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AI裁判はフィクションで終わらない?“起こり得る未来”が描かれる『MERCY/マーシー AI裁判』をレビュー

  • 2026.1.25

ここ数年、あらゆるジャンルの話題でトピックに上がる「AI」。もはやその2文字を目にしない日はないくらい、われわれの日常に浸透してきた。そしてその進化は、予想を超えるスピードを遂げている…。当然ながら、映画でもAIネタは急増中。ハリウッドではAIの俳優に演技をさせるべきかという論戦が沸騰しているし、全世界レベルで全編、生成AIのみで製作された映画も次々と誕生している。そのAIの未来を示す意味で、最高の見本になりそうな1本が『MERCY/マーシー AI裁判』(公開中)だ。

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敏腕刑事が被告人に!?予想外の展開に引き込まれる

AIが司法を任されるようになった近未来。事件の容疑者は、“マーシー裁判所”でAIの裁判官によって有罪/無罪が決められる。本作のこの設定は一見、奇抜であるようで、じつはAIの最も有効な使われ方かもしれない。人間の裁判官の場合、どんなに客観的かつ統計的、冷静に判決を下したとしても、そこに個人の感情が影響することは、完全にゼロにはならないからだ。情状酌量(英語でMercy=マーシー)のように、被告への同情が加味されるケースもあるはず。それならば人間の感情は基本的に有しないAIのほうが、より正確な判断ができるに違いない。劇中でも「人は必ず嘘をつく」と鋭く指摘するセリフがある。その意味で本作は“起こり得る未来”の風景として説得力満点だ。観ているわれわれもSF的な非現実世界とは感じにくく、その発想にまず感心してしまう。

敏腕刑事のレイヴン(クリス・プラット)が妻殺しの容疑で被告人になる
敏腕刑事のレイヴン(クリス・プラット)が妻殺しの容疑で被告人になる

『MERCY/マーシー AI裁判』の主人公は、刑事のレイヴン。妻を殺害した容疑でマーシー裁判所に拘束されたのだが、皮肉にもAI裁判官を誕生させるきっかけを作ったのが、レイヴンが担当した事件だった。自らが道を切り拓いたAI裁判で、まさか被告になるとは…。このあたりがサブプロットとして重要な意味を持つのも、映画的なおもしろさである。

AIが裁判官を務めるマーシー裁判所の立ち上げにかかわるキーマンだったレイヴン
AIが裁判官を務めるマーシー裁判所の立ち上げにかかわるキーマンだったレイヴン

無罪を証明する制限時間は90分!まるでリアルタイムでの映像体験

AI裁判では、容疑者が裁判官と対話しながら、ネットやSNS、防犯カメラの映像、機密情報などあらゆるデータベースから、自分にとって有利な証拠を見つければ、無罪になる可能性が高まる。ただしその制限時間は、わずか「90分」。膨大な情報量から証拠を探す作業は、広大な砂漠で小さな米粒を発見するようなもので、至難の業(わざ)。とはいえ本作の主人公は刑事、つまり捜査のプロなので、職業柄、一般人よりも証拠探しの能力は優れている。このあたりも映画的設定の巧さ!そして「90分」という制限時間は、ほぼ映画の上映時間(100分)に相応し、われわれ観客はリアルタイムでレイヴンの無罪証明を体感していくことになる。

制限時間90分内に、あらゆるのデータから証拠を収集し、有罪率を規定値まで下げなければならない
制限時間90分内に、あらゆるのデータから証拠を収集し、有罪率を規定値まで下げなければならない

このように本作のメインの舞台は、マーシー裁判所の一室で、レイヴンとAI裁判官の“2人”の応酬が基本のため、冒頭から閉所的な緊密感に苛まれる。しかしやがて、裁判と同時進行で事件現場などあちこちで捜査にあたるレイヴンの同僚など、証拠にまつわる映像や、外部との通信などが次々と提示・挿入されていくし、レイヴンの周囲がヴァーチャルで別風景に変わったりと、いつの間にか裁判所の外の世界と地続きになり、映画を観ている側も事件を疑似体験しながら、レイヴンの苦闘に同化していく。

こうした流れに、本作の監督、ティムール・ベクマンベトフが製作で関わった作品を思い出す人もいるだろう。その独特な手法が話題を集めた、2018年の『search/サーチ』だ。少女の失踪事件を、ほぼ全編、パソコン上の映像で展開していくこのスリラーは、モニターという限定画面でも事件のあらゆる状況を描けることを証明。ベクマンベトフ自身が監督を務めた今回の『MERCY/マーシー AI裁判』も、裁判所の限定空間が外の世界へ広がりを見せる展開であり、『search/サーチ』の成功例が活かされている。そして広げられた空間では、予想外のスペクタクルが起こるので、アクション大作を観ている感覚も得られるはずだ。

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クリス・プラット×レベッカ・ファーガソン共演でAIの在り方を問いかける

かなりチャレンジングなスタイルのこの作品に、AIの近未来の効用以上に説得力を与えるのが、メインキャストを演じた2人の貢献である。レイヴン役は現在のハリウッドでトップの地位に立つ一人、クリス・プラット。「ジュラシック・ワールド」や「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」の特大ヒットシリーズで主役を任されたように、アクション系を得意とする彼が、本作ではマーシー裁判所内で拘束されたままの状態で演じるシーンがメインとなる。肉体の動きに頼らず、微妙な表現や仕草でレイヴンの怒りや苛立ち、恐怖やヒロイズムを伝える姿に、プラットの新境地を感じることだろう。そしてもう一人が、「ミッション:インポッシブル」シリーズなどでおなじみのレベッカ・ファーガソン。こちらはAI裁判官という、過去に誰も演じたことのないキャラクターに挑戦。AIと人間の決定的な違いを彼女がどう表現しているかは注目に値する。

『MERCY/マーシー AI裁判』は公開中
『MERCY/マーシー AI裁判』は公開中

物語は、AI裁判官であるマドックス判事が、どこまで人間を信用し、人間の感情に寄り添うかも重要なポイントとなるが、ここに本作の隠れたテーマを見つけることもできる。それは…AIがいつか完全に人間の心を持つ時が訪れるのか、ということ。そうなったら、AIはさらなる人類の脅威になるはずで、そんな未来を想像すると背筋が凍るかもしれない。

今後のAIとの関係に思いを馳せるタイムリーな映画であり、AIの情報処理のごとく、ものすごいノンストップ感で結末までのカウントダウンにのみ込まれるエンタメ作品。その両面が『MERCY/マーシー AI裁判』の魅力なのだ。

文/斉藤博昭

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