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精子の品質検査を乗っ取り「ライバル精子だけ不良認定させる」仕組みを解明

  • 2026.1.19
Credit:Canva

アメリカのユタ大学(ユタ大学・University of Utah)で行われた研究によって、精子づくりの途中にある「品質検査システム」が、自分だけ子孫に多く残ろうとする“自己中な染色体”にハッキングされていることがわかってきました。

もともとこの検査システムは、DNAの詰め込みに失敗した精子などの「不良品」をはじく、安全装置のような仕組みだと考えられていますが、自己中な染色体はその仕組みを悪用し、自分が乗っていない精子だけを不合格にし、ほとんど自分だけが次の世代に受け継がれるようにしていました。

工場の検品係に賄賂を渡して、ライバルとなる製品を、次々と不良品として廃棄しているような状況です。

研究内容の詳細は2026年1月10日に『Nature Communications』にて発表されました。

目次

  • そもそも「精子の品質チェック」って何?
  • 精子工場の「検査官」遺伝子が、自己中染色体に乗っ取られていた

そもそも「精子の品質チェック」って何?

そもそも「精子の品質チェック」って何?
そもそも「精子の品質チェック」って何? / Credit:川勝康弘

私たちの体の中では、いろいろな場所で「品質チェック」が行われています。

傷んだ細胞は捨てられますし、コピーに失敗したDNAは修理されます。

オスの体の中で作られている精子も例外ではなく、「次の世代に渡してよいかどうか」をふるいにかけられているのではないか、と昔から考えられてきました。

精子は、一つの大きな細胞が何度も分裂して生まれた「もと」の細胞から、尾を伸ばし、核の中のDNAをぎゅうぎゅうに押し込めていく、という長い工程をたどります。

このどこかで失敗すると、見た目は精子でも中身はボロボロ、という危険な「不良品」ができてしまいます。

ショウジョウバエでは、精子形成のいちばん終わりにある精子が1本ずつに分かれる段階において、多くの精子が途中で脱落することが知られていました。

また脱落した精子を調べると、DNAの詰め込みに失敗した精子だけが選んで落とされているらしいという証拠も詰み上がってきました。

しかしいったいどんな仕組みが精子の検品を行っているかは長い間謎のままでした。

一方で、自然界には「ライバルを許さない」「競争を許さない」という過激で自己中心的な遺伝子が存在することが知られています。

私たちはふつう、「遺伝子は親から子へ、公平に半分ずつ伝わる」と習いますが、このタイプの遺伝子が存在すると、自分と同じ遺伝子を持っていない精子たちを競争が行われる前に(発射される前に)大量に殺してしまう現象が知られていました。

例えば、ある雑種ハエのオスはほとんど娘しかもうけないことが知られており、これはX染色体上の“利己的遺伝子”がライバルになるオスになる精子(Y染色体を持つ精子)だけを選んで死滅させるためだと考えられています。

(※XXでメス、XYでオスになりますが、XにとってはYがいないほうが自分の数を増やせます。そこでYを持つ精子を全て殺してしまうのです。)

またSegregation Distorter(SD:利己的な染色体の仕組み)と呼ばれる自己中心的な第2染色体は、特定の標的部位を持つ精子だけを狙って壊すことで、ほぼ自分と同じ遺伝子を持つ精子だけが製造されるようにしてしまいます。

しかし精子そのものにライバルを捕食したり破壊する能力は存在しません。

そのため研究者たちは「こうしたズルをする遺伝子たちは、オスの精子を検品する機能をハッキングしているのでは?」と考え確かめることにしました。

精子工場の「検査官」遺伝子が、自己中染色体に乗っ取られていた

精子工場の「検査官」遺伝子が、自己中染色体に乗っ取られていた
精子工場の「検査官」遺伝子が、自己中染色体に乗っ取られていた / Credit:Canva

精子の検品システムがズルい遺伝子にハッキングされているのか?

謎を解明するため研究者たちはOvd という遺伝子に注目しました。

これまでの研究でOvd は「遺伝子のズル」に必要であると報告されていたものの、実際に何をしているかわかりませんでした。

そこでまず研究者たちはOvdが壊されたときに何が起こるかを調べてみました。

すると、さきほどの「ほとんどメスしか生まれない」偏った現象が停止されることが確認されました。

このオスの体内ではX染色体がライバルであるY染色体を持つ精子が排除してしまうために子供はメスしかうまれませんが、Ovdが壊されると、ちゃんとオスも生まれるようになったのです。

また、利己的な染色体の仕組み(SD)を第2染色体に持つショウジョウバエでは、Ovdを欠いたオスは子孫の数自体も増加し、無傷のOvdを持つオスに比べて多くの子どもを残せるようになりました。

さらに顕微鏡で精子の発達過程を詳しく調べると、その違いは一目瞭然でした。

Ovd遺伝子があるSDシステムを持つオス(利己的遺伝子を持つ)の場合、発達中の精子のうち半数ほどの核が細長く凝縮できずに崩れてしまいます。

いわば途中で「不合格」とされ処分される精子が大量に出るのです。

一方、Ovdを欠損させたオスではほとんどの精子の核が細長く伸びて成熟していました。

本来なら不良品として破棄されていた精子が、Ovdを取り除くことで見事に救われ子孫増加につながったわけです。

ただこれらの精子の中にはDNAの詰め込みが不十分な「異常な核」も多く含まれたままでした。

Ovdが削除されたことで、本当に排除しなければならない異常な精子も増えていたわけです。

この結果はOvd遺伝子こそが、精子の品質を見極める検査官を担うとともに、ズルをする遺伝子たちは何らかの方法でOvdを利用し、自分のライバル精子たちをオスの体内にいる段階で排除している可能性を示しています。

この状態を例えるならば、まずオスの体が会社で、様々な種類の製品(精子)が様々な企画部で作られている状況だとします。

しかしズルい企画部(ズルい遺伝子)は検品を行う検査官に賄賂を贈り、他の企画部が作った製品(精子)を全て不良品として破棄させていたわけです。

会社(オス)にとっては、優秀な精子を他の企画部がいくら作っても、検査官が買収されているため、ズルい企画部(ズルい遺伝子)の製品しか出荷(射精)できない状態と言えます。

オスにとってはいい迷惑と言えるでしょう。

論文でも研究者たちは「Ovdを介した生殖系列のチェックポイントは本来、異常な配偶子(精子)を淘汰する機能を果たしているが、それが利己的な染色体によって競合する精子を排除するために利用されている」と述べています。

精子は競争の勝者が受精を勝ち取る仕組みを採用していますが、競争は前向きな進化だけでなくオス自身にとっては不利益にもなるズルすらも生み出していたようです。

もし将来、人間など他の生物種でも似たような品質検査のハッキングが起きているかを調べることができれば、ズルい進化の理解も進むでしょう。

元論文

Selfish chromosomes exploit a germline checkpoint to eliminate competing gametes
https://doi.org/10.1038/s41467-025-68254-7

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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