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【人形浄瑠璃文楽、人間国宝・桐竹勘十郎さんインタビュー】「人形やったらこうするのに、と常に思いながらの映画撮影でした」

  • 2026.2.5

PFF(ぴあフィルムフェスティバル)プロデュースの映画『道行き』に、人形浄瑠璃文楽の人形遣いで人間国宝の桐竹勘十郎さんが役者として出演しています。初めての演技のこと、文楽への思い、勘十郎さんに聞きました。

「なぜ私が映画に?」人形なしの演技に初挑戦!

奈良県御所市に、大阪から移住してきた映像作家の駒井(渡辺大知)。購入した古民家の改修工事を進めながら、元家主の梅本(桐竹勘十郎)と対話を繰り返す。家のこと、町の記憶、時計屋だった祖父の思い出……。やがてふたりのなかで、旅の風景が広がっていく。豊潤なモノクロームの映像、ゆったりと流れるハワイアン。『道行き』で初めて映画に出演した桐竹勘十郎さんはオファーが来たとき、「びっくりしました」と振り返ります。
 
「なんで? なんで私なんでしょうか!? と(笑)。人形遣いとして舞台には立ちますけどしゃべりませんし、人形に動きをつけてお芝居をしても、自分で演じるという経験はなかったので。『ちょっと考えます』と言うたものの、どう考えても想像できません。でも70歳を超えて、もしかしてね、こんなことを言うてきはることはもうないやろう、チャンスはチャンスだなと。何かの勉強になるかな? 1回やってみよう! ただそれだけです。まったく自信はありませんでした」
 
勘十郎さん演じる梅本は、改修工事の様子を見にやってきては、駒井を相手に四方山話を繰り返します。ちょっとのんびりした関西弁の響き、聴く人の心にスッと入ってくる抑揚。その語り口はなんとも耳なじみがよく、どこかノスタルジックなモノクロ映像と相性ピッタリ。
 
「最初に撮影したのは、渡辺大知さん相手に、歩きながら家の説明をする場面で。セリフがたくさんあって、いきなりこんなところから!? と間違えんように必死でした(笑)。それでも一度動き出すと、それほど不自然な思いはありませんでしたが、『人形やったらこうするのに………』と常に思いながらで。監督からは『ああせい、こうせい』というのは何もなく、余計に自信なくやってましたね」
 
勘十郎さん以外にも学者、ミュージシャン、鉄道員と、俳優を専業にしていない人が出演。古民家の改修、電車や駅での撮影を通して、駒井の日常がドキュメンタリーのような、ファンタジーのような、独特な世界観のなか綴られていきます。勘十郎さんは‟あの町に暮らす梅本さん”そのものという風情で、堂々と映像のなかに存在します。
 
「人形遣いと演技と、まったく違うものでもないんでしょうねぇ……。やる前は、動きながら決められたセリフを言うのが難しいだろうと思っていたんです。でもコタツに入って会話するとか、動きのないほうが難しかった。『普通にやってください』と言われても、会話するときは相手の顔を見る? 上を向くのか、下か? それすらわかりませんから。人形でもそう。女方(おんながた)に限らず立役(たちやく=男)でも、動く役のほうが得意で、じっとしているほうが難しいです」
 
そうして映画は完成するも、「観るのがイヤでイヤで」と勘十郎さん。演技をする姿は、自身の目にどう映ったのでしょうか?
 
「もちろん良くはないです(笑)。でも……そんなに邪魔にはなっていなかったのかなって。ちょっと胸をなでおろしました」

人形浄瑠璃は、おもしろい芸能やなぁ

空き家が増え続けて静けさを増す町、そこに暮らす人びと、かつては商人の町として賑わいを見せた町の記憶……。中尾広道監督も大の文楽好き。映画の舞台となった奈良県御所市の、そんな風景を想起させるために、劇中にも「面売り」という演目が登場します。ここで、本業でもある文楽についてもお話を伺ってみました。
 
「今に至るまで絶えることなく受け継がれていること、先人に感謝ですね。劇場の一歩外は現代ですけども、舞台の幕が開き、三味線が‟てん……”と鳴ったらお客様全員をタイムスリップさせなあかんのです」
 
文楽の人形は、息遣いを感じさせるような繊細な仕草、心の機微を読み取りたくなる眼差し、手先まで意識が行き届いた滑らかな動き。まず、その‟演技”に驚かされます。「お人形のよう」と言ったら俳優さんを揶揄する言葉になりそうでが、文楽の人形を観ると、それは褒め言葉だとも思えます。
 
「僕らも『ロボットみたいやで』なんて言いますが、今はロボットもしなやかで。ひっくり返ってバク転したりしますから!」と勘十郎さん。
女方と立役とでは人形の構造から異なります。たとえば、女方には脚がありません。足遣いが着物の裾の裏側を指でつまんで動かすことで脚があるように見せていて、人形を遣うには「構えも、使う筋肉も違います」と言います。
 
「文楽の魅力はいっぱいあって、とてもひとことでは言えません。三味線の音色、太夫が真っ赤な顔をして渾身の語りを聴かせること。語りと三味線だけで立派な芸能で、それプラス人形です。昔の人はよく考えて作り上げたものだなと。劇場へぜひ、見にきていただいて、客席で何かを感じ取ってほしいです。それと文楽は昔から全員男がやっています。女性がダメということではもちろんありませんが、僕は、ええトシしたおっちゃんたちが子どもや娘などになりきったりするのが大好きで。おもしろい芸能やなぁと思うんです」

