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伝説のハリウッド女優、グレタ・ガルボが暮らしたニューヨークの家

  • 2026.2.2
Hearst Owned

黄金期のハリウッド映画界を支えた大女優グレタ・ガルボ。彼女が余生を暮らしたアパートメントが、新たな家主の手に渡りました。インテリアを刷新すべきか、それとも手を加えない方がいいのか......リノベーションを託されたインテリアデザイナーのスティーブン・シルズは、最適解に行き着いたようです。ガルボの面影を残しつつ、次のステージへと進んだアパートメントをご紹介します。

伝説のハリウッド女優が余生を過ごした家

「ガルボが住んだアパートメントとして、家の骨格は変えたくありませんでした」とシルズ。「だから、構造には手を加えていません」 Ngoc Minh Ngo

「どんな家を見てもインテリアを手掛けたデザイナーの名を尋ねることは、ほとんどありません」とアートコレクターで慈善家のドンナ・ローゼンは言います。「理由の一つは、言い当てることができるから。それに、そんなことを聞くのはゴーシュ(フランス語で「無作法」の意)ですしね。あら、ゴーシュなんて言葉、久しぶりに口にしたわ」。「『ゴーシュ』はいいですね。もっと使うべきですよ」とインテリアデザイナーのスティーブン・シルズが会話に加わります。ローゼンは話を戻して「それでも、これまでに2回だけデザイナーの名を聞いたことがあるのです」と言い、続けます。「どちらもスティーブンによるものでした」

私たちがいるのは、シルズが完成させたアパートメントの一室。ニューヨーク、マンハッタンのサットン・プレイスに立つ建物のワンフロアを占有しています。大きな窓からは、淡いグレーがにじむ曇り空の下、イースト・リバーが見えます。ローゼンがシルズにインテリアを依頼するのは、2回目。それゆえ二人の関係性に不安はなかったものの、今回は一筋縄ではいきませんでした。

Donaldson Collection/Getty Images

まず、来歴を聞けば、誰もが耳を疑うでしょう。ここは、あの大女優グレタ・ガルボの住まいだったのです。黄金期のハリウッド映画界を支えたガルボは、1940年代初頭に引退した後、このアパートメントでひっそり暮らしました。ブロンドの髪を思わせる木材とピンクのシルクの壁に包まれた空間は、スウェーデン人の顔立ちを表現したかのようでした。時折、ガルボはローファーを履いてキルティングコートを着込み、建物の前に姿を現したそうです。

ガルボはおよそ40年をここで過ごし、1990年に他界しましたが、相続人たちが洗練された“ガルボ・スタイル”を維持。ビリー・ボールドウィンによるデザインは細部まで残されました。その一つが、オレンジがかった木材とベネチアのブランド、フォルチュニのシルクを張りめぐらせた寝室。ボールドウィンがガルボの要望に応え、「ランプシェードの裏側で燃える、ろうそくの炎」のような色を実現したものです。

ローゼンがパーティに現れると、「インテリアをすっかり変えてしまわないか」人々は彼女に探りを入れたそうです。「フォルチュニのシルクはぼろぼろでした。オレンジ色とドンナのアートコレクションの相性を考えると、木材にも手を加えた方がよいと思いました」とシルズ。

リビングに佇む、家主のドンナ・ローゼン。16世紀にジャン・ミエットが手掛けたプレートはマントルピースの上に。 Ngoc Minh Ngo

それに、ローゼンは独りきりで過ごすつもりはありませんでした。彼女は比類なきアートコレクター。ジャスパー・ジョーンズに、サイ・トゥオンブリー、マルセル・デュシャン……。最近では、日本のアンティーク陶磁器にも興味が。豊富なコレクションと共に暮らし、人をもてなすのが何より好き。アート界や政界、メディア界などから、あらゆる世代のゲストを招きます。「『ドンナのアパートメント』となる必要がありました」とシルズは言います。実はガルボの熱狂的なファンである彼ですが、ここはインテリアデザイナーとしてのプライドをのぞかせます。そして、ドンナ・ローゼンは彼を信頼していました。「彼はアーティストのように仕事をする。アーティストのように考え、見て、話すのです」

巧みな色使いで新旧の家主への敬意を表現

「リビングにしつらえられたオリジナルの暖炉を見たとき」とスティーブン・シルズが語ります。「その上の小さなスペースに、ルノワールによる少女の作品が掛けてあったのです。だから、ここには名作が飾られるべきだと思いました。家主のドンナ・ローゼンは、ジャスパー・ジョーンズによるブロンズ製の数字をかたどった作品を所有していたので、これこそ部屋の主役になると確信しました」 (C) 2025 Jasper Johns/Licensed by VAGA at Artists Rights Society (ARS) NY; (C) Succession Yves Klein c/o Artists Rights Society (ARS) New York/ADAGP Paris 2025 (table rose) Photograph / Ngoc Minh Ngo

