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「私が描きたいものを絶対に否定しない。だから、どんな意見も言えるんです」『家が好きな人』著者、初めての作品集【井田千秋×担当編集インタビュー 後編】

  • 2026.1.25

2023年に刊行された『家が好きな人』(実業之日本社)で、一躍その名を知らしめたイラストレーター・マンガ家、井田千秋さん。このたび刊行された『おさまる家 井田千秋 作品集』(実業之日本社)は、そんな井田さんの原点となる同人誌から最新の描き下ろしまでたっぷり収録した超豪華な1冊だ。

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担当編集者との対談連載「編集者と私」第4回後編では、初の作品集が生まれた経緯に迫る。さらに、編集の鎌倉楓さんが、井田さんに言えなかったある秘密も明らかに……?

井田さん特別描き下ろし! 井田さん×鎌倉楓さん
井田さん特別描き下ろし! 井田さん×鎌倉楓さん

同人誌を持っている人も、初めて読む人も楽しめる作品集に

──このたび、初の作品集『おさまる家 井田千秋 作品集』が刊行されました。この企画は、どのような経緯でスタートしたのでしょうか。

井田千秋さん(以下、井田):『家が好きな人』の刊行後、次回作をどうするかというお話になりました。家をモチーフにしたフルカラーの新作も、もちろんまた作りたい気持ちはありますが、構想には時間がかかります。すぐに形になるものが、思いつかずにいました。

その一方で、これまで作ってきた同人誌をいつかまとめて形にしたいという気持ちはずっとありました。同人誌の再販を希望される声もたくさんいただいていたので、『家が好きな人』1周年記念展をジュンク堂書店 池袋本店さまで開催していただいた際にあらためて販売したところ、すごく喜んでいただけたんです。ただ、同人誌はどうしても一定数で売り切れてしまって、再販のたびに負担も大きくて。そこで「次の企画として、同人誌をまとめた本はどうでしょうか」と相談したところ、鎌倉さんも快諾してくださいました。

鎌倉楓さん(以下、鎌倉):弊社の公式オンラインショップでも井田さんの同人誌を扱っていたのですが、すぐに完売してしまって。売り切れた後に「どこで買えるんですか」「高額で転売されてますよ」というメッセージもたくさんいただいていました。

井田さんからお話をいただき、同人誌を作品集として出版すれば弊社で重版もできますし、電子書籍にもできます。長く残すことができればファンの方々にも喜んでいただけるので、ぜひ刊行したいと思い、今回の作品集が実現しました。

──おふたりの間で、本の内容についてどのようなお話をされましたか。

井田:当初から考えていたのは、すでに同人誌版を持っている方にも喜んでいただける本にすることです。1冊にまとまる喜び、手元に置くうれしさのある本にしたいと思いました。もちろん、これまで同人誌を買えなかった方が初めて手に取り、楽しんでいただけることも目指しています。

鎌倉:そのため、扉絵は同人誌で使われていた表紙をできるだけそのまま使っています。それにより、同人誌を持っていない方にも「同人誌を買えた!」と喜んでいただけるかな、と。また、描き下ろしも後半にたくさん入れていただいているので、その点でも楽しんでいただけると思います。

井田:同人誌はそれぞれサイズも違えば、右開き・左開きもバラバラ。それを1冊にまとめるのは大変で、鎌倉さんにも「どうしましょう」と何度も相談しました。

鎌倉:サイズ調整もしていただきましたよね。

井田:『家が好きな人』と同じA5判にする案もありましたが、少し大きめのB5判で作っていた同人誌もあって。もともと私の絵は線が細いので、縮小してしまうともったいないなと思い、ちょうどいいサイズを探しました。

鎌倉:最終的にB5変型という、少し珍しいサイズに落ち着きました。大きすぎず小さすぎず、手に取りやすくて、棚にも収まりやすいサイズ感だと思います。夜寝る前にふと手に取って、気軽に眺めてもらえるような本になったらうれしいです。じっくり拡大してご覧になりたい方には電子書籍もあります。

自分が何を好きなのか、自己分析

──『おさまる家 井田千秋 作品集』は、井田さんの約10年の歩みをたどる1冊になりました。完成した作品集をご覧になっての感想は?

