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「辰之助は憧れの名」尾上左近が語る襲名への覚悟

  • 2026.1.24
尾上左近さん。(右:『男女道成寺』白拍子桜子実は狂言師左近 ©松竹)

インタビュー前篇では、女方という芸の奥深さに直面し、偉大な先輩との共演を通して自らの現在地を見つめた経験を語ってくれた尾上左近さん。一昨年9月から休みなく舞台が続くなか、「新春浅草歌舞伎」上演中に20歳の誕生日を迎え、5月には三代目辰之助を襲名という節目を迎えます。多忙な日々から垣間見えたのは歌舞伎界の温かなふれあい。さまざまな支えを得ていま胸の内にある覚悟とこれから目指す芸のかたちを左近さんが語ります。


リアルな心情表現、陰のある役も好き

――『仮名手本忠臣蔵』の七段目で大星力弥を勤められたのは昨年3月、力弥は史実の大石主税に相当する人物です。お父様である尾上松緑さん企画による講談をもとにした新作『荒川十太夫』(2022年10月)で主税を演じていますね。

すっぽん(花道の舞台よりに位置するせり)から出て花道を引っ込むだけの1分くらいの出番でした。その短い時間でどういう人物なのかお客様にわかっていただかなければなりません。それにはバックボーンを知らないといけないと思い、四十七士のお墓のある泉岳寺にお参りに行ったり自分でいろいろ調べたりしました。そして舞台での何十秒というわずかな時間、主税はどんな思いだったのだろうと考えていきました。役の性根というものを深く考えるきっかけになった役です。

『仮名手本忠臣蔵』大星力弥 ©松竹
『荒川十太夫』大石主税 ©松竹

――忠臣蔵外伝、つまり忠臣蔵のスピンオフ作品で、とても人情味あふれる物語でした。好評を得て再演され、講談シリーズは『俵星玄蕃』、『無筆の出世』と続き、そのすべてに出演されていますね。

演出の西森英行さんは歌舞伎だけではなくいろいろな舞台を手がけられている方。リアルなお芝居もやってみたいという思いはずっとありましたので、その演出を受けられたのはものすごく勉強になりました。

――リアルなお芝居に興味を抱いたきっかけのようなものはありますか?

祖父(初代辰之助=三世松緑を追贈)の映像です。『暗闇の丑松』の丑松とか(『名月八幡祭』の)縮屋新助とか、陰のある役に憧れます。

尾上左近さん。

――昨年12月に坂東玉三郎さん演出で上演された『火の鳥』で、実はドキッとしたことがありました。左近さん演じるウミヒコが火の鳥に出会った後に花道を引っ込む場面で、突如、初代辰之助さんの姿が目に浮かんだんです。思いがけないことでした。

花道をよろけながら引っ込む演技というと、やはり自分のなかで深く印象に残っているのは祖父の丑松なんです。だからそれをちょっと意識してはいました。

――そうだったのですか。

『火の鳥』のウミヒコのように、あそこまで人物の気持ちをリアルに全面に出せる役というのは初めての経験でした。自分がお客様にどう見えていたのかはわかりませんけれども、玉三郎のおにいさんが求めてくださっている人物に少しでも近づけたらという思いでいっぱいでした。

『火の鳥』ウミヒコ ©松竹

パンク寸前に尾上右近がハグ

――第三部で『火の鳥』が上演された12月は、第一部で超歌舞伎Powered by IOWN『世界花結詞』、第二部では『丸橋忠弥』と各部すべてにご出演。新作や台本を一部改訂したものばかりでしたから、かなりハードだったのでは?

超歌舞伎Powered by IOWN『世界花結詞』初音姫実は白鷺の精霊 ⓒ松竹/超歌舞伎 Powered by IOWN『世界花結詞』

さらに「新春浅草歌舞伎」の準備や宣伝などもありましたので、頭がパンクしそうになったこともありました。『男女道成寺』の稽古があった日、稽古場を出たところで尾上右近のおにいさんにバッタリお会いしたんです。ご自分のお稽古があるのに僕の話を聞いてくださって、「実はちょっとしんどいんです」というようなことをつい言ったら「まあ、なんとかなるよ!」と、底抜けに明るいエールをいただきました。

