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【ヤングケアラー】11歳で母の排泄処理…「冗談だろ?」48歳で若年性認知症になった母と小学5年生の壮絶な記録【原作者に聞く】

  • 2026.1.27

学校から帰宅すると、外をふらつく母を捜して連れ戻したり、排せつの後始末をしたりする日々。小学5年生から始まった母の介護、ヤングケアラーだった子ども時代を描いた漫画『48歳で認知症になった母』が話題だ。今回は、原作者の美齊津康弘(みさいづやすひろ)さんにインタビューを実施。壮絶な環境に置かれた際の思い出や、ヤングケアラーを支援する活動について話を聞いた。

「全部嘘よ」と言ってほしかった

美齊津さんが11歳のころ、48歳の若さで母が認知症を発症した。どんどんおかしな言動が増えていく母を前に、当時の美齊津さんは「これは夢に違いない」「ある日元のお母さんに戻るはずだ」と本気で思っていたという。「母は冗談が好きな人だったので、わざとおかしくなったふりをしているんじゃないかと思い、毎日『お母さん、もうやめてよ』と言っていました。母が笑いながら『全部嘘よ。驚いた?』と言ってくれることを期待していましたが、やがてあきらめていきました」

鏡に向かって独り言を話す母を背後から見つめ、シクシクと泣いていた記憶があるという。

母の心配ばかりしていた少年時代

11歳という若さでヤングケアラーになった美齊津さん。「当時は母の世話を困難とは感じていませんでした。そもそも『世話をしている』感覚もなく、ひたすら目の前の母に対応していただけのように思います」と振り返る。しかし、生活の中心は母の病気。同世代の友人が持つような関心事には興味を持てず、心理的に大きな隔たりを感じていた。「今思えば、ただ母の心配ばかりして過ごした少年時代だった気がします」

夕焼けと母の言葉

徘徊(はいかい)していなくなった母を捜し、手を引いて家に連れて帰る日々。そんななかで、特に印象に残っているエピソードがある。「ある時、目の前にとてもきれいな夕焼け空が広がっていて、2人で手をつないだまま呆然(ぼうぜん)と眺めていたことがありました」

思わず「きれいやね」と母に言ったところ、母は「きれい」と答えてくれた。当時、病気が進行しほとんど会話もできない状態だった母。久しぶりに気持ちが通じ合った気がして、美齊津さんは「このまま時間が止まってほしい」と願ったという。

「恥」だと思っていた過去を漫画に

美齊津さんは長年、自分の体験を「恥」だと思い、人に知られたくない過去として生きてきた。しかし数年前、ニュースで「ヤングケアラー」という言葉を知り、自分と同じような子どもがたくさんいることに驚いたという。「自分の体験が、今もどこかで苦しんでいる人を慰める力になるかもしれない」

そうして生まれたのが本作だ。「この作品は私の人生をありのままに書いたノンフィクションです。漫画はかわいいタッチで描かれていますが、実際には家族全員が苦しんでいました。読者の皆様には、家族の一員になったつもりで『家族をケアすること』の現実を疑似体験していただきたいと思います」

著:吉田美紀子、原著:美齊津康弘/『48歳で認知症になった母』

取材協力:美齊津康弘

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