優雅な「近代化」を叶えるためにシルズが最初に行ったのは、オレンジ色の壁パネルをつややかなペールホワイトに塗り替えることでした。「木のぬくもりを白という色を通して感じてもらいたかった。水の風景もインテリアに取り込みたいと思いました」。こうして、ローゼンのアートコレクションを際立たせる壁が完成。とりわけ、ソファの上に掛けられたエル・アナツイの作品は、確かな存在感を放ちます。イヴ・クラインによる、それぞれ金色とホットピンクが目を引く2点のテーブルは、2つのシーティングエリアに一貫性をもたらしました。「これこそが、ガルボのカラーなのです」とシルズはこのピンクについて言います。

シルズは、新旧の要素を緩やかに調和させていきました。自然光と溶け合う真っ白なベルベット地のソファは古いもの。オベリスク形の照明セットは新たに入手。ジャスパー・ジョーンズの《Merce’s Footprint》は暖炉の上にディスプレーしました。今は入院していて家に住んでいないローゼンの夫の膨大な書籍コレクションが、その両側の本棚を埋め尽くします。「彼に抱かれているような感覚になるのです」とローゼンは、家の中心部に本を並べた理由について話します。

「家主が所有するアートコレクションの大きさが、パイン材を使った壁パネルにフィットしました」とシルズ。エドガー・ドガによる《Danseuse Attachant le Cordon de Son Maillot》(1882-95)をテーブルにディスプレー。 Ngoc Minh Ngo

8人が着席できる円形のダイニングテーブルなどのアンティークも、随所に配置。「私は高価なものを探しているわけではなく、正しいものを見つけたいのです」とシルズは言います。書斎の一つには、青みがかったクリーム色のブークレリネンを張り地にあしらったデイベッドが。そこに腰掛け、窓に顔を向けると、川の流れを愛でることができます。

グレタ・ガルボへと続く扉

ガルボの恋人が住んだ部屋へと続く階段につながる扉。「このロックが面白いですよね。果たして、彼女は彼を追い出した後に鍵をかけたのでしょうか。それとも、ここに招き入れてから? 想像を搔き立てるこの扉は、どうしても残しておきたかったのです。私にとっては、これこそがガルボの亡霊です」とローゼン。 Ngoc Minh Ngo

1カ所だけ、グレタ・ガルボの痕跡がそのまま残された場所があります。それは、簡素な階段に通じる扉。「これはジョージ・シュリーのための扉でした」と彼女。シュリーは上の階の住人で、ガルボは彼と長い間、恋人関係でした。この場所が、彼とガルボをつないでいたのです。

今の世の中、「保存すること」は簡単ではありません。ほつれた服は繕われることなく捨てられ、アートは購入後すぐに売却される。美しい建物は破壊され、薄っぺらなビルに取って代わられます。一方で、私たちは過去に執着し、知的・政治的・精神的に前進する喜びを見失ってしまうこともあります。「私は考えを変えることが大好き」とローゼンは言います。「新しいことを学びたい。それって、人生の中で最も素晴らしい瞬間の一つではありませんか?」

リビングを別の角度から。壁に掛けられたエル・アナツイの《Takari in Black》(2007)を挟むのは、それぞれミシェル・スチュアート(左)とメアリー・コースによる作品。その前に、イヴ・クラインの《Table d’Or》、テーブルの上にはジェームズ・タレルによる没入型展望台「ローデン・クレータ」の玄武岩を素材にした5点のボウルが設置されています。 (C) Succession Yves Klein c/o Artists Rights Society (ARS) New York ADAGP Paris 2025 (table D’Oree) Photograph / Ngoc Minh Ngo

日が暮れ始めてきました。空が「ガルボ・ピンク」に染まります。ガルボのファンでさえ認めざるを得ないのが、シルズの生み出したピュアな青と淡いグレーは、かつてガルボを包み込んだ暖色よりも、水と空が織りなす静かな冷たさと調和しているということ。ローゼンは、今のアパートメントの姿を「ニューオーリンズの霧模様と、かすかな過去の痕跡」と形容。ニューオーリンズ出身のローゼンは、亡霊の存在を信じます。ガルボの気配はまだ感じたことがないと言いますが、シルズは彼女の夢を見るそう。「ガルボを笑顔にしたいと思いました」と彼は言います。

グレタ・ガルボは、いつだって「次へ進むとき」が分かっていた女性。新たな家主とインテリアデザイナーが同じように次へと進んだことを知り、喜んでいるに違いありません。

初出:リシェスNo.54 2025年11月28日発売
PHOTOGRAPHS:NGOC MINH NGO
TRANSLATION:CHISATO YAMASHITA

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