――右近さんらしいですね。

最後にはハグしてくださって(笑)。その言葉を聞いてお尻に火がつきました。いつも超パッションで突っ走っている情熱家のおにいさんがそうおっしゃるんですから。

――大先輩の方々も通っていらしたことなのでしょうけれど、年齢の近い人の言葉だと臨場感があって背中を押される感じがしますよね。

はい。おにいさんに偶然、お会いした時点で背中を押されたような気がしました。

――その12月に至るまで2024年9月から休みなく毎月出演。古典に新作にと充実していましたね。

自分にとってやはり大きかったのは、尾上左近という名を多くの方に知っていただくきっかけとなった『刀剣乱舞』です。ゲームとかアニメがもとになっている新作というのは初めての経験で、演出もなさった(尾上)松也のおにいさんはストレートプレイやミュージカルもなさっている方。おにいさんに役を一からつくるということをそれこそ一から教えていただきました。

――「新春浅草歌舞伎」について歴代の出演者の皆さんは「浅草は前年の成果が問われる場」とよくおっしゃっていますが、実感としていかがでしょうか。

『梶原平三誉石切』では娘役の梢をさせていただき、『相生獅子』と『男女道成寺』は舞踊。学んで来たことを生かせる演目で自分の方向性が少しずつ見えて来たようにも思います。

『相生獅子』姫 ©松竹

憧れの初代辰之助と七代目菊五郎

――日本舞踊藤間流の家元でもあり、立役それも線の太い役柄などを代々が得意とされていらしたのが紀尾井町さん(尾上松緑家のこと)。曽祖父である二代目の松緑さんが1970年に創られた舞踊『鳥獣戯画』を歌舞伎座で初上演したのは昨年11月、お父様の松緑さんが猿僧正、左近さんが女狐役で出演されていたのが印象的でした。左近さんによって紀尾井町というお家に女方という新たな可能性が広がりましたね。

自分は歌舞伎が好きというより紀尾井町の家が好きというようなところがあります。女方に関しては、いただいたお役を通して女方を勉強させていただいたことでその難しさを知り、だからこそより一層学んでいきたいと思うようになりました。

『鳥獣戯画』女狐 ©松竹

――そもそも女方に興味をいだくようになったきっかけは?

子供の頃から白塗りの役が好きで、祖父の南郷力丸(初代辰之助=三世松緑を追贈)で弁天小僧をなさっている七代目菊五郎のおにいさんの映像に出会ったのが原点です。それから祖父の映像をいろいろ見るようになり祖父は自分にとって一番の憧れとなっていきました。その一方で、立役も女方もなさる菊五郎のおにいさんのような役者になりたいと思うようになったんです。

――5月にはいよいよ三代目辰之助襲名が控えています。襲名披露狂言は『寿曽我対面』の曽我五郎と『鬼一法眼三略巻 菊畑』の虎蔵。五郎は紀尾井町代々が演じて来た荒事の役であり、虎蔵は七代目さんも勤められた役。まさに目指すところへ近づいているのではないでしょうか。

ありがたいです。祖父が初めて名のり、父が若くして名のり命をかけて守ってくれたのが辰之助という名前です。辰之助代々が大事にして来た役は自分も勤めたいという思いは強いです。ですが、自分は祖父や父とは体格も柄も違います。憧れは抱きつつ、違う面もしっかりと認識して励んでいきたいと思っています。

【歌舞伎座】尾上左近改め 三代目尾上辰之助襲名披露 ティザー映像

――左近の名で舞台に立つのも残りわずか。改めて襲名への思いをお聞かせください。

自分にとっても家にとっても本当に大切で大好きな、憧れの名である辰之助を継がせていただくからには、生涯をかけて芸道に精進し、諸先輩方にお力添えをいただき同輩、後輩と手を取り合い、一生歌舞伎に打ち込んでいきたいと思います。

「三代目辰之助襲名披露会見」にて。左から尾上松緑、左近、尾上菊五郎

子役時代を経て左近さんが女方として歌舞伎座の舞台に立った最初は、2021年12月『信濃路紅葉鬼揃』という舞踊でした。坂東玉三郎さん演じる身分の高い女性に仕える侍女のひとりで実はその正体は鬼女。当時まだ高校生だった左近さんにとって鬼女の隈取はまったくの未体験。そこで鬼女のひとりを演じた中村橋之助さんのご自宅で、隈取の手ほどきを受けたそうです。それが「とても楽しかった」と話してくださった左近さん。それは七代目菊五郎さんがおっしゃった「歌舞伎はワンチーム」という言葉を、身をもって実感した出来事だったそうです。その橋之助さんも出演する「新春浅草歌舞伎」、公演は1月26日までです。

文=清水まり
撮影=深野未季(インタビュー)

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