井田:制作中は、自分が何を好きで、何を描きたかったのか、あらためて自己分析する時間だったなと思います。「私はこういうものが好き」とわかっているつもりでしたが、古い作品のことは意外と忘れていることも多くて。「あ、こういう表現好きだったな」と再確認したり、逆に「こういうのが好きなところは変わってないな」と感じたりしました。

──ずっと変わっていない部分、逆に変わったなと感じた部分はどこでしょう。

井田:やっぱり家の中を想像して絵にすることは、すごく好きだなとあらためて思いました。これはもう、一生続けるでしょうね。

その一方で、世界観は少し変わったように思います。最近は『家が好きな人』を作ったことで、より現実に近い、今の生活と地続きの空間を描くのが楽しくなっていましたが、初期の作品は童話風の世界観で何でもあり。「そうだそうだ、こういうのも好きだったな」と思い出しました。

それもあって、作品集の描き下ろしマンガでは、かつての作品のエッセンスも取り入れています。『家が好きな人』のようなワンルームの賃貸マンションも想像しやすいですが、室内に階段があったり天井が少し高かったりする、少しだけ変わった家にしました。

──収録された2編の描き下ろしマンガのうち、特に「ここであるどこか」はこれまでと違う広がりを感じました。そのあたりは意識的だったのでしょうか。

井田:『家が好きな人』のように、生活を覗き見るような描き方はこれからもやっていくと思います。ですが今回は、家という空間を妄想する楽しさという原点に立ち返り、その魅力を伝えるアプローチをすごく考えて。同じことだけでなく、新しい表現方法にも挑戦したいと思ったんです。まだ自分の中で「こうです」とはっきりしたものは見つかっていませんが、その模索の過程で「ここであるどこか」が生まれました。

 『おさまる家 井田千秋 作品集』より
『おさまる家 井田千秋 作品集』より

鎌倉:描き下ろし2編のネームのうち、「まるおさんの家」は『家が好きな人』に近いテイストでしたが、「ここであるどこか」は今までにない井田さんの新たな一面が見えてきたと感じました。挑戦しているけれど無理がなくて、すごく面白かったです。それに井田さん、実はホラーもお好きなんですよね。

井田:大好きなんです。

鎌倉:「なるほど、そういう要素を落とし込んでくださったのか」と思いました。『家が好きな人』とは種類は違いますが、井田さんの“好き”が詰まっているのかなと思って、私はとてもうれしかったです。

井田:私は不思議体験談を聞くのが好きで、そういったお話も描けたら楽しいだろうと思いました。とはいえ、読者さんが求めているのは『家が好きな人』のテイストですよね。「こういうのじゃなくていいんだけどなぁ」という感想が来るイメトレもしています(笑)。

でも作品集でこれまでを振り返りつつ、最後の描き下ろしで「これからもまだいろいろやろうと思ってます」という意思表示として、ちょっとした変わり種を盛り込んでみました。

──今後、こういった方向性の作品も描いていく予定ですか?

井田:ホラーが描きたいわけではないんですけど(笑)。これからもきっとお家はモチーフにするし、自分で考えた家の様子をマンガで観てもらうことはずっと続けたいと思っています。

ただ、『家が好きな人』はストーリー性がほとんどない作品だったので、これからはもう少しページ数のあるもの、ストーリー展開のあるものにも挑戦してみたいですね。

描きたいものを絶対に否定されない安心感

──ご本人を前にすると言いにくいかもしれませんが、「編集者と私」という連載なのであえてお伺いします。井田さんにとって、鎌倉さんはどんな存在でしょうか。

井田:悪く思うところが本当にひとつもなくて。むしろ、いつも私がご迷惑をおかけしてすみません、という気持ちです。ありがたいのは、私が描きたいものを絶対に否定しないこと。その安心感があるので、意見を言うのがまったく怖くないんです。

「ダメって言われるかな」「いい顔されないかも」という不安が一切ありませんし、仮にそのままでは難しい案だったとしても、一度しっかり受け止めたうえで、より良いアイデアを返してくださるだろうという信頼がある。思いついたことを言えますし、今後もし「こんなことをやったら絶対面白いぞ」というアイデアが生まれたら「鎌倉さーん!」とお声がけしたいです。こうした関係性を築けたことは、すごく心強いですね。

鎌倉:そんなふうに言っていただけて光栄です……。

井田:ただ、私は原稿がめちゃくちゃ遅いので、鎌倉さんが編集部で怒られていないか心配です。

鎌倉:全然そんなことないです! 井田さんは締め切りもきちんと守ってくださいますし、もし多少遅れる場合でも事前に連絡してくださるので、とてもやりやすくて。困ったことなんて一度もありません。

それに、井田さんは本当にお人柄が素敵で。作品から伝わってくる雰囲気そのままの方だなと、いつも思っています。作家として素晴らしいのはもちろんですし、人間性も魅力的で私としてもすごくありがたい存在です。…………好きです!!

