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ナポレオンの大陸封鎖が生んだ深刻なコーヒー不足。コーヒーを諦めきれなかった人々の選択とは/コーヒーでめぐる世界史⑥

  • 2026.1.20

『コーヒーでめぐる世界史』(増田ユリヤ/ポプラ社)第6回【全7回】

『コーヒーでめぐる世界史』を第1回から読む

コーヒーの進化は、実は戦争の歴史とも深く結びついていた――。元々はイスラム世界の秘薬だったコーヒーは、オスマン帝国の侵攻によってヨーロッパにもたらされ、社交の場「カフェ」を生んだ。美味しいコーヒーを淹れられることが出世につながった時代もあり、さらには、フランス革命はカフェから始まったという説まで。歴史の転換点をたどると、そこには必ずコーヒーの香りが漂っている。身近なコーヒーをきっかけに、歴史上のさまざまな出来事が一本の線として立ち上がる! 入門書にも、学びなおしにもぴったりな一冊『コーヒーでめぐる世界史』をお楽しみください!

『コーヒーでめぐる世界史』 (増田ユリヤ/ポプラ社)
『コーヒーでめぐる世界史』 (増田ユリヤ/ポプラ社)

ナポレオンの大陸封鎖とコーヒー

ドイツで代用コーヒーが発達したもうひとつの理由が、19世紀初頭のナポレオンによる大陸封鎖令です。皇帝ナポレオン1世として即位したナポレオン・ボナパルトは、ヨーロッパの主要国を屈服させ、その過程で神聖ローマ帝国(ドイツ)も解体しました。ベルリンに入ったナポレオンは、ヨーロッパ諸国に対してイギリスとの貿易を禁じる勅令を出しました。大陸封鎖令です。トラファルガーの海戦でイギリスに敗れたナポレオンは、経済の面からイギリスを攻めようと考えたのですね。イギリスからコーヒーを輸入していたドイツでは、コーヒーが手に入らなくなったため、やむをえず代用コーヒーを飲むようになりました。本物のコーヒーが飲めないことがドイツの人々にとっていかにつらいことだったのか。ドイツの経済学者のマルクスは、このような一節を書き残しています。

引用----

ナポレオンの大陸封鎖によって生じた砂糖とコーヒーの欠乏はドイツ人を対ナポレオン蜂起に駆り立て、このようにして1813年の輝かしい解放戦争の現実的土台となったことで、砂糖とコーヒーは19世紀においてその世界史的意義を示したのである

『ドイツ・イデオロギー』マルクス/エンゲルス著/廣松渉/編訳 小林昌人補訳(岩波文庫)

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ロシアが大陸封鎖令を破ってイギリスとの貿易を再開したことに対して、ナポレオンがロシアに軍事遠征をおこない、寒さと飢えで失敗したことは多くの人が知るところですが、この失敗がきっかけとなってヨーロッパ諸国はナポレオン体制を崩壊させるに至ったのです。コーヒーの恨み、おそるべし、ですね。

第一次世界大戦はコーヒー大消費国ドイツを直撃

第一次世界大戦(1914〜18年)は、史上初の世界規模の戦争であり、前線での戦闘だけで勝敗が決まるのではなく、一般社会(銃後)の人々も動員されるという「総力戦」でした。総力戦は、ドイツの軍人ルーデンドルフが打ち出した言葉で、第一次世界大戦で初めて使われました。ルーデンドルフは、将軍ヒンデンブルクとともに(現ポーランド北東部)タンネンブルクの戦いでロシア軍に勝利し、軍事独裁を行った人物です。企業の生産活動を管理し、国民生活に配給制を導入するなど、持てる力をすべて戦争に注ぐ体制をとりました。この経験が、のちの社会主義や計画経済のもととなりました。これに対して、ドイツと対峙したイギリスやフランスは、挙国一致体制で戦争に臨んだのです。

第一次世界大戦の特徴といえば、長期化、総力戦のほかに、戦車・飛行機・毒ガスなど新兵器の投入があげられます。(第二次)産業革命によって誕生した技術が、殺りく兵器に実用化され、多くの犠牲者を出すに至りました。

戦争の真っ只中にある国は、「欲しがりません、勝つまでは」「ぜいたくは敵だ」という第二次世界大戦中の日本の標語に象徴されるような生活を強いられます。たとえ劣勢であっても、自国が勝利することだけを信じて戦争に注力する。かつての日本も経験したことです。

第一次世界大戦が始まった20世紀初頭、国際社会はグローバル化が始まっていました。その象徴ともいえるのが「コーヒー」でした。コーヒーは赤道を中心としたコーヒーベルトと呼ばれる地帯でしか生産できない「輸入品」です。戦争は物流を寸断させてしまいますから、まさにコーヒーにとっては命取り。大戦前夜の1913年時点でヨーロッパ最大のコーヒー消費国であったドイツでは、兵士の士気を高め、持続させるためにもコーヒーの確保は欠かせない課題でした。国防大臣のもとに設置された戦時原材料局の指揮で輸入港ハンブルクのコーヒー倉庫に大量の備蓄を行いました。しかし、短期決戦で終わると見込んでいた戦争が長期化し、備蓄も底をつく状態に。それが代用コーヒーの発達に一役買ったのも事実ですが、本物のコーヒーに勝るものなし。頼みの綱であった中立国オランダからの輸入もイギリスの妨害によって途絶えることになり、窮地に追い込まれたのです。

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