫才なんだと。それは11点の漫才と何が違うんだと。M-1の審査基準は「とにかく面白い漫才」というものが一応共有されていますが、何も言っていないのと同じだと思います(仕方のないことですが)。

いつからお笑い界にこのような審査方法が導入されたのかは分かりませんが、初めは壮大なボケのつもりだったのかもしれません。「そんな、フィギュアスケートじゃないんだから」とツッコまれてもおかしくないでしょう(ちなみにフィギュアスケートの審査は、技術点という客観評価と演技構成点という主観評価が意図的に混ぜられて構成されており、「公正さ」と「美」のトレードオフを引き受ける競技として成立しているため、お笑いが見習うべき点が多いと私は考えます)。

一方で、点数という情緒のない数値は視聴者にあらゆる考察の余地を与えます。

かつて松本人志さんがフジテレビの『ワイドナショー』の中で、賞レースの審査の必要性について「ウケているものが必ずしも良いネタなのかと言われれば、そうではないこともある。だからこそ審査員が必要だ」という旨のコメントをしていました。

これは00年代以降の賞レース審査に通底する理念だと私は思っていて、それまで「ネタはウケてさえいればいい」という思潮がまだまだ支配的だったお笑い界に、同業者が公然とネタを数値化するという営みが加わったことにより、「あのネタはあまりウケていなかったのに、なぜ点数が高かったのだろう」と視聴者に思索を巡らすきっかけが与えられました。審査員が「素人」を啓蒙するような構図がそこにはあったと思います。その結果、様々なオルタナティブな芸風が世の中に受容されたことは、言うに及びません。

では、ネタに付けられる点数は、芸人のためのものなのか?視聴者のためのものなのか?結論を言えば、番組のための便宜的な装置に過ぎません。ネタの採点文化が煮詰まってきた今こそ、審査員の先生たちはもっと好き勝手に点数を付けて、視聴者はもっと冷ややかな視線を浴びせましょう。

賞レースで誰の目にも惨敗を喫したコンビがいたとして、それでも「私はこの人たちのネタが一番面白いと思った」と感じられた時、あなたは世間とのズレに嘆く必要は全くなく、それはむしろあなたのお笑い体験が光り輝いている瞬間なのだと私は声を大にして言いたいのです。

 提供:無尽蔵 野尻
提供:無尽蔵 野尻

■無尽蔵

サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出、「M-1グランプリ」では2024年から2年連続で準々決勝に進出。

無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao

無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin

無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane

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