1970~80年代の雑誌や絵本で培われたセンス

──ちなみに、おふたりのお住まいも『家が好きな人』のような雰囲気なのでしょうか。

鎌倉:井田さんは『家が好きな人』と『おさまる家 井田千秋 作品集』の間くらいのタイミングでお引っ越しされましたよね。

井田:そうですね。もちろん絵には理想や憧れが投影されているので、「この絵の通りです」とは言えませんが、やっぱり好みは絵にも反映されていると思います。家具や食器なども自分の好みですから、部屋を眺めてなんとなく自分の絵っぽいなと思う瞬間もありますね。私は木の家具がすごく好きで、絵にも木製家具ばかり描いてしまうんですけど、そういうところは似ているのかなと思います。

鎌倉:一度、ご自宅にお邪魔したことがありましたよね。まだお引っ越ししたての頃で。今ほど家具が揃っていない状態だったと思うんですけど、それでもすごく素敵でした。

井田:いやいや、ふすまの向こうを見せなかったので。仕事部屋は本当にひどいです。物がものすごく多くて。

──家具は、どんなところで購入されているんですか。

井田:本当にいろいろですね。インテリアや生活雑貨のチェーン店も利用しますし、Instagramで古道具屋さんをチェックするのも好きです。今はどのお店もSNSをやっているので、好みのものがよく出てくるお店を見つけて、「この戸棚かわいいな」と思ったら、サイズを問い合わせたりしています。

鎌倉:私もだんだん井田さんの影響を受けて、「おしゃれな家にしたいな」と思うようになってきました。ただ、どうしても生活感が出てしまうし、便利さ重視で家具を揃えると統一感がなくなってしまって。井田さんがお持ちの食器棚、水屋箪笥に似たものを私も持っているので、そこだけはおしゃれゾーンにしようとしています。

──井田さんは、どうやってセンスを磨いてきたのでしょうか。

井田:磨かれているかどうかはわかりませんが、子どもの頃から好きなものの傾向がはっきりしていました。母が持っていた1970~80年代の雑誌や絵本、書籍を眺めて育ってきたので、古いもの、絵本に載っているような細かい柄が好きで。大人になっても変わらず、そういったものにばかり目が行きます。

──鎌倉さんも、こういう雰囲気がお好きなんですね。

鎌倉:大好きです。井田さんが本で家具や雑貨、食器を紹介しているのを見るたびに「本が出たら売り切れちゃうんじゃないかな。先に買っておこうかな」と思ってます(笑)。

井田:大丈夫です、そんな影響力はないので(笑)。

鎌倉:実は、井田さんにまだお話ししていなかった告白がありまして……。『おさまる家 井田千秋 作品集』で、太田木工さんの寄木細工の箱を描いていましたよね。

 『おさまる家 井田千秋 作品集』より
『おさまる家 井田千秋 作品集』より

井田さんからラフが届いたあと、掲載許可をいただくために太田木工さんにメールをお送りしたんです。ちょうどそれが旅行先の箱根で、帰りに小田原に寄ったら太田木工さんが展示販売をされていて。「あ、昨日メールした方だ」と気づき、あまりにも運命的な出会いだったので井田さんとおそろいの寄木細工の箱を私も購入しました。気持ち悪いかなと思い、今日まで言い出せなかったんですけど……。

井田:気持ち悪くなんてないです。プレゼントする前に教えていただいてよかったです。

──最後に『おさまる家 井田千秋 作品集』の見どころをお願いします。

井田:これまで書いてきた同人誌を、新刊としてようやく形にできました。きれいにまとまり、とても素敵なデザインに仕上げていただいたので、ぜひお手に取って楽しんでいただけたらうれしいです。紙でも電子でも手に取っていただけたら幸せですが、もしよかったら今回はぜひ紙の本を本棚に並べてもらえたらうれしいです。

鎌倉:表紙に箔押しもしていますので、ぜひ紙で手に取っていただきたいですね。

井田:お家であたたかくして読んでもらえたら。

──冷静に考えると、かなりお得な価格ですよね。

鎌倉:お気づきですか(笑)。オールカラーで税込2750円ですから、とてもお買い得です。同人誌の値段をすべて足せばそれ以上になりますから。

──これからも、おふたりで幸せに本を作っていきそうですね。

井田:次の本も、また一緒に。

鎌倉:ぜひ、よろしくお願いします!

取材・文=野本由起

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