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「ケイ、そんなに素敵な笑顔をしてくれるの?」 増田惠子、すい臓がんで亡くなった夫の言葉を胸に…「夫の分まで生きていかないと」

  • 2026.1.23
【写真・画像】「ケイ、そんなに素敵な笑顔をしてくれるの?」 増田惠子、すい臓がんで亡くなった夫の言葉を今も胸に…「夫の分まで生きていかないと」 1枚目
ABEMA TIMES

ピンク・レディーとしてデビュー50周年、ソロデビュー45周年を迎える増田惠子が、1月23日放送の『徹子の部屋』(テレビ朝日系列)に出演。2024年8月にすい臓がんのため70歳で亡くなった夫との最期の日々と、今も心に留めている言葉について語った。

【映像】「うわ、若い!」増田恵子(当時26歳、1984年)の姿

増田の夫は2024年の初め、モノが二重に見える「ダブルビジョン(複視)」の症状が出たため検査を受けたところ、橋本病が発覚。薬の投与で症状は落ち着いたものの、検査入院で膵臓がんが見つかった。

「いろいろな検査をしたら、すい臓癌がかなり進んでいると。4月に末期だと聞いて、本当にびっくりしてしまって」

ただただ驚く増田に対し、夫は冷静だったという。「ショックを受けたのは私だけで、夫はそういう素振りを一切見せなくて。眠れなかったり、怖くなったりする方がたくさんいると聞いていたんですけど、夫は爆睡していたし、受け入れることがすごく上手な人で」。

話し合いの末、抗がん剤治療は行わず、残された時間を大切に過ごすことを選択。「とにかく笑顔の絶えない、今までと変わらず丁寧に、そして凛として私も生きていきたいし、ずっと彼の笑顔を見ていたいなと思ったので。辛いというよりは、一日一日あんなに一生懸命、笑顔で楽しく暮らした日々はなかったですね」と振り返った。

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自宅療養中、忘れられないやりとりがあったそうだ。増田がキッチンで料理をしている時、ソファにいた夫からの問いかけに振り返って答えた際のことだ。

「『ケイ、そんなに素敵な笑顔をしてくれるの?』って言ってくれたんです。その表情がなんとも言えない、今まで見たことのないような優しい顔だったので」

夫は、がんになったことに対して「ごめんね」といったネガティブな言葉を一切口にしなかったという。その夫が見せた表情に、「こんなに素敵な言葉をかけてもらったなんて、この笑顔を一生大切に、私は夫の分まで生きていかないと」と心に誓ったという。

毎朝の日課として、ダイニングテーブルにある夫の遺影に、次のように話しかけているそうだ。

「今日の私も、褒めてくれた笑顔、健在ですか?」

そんな増田の心を救った一曲がある。中島みゆきの『慕情』だ。かつては、同じ病で亡くなった義姉を思い出し、涙が溢れて歌えなかったというこの曲。しかし、夫の死後、歌詞の意味が改めて心に響いたという。

「これは主人への最大のラブレターだ、というのに気がついて」

その後は涙をこらえて歌えるように。番組では、ステージで『慕情』を歌い上げる増田の映像も紹介された。(『徹子の部屋』より)

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