【人形浄瑠璃文楽とは】
江戸時代に、大阪で生まれた人形芝居。太夫(語り手)、三味線弾き(音楽)、人形が一体となった日本の重要無形文化財。一体の人形を、首(かしら)と右手を操作する主遣い(おもづかい)のリードのもと、左手を担う左遣い、両脚を担う足遣いの三人で操る。

まだまだ“ええ人形遣い”を目指してやってます

たとえば、人形がモノを拾うという動作をするとします。目線を動かして首を傾け、落ちていたモノを見つけ、胴体を動かし、肩を少しだけ揺らして手を伸ばし、指先を使って拾い上げる――。人間ならほんの一瞬の単純な動作も、文楽では3人が呼吸を合わせていくつもの動作を組み合わせる必要があります。しかも流麗な動きで。
 
「きれいに見えるか? 自然に見えるか? 人形というのは、まあ人間もそうでしょうけど、角度の組み合わせなんですよ。肩や胴体の傾き、腕の位置や角度が決まっていて、このときはこれしかない!というのがあるんです。師匠方は、それを長年やってはって。‟きれいな形やな”というのは、その決まった角度へ、自然にパッと持っていっているんですね」
 
小ぶりのペットボトルを「首(かしら)」に見立てて説明してくれる勘十郎さん。
 
「人形の頭って、ちょうどこれぐらいです。それで、例えばお姫さんが上を向こうと思ったら(ペットボトルを上に傾けて)ここまで。それ以上に傾けてしまうと、角度としておかしい。お姫さんの動きではなく、お姫さんには見えません。もっと上を見ようと思ったら胴体を傾けます。胴体を動かすなら、肩もちょっと動かす、その角度をつけないと。これが角度の組み合わせです。文楽にはいろんな首がありますが、それをちゃんとわかって使っているか。人形の全身を使えているかどうか」
 
文楽の人形には、約80種類もの首があります。立役なら主役級を担うことが多い「文七(ぶんひち)」、力のみなぎった顔立ちの「金時(きんとき)」、女方ならかわいらしい顔立ちの「娘」、剃った眉とお歯黒の「老女方(ふけおやま)」などなど。首元のしかけ糸を引くと頭の上でに角が出て、血走ったような金色の目になり、口が耳まで裂ける「角出しのガブ」なんてものまで(それが女方にしかないってどういうこと?)、人形遣いはそれら全部の動きを体で覚えています。思わず「途方もないですね!」と言うと、「途方もないです。だから(修行に)時間がかかるんです」と笑います。では心を持たないはずの人形の‟演技”から、喜びや悲しみが伝わるのはなぜでしょう?
 
「人形は顔で表現するわけではなく、全身の角度を組み合わせて喜怒哀楽を見せる。それができると、浄瑠璃がなくても、ああ悲しいねんな、楽しいねんな、というのがわかる。その‟全身で”というのが難しいのです。人形を操る、動かすという技術者の部分と、その役を演じるという役者の部分、人形遣いは、そのふたつがないと十分に表現できません」
 
そのバランスが肝なのは、生身の俳優にも通じそうです。
 
「私自身、まだまだええ人形遣いを目指してやってますんで。14歳から始めて、ず~っと人形を遣うのが好きで。その気持ちは変わりません。変わらないというか、ちょっとずつその気持ちは大きくなっています。何かできるようになると、『じゃあこれもこういう風に遣いたい』という思いが新たに生まれ、もうひとつ、好きという思いが上がるのです。しかも人形遣いへの欲は深く、やりたい役もやってない役もたくさんあって。だから文楽をどんどん好きになり、どんどん上達しないと。先が長くて、『もうええわ』『ちょっとサボるか?』と思う暇がない。もう一生では足りませんわね」

PROFILE
三世 桐竹勘十郎(きりたけ・かんじゅうろう)
1953年生まれ、大阪府出身。人形浄瑠璃の人形遣いで、重要無形文化財保持者(人間国宝)。1988年大阪府民劇場賞奨励賞、1999年松尾芸能賞優秀賞、2003年父の名跡を継ぎ、三世桐竹勘十郎を襲名。2008年芸術選奨文部科学大臣賞、紫綬褒章、2010年日本芸術院賞、2025年日本芸術院会員。役者としては映画初出演。

[映画] 『道行き』

大阪から奈良に移住し、購入した古民家の改修工事を進める青年・駒井(渡辺大知)。その様子を見に来る元所有者の老人・梅本(桐竹勘十郎)が語る昔の町、流れてきた時間の話に魅せられる。語らい合うふたりのなかで旅の景色が広がっていく。奈良の御所市を舞台に心の奥に眠る大切な風景を思い出させる、モノクロームでつづられる豊かな時間を探す旅。『おばけ』でPFFアワード2019グランプリを受賞した中尾広道監督が、第28回PFFプロデュース作品(旧称:PFFスカラシップ)として手がけた作品。
●監督・脚本・編集:中尾広道
●出演:渡辺大知、桐竹勘十郎、細馬宏通、大塚まさじ ほか
●配給:マジックアワー
●2月13日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、テアトル新宿ほか全国順次公開
©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF

撮影/白井裕介 取材・文/浅見祥子
 
 
 

この記事を書いた人

大人のおしゃれ手帖編集部

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