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山奥に巨大施設!? 高校卒業とともに家業を継いだ男性、シベリア抑留経験した父を追憶し涙 「農家には嫁がない」つもりから50年経た妻の言葉

  • 2026.1.21
【写真・画像】 1枚目
ABEMA TIMES

『ポツンと一軒家』(テレビ朝日系)が1月18日に放送され、茨城県の深い山奥で30年前に“巨大施設”を建てた男性と、家族への思いに溢れたライフストーリーが明らかになった。

【映像】山奥で忽然と姿を表す“巨大施設”

日本各地の人里離れた場所に、なぜだかポツンと存在する一軒家。そこには、どんな人物が、どんな理由で暮らしているのか!? 衛星写真だけを手がかりにその地へと赴き、地元の方々からの情報をもとに、一軒家の実態を徹底調査しながら、人里離れた場所にいる人物の人生にも迫っていく同番組。

今回発見したのは、茨城県のポツンと一軒家。山奥に切り拓かれた敷地いっぱいに建物が建っており、田んぼや畑は見当たらない。捜索隊が地元住民に聞き込みをすると、人が住む家ではなく「堆肥(たいひ)施設」であることが判明。さらに、持ち主は麓の集落で酪農を営む一家で、訪問すると「よく見つけてきたね」「なんぼでも案内するよ」と笑顔で応じてくれた。

男性(77)と妻(72)、長男(45)の案内で、捜索隊は山の上にあるその施設を目指した。この日はあいにくの雨で路面が濡れており、ガードレールもない急な上り坂が続く。車1台がやっと通れるような崖道を登りきると、深い森の中に、屋根が連なる巨大な工場のような建物が姿を現した。

【写真・画像】 2枚目
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この施設は、牛の排泄物を発酵させて堆肥を作るための「堆肥舎」だった。全長55mの施設の中には巨大な攪拌(かくはん)機があり、60度近い発酵熱の蒸気が上がる。

建設の経緯を聞くと、約30年前、国の補助事業を利用し、近隣の農家3軒で共同出資して建てたものだという。その後、他の2軒は廃業したため、現在は男性の一家だけが残った。男性は「(3軒での)負担金は2000万円。(総工費は)1億円近くかかってる」と明かす。

ここで作られた堆肥は、水分調整や発酵に約1年という長い時間をかけて完成する。大口農家へはトラックで納品し、残りは袋に詰めて小売りに。驚くのは価格設定で、20リットル入り1袋の販売価格はなんと「300円」。価格を変えずに数十年、地元の人々に提供し続けているという。

4人きょうだいの長男として生まれた男性。高校2年生の時、農業科の授業の一環で「自分のお小遣い」を使って子牛2頭を購入(当時1頭5000円)し、飼育を始めると、高校卒業とともに父親の農家を継承した。

男性の父はシベリア抑留の経験者で、過酷な環境で体が弱り、帰国後も大手術を受けるという壮絶な経験をしていた。男性は当時を振り返り、「早く楽にしてやりたいな、心配かけないようにしてやりたいなと思った。それで『酪農のほうは俺が中心でやるからいいよ』って」と、涙ながらに語る。

【写真・画像】 3枚目
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そんな働き者の男性を支え続けてきたのが妻だ。男性とはお見合いで出会ったが、当初は結婚する気がなかったという。「『私は農家に行きません』って断ってきたんですよ(笑)」と男性が笑うとおり、早くに父を亡くして農家で苦労する母を見てきた妻は、同じ農家への嫁入りを拒否していた。しかし、母親が男性の誠実な人柄を見込み、「しっかりした人だから」と背中を押したことで結婚を決意。

お見合いの半年後に結婚すると、女の子2人と男の子1人の3人の子宝に恵まれた。男性の高校卒業時に4頭だった乳牛は、結婚する時には12頭に。以来50年、酪農の道を歩んできた。

男性は新しいことにも挑戦してきた。母校の農業科が存続の危機に瀕した際は、当時まだ珍しかった「牛の受精卵移植」の研究に協力。ホルスタインに黒毛和牛の受精卵を移植して出産させるという技術を成功させ、母校の存続に貢献するとともに、一家の経営も安定させた。そして男性も17年前、経営権を長男に譲っている。

この50年という時間はどういうものだったのか。捜索隊が尋ねると、男性は「(妻は)よくついてきてくれたと思います。自分で向いた方に突っ走るけど、後ろを向くと必ずついてきてくれる。それだけで安心しました」と感謝を口にする。それを受けて妻も、「正解だったんじゃないですか」と笑顔を見せた。

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