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「これだけは外せない」常連が推す2大メニュー 火事でどん底も…必死に守った中華食堂

  • 2026.2.4

HBC テレビで、毎週月~金曜ごご4:50~7:00に放送中の情報ワイド番組「今日ドキッ!」。
北海道のさまざまな話題をご紹介している「今日ドキッ!」から、選りすぐりの情報をお届けします。

あたたかい家族の姿を描くコーナー「ファミリーストーリー 家族のキズナ」。
今回は、初代の祖母が店を守り、父が支え、そしていま息子が受け取ったバトン…家族の物語です。

どん底からつないできた家族の物語

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栗山町へと入る道沿いに賑やかな看板が!
ひときわ目立つ歌舞伎の浮世絵…合言葉は「腹が減ったら、はらへーた!」

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栗山町に、親子3代にわたって受け継がれてきた店があります。
2026年、創業64年目を迎える「はらへー太」です。

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店を支えるのは、父・幸司さんと、息子の宏幸さん。
細く長い厨房では息を合わせるように行き来します。
3代目を継ぐ宏幸さん。
実は15年前まで、東京の大手企業で半導体を作るエンジニアでした。

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番組スタッフ:「もしかしたら継がないっていう判断をした可能性はありますか?」
宏幸さん:「ありますね。こっちに戻ってきて収入はガクンと…生々しい話ですけど落ちたんですけど、お金がすべてじゃないかなって…」

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開店してまもなく、サラリーマンや地元の常連客ですぐ満席に。

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栗山町内から:「毎週水曜日の昼はここって決めているんです。年間50日くらいあるんですよね。必ずここに来ます」

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札幌から:「とにかくおいしいですね。だいたい栗山来たらここに来ています」

「はらへー太」には、常連客たちが『これだけは外せない』と口をそろえるふたつの定番メニューがあります。そのひとつが!

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岩見沢から:「チャーメンですね、あんかけ焼きそば。これが有名だって、お客さんにここオススメだよって。期待通りです、はい。すごくおいしいです」

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岩見沢から:「もうこのチャーメンが大好きで、月に1回から2回、通って食べています。親に連れてこられたんですけど、もう本当に1歳2歳のときくらいから来ていたっていう話で、何回来てもやっぱり飽きない…本当においしいです」

はらへー太 名物「チャーメン」と「チャーハン」

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「チャーメン」のおいしさの秘密はスープ。
野菜と豚骨、親鳥を一晩かけて取ったダシです。
10種類以上の具材を炒め、うま味たっぷりのダシを加え、強火で一気に仕上げます。

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創業当時から変わらない、「はらへー太」のチャーメンの完成です。

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そして、「はらへー太」もうひとつの名物が「チャーハン」です。

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客:「はらへー太といえばチャーハン。ボリュームがあって、味もすごくおいしいので大好きですね」

東京でエンジニアに…栗山に戻ることを決めたワケとは

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「はらへー太」3代目、太田 宏幸さん。
宏幸さんが家業である食堂の存在を意識し始めたのは小学生のときでした。

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宏幸さん:「小学校に上がったときに、みんなと会話が合わないんですよ。例えばこの間の休みに親とどこに行ってきたとか、自営業だとそういうのがないんですね。そこに疑問を持ったことすらなかった」

中学2年生になった宏幸さん。
自分の将来を考える中で、「町を出る」という思いが芽生えます。

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宏幸さん:「大きくなったら親の仕事を継ぐっていうのがセオリーなのかなというふうに思ったんですけれども、果たしてそれがいいのかと。栗山町だけにいては駄目だなと。一度外の世界に出なければならないのかなっていうのは、学生時代とかね、その頃はそう思ってて…」

札幌の大学に進学し、工学部を卒業した宏幸さんは「モノづくり」への憧れを胸に東京へ。
日本を代表する企業で半導体をつくるエンジニアとして、最先端の現場に立ちました。

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収入も安定し、家庭も持ち、栗山に戻る理由はありませんでした。
しかし、父・幸司さんの入院をきっかけに、宏幸さんの心は静かに揺れ始めます。

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宏幸さん:「父が入院するってなったときに、この店に来てくれているお客さんの顔が浮かんだんですよ。ここの店のお客っていうのも小さい頃から見ているので、この店がなくなったらこのお客さん方はどうなるんだろう。すごく胸が痛くなって…」

宏幸さんが栗山に戻る決断の背景には、幼い頃から見てきた初代の祖母、ハルさんの姿がありました。

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宏幸さん「開店前、店が始まる前でもお客さんが『ちょっと腹が減ったんだけどごはんなにか食べさせてくれよ』って言ったら、営業時間外でも利用させてあげたりだとか、おもてなし精神がすごかったなと…」

そんな中、地域の人に愛された店に最大の試練が訪れます。

店が全焼…最大の試練

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宏幸さんが6歳のとき、店から出火。
火事で店舗が全焼してしまったのです。

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宏幸さん:「小さな町なのでね、この火事をきっかけに、太田さんは終わったなっていうのがあってね、ここがピンチだったところかなと思いますね」

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火事ですべてを失いながらも、父・幸司さんと店を立て直した祖母・ハルさん。
祖母たちが必死に守った店を、宏幸さんはつなぎたかったのです。

父が支え息子が受け取ったバトン

実家に帰ってきた宏幸さんを父、幸司さんは…

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幸司さん:「半分嬉しかったけれども、半分不安もあったの。畑違いのところから入ってくるからね。こういう飲食店に入ってくるから。だけど、反面、嬉しかったです」

昭和63年。栗山町外からのお客さんを呼び込むため、看板を設置する必要があると考えた父・幸司さん。

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地元の「絵師」と相談して完成したのがこの浮世絵。
絵のタッチに合わせ、店の名前も新しくします。
「はらへー太」の誕生です。

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浮世絵の看板と、中華食堂。
その意外な組み合わせが話題を呼び、店はいつしか栗山町の顔になりました。

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栗山町内から:「うちの亡くなった主人がね、ここが大好きだったの。それがやっぱり思い出になってね、私たちもね、ここのお店は忘れることはできない…」

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岩見沢から:「小学生とか中学生ぐらいのときから、親と一緒に来ていたお店なので。ふるさとの味だなっていう感じですかね。いつも食べたくなる味ですね」

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幸司さん:「ここまでこれたっていうのはやっぱり、先代の母親が朝早くから夜遅くまで「はらへー太」の道っていうのを作ってくれたおかげかなと思ってね」

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宏幸さん:「やっぱりもう、うちの父、初代の祖父母、もうただただ感謝ですね。本当に大変だったことの方が多いと思うんですよ。それでも本当に毎日日々、継続して積み重ねてきたことに関してはもう頭が下がる思いですね。その思いの重みを今、感じております」

【はらへー太】

住所:北海道夕張郡栗山町中央3丁目69
電話番号:0123-72-0615
営業時間:午前11時~午後7時20分
定休日:木曜

※掲載の内容は番組放送時(2026年1月6日)の情報に基づきます。

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