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王族貴族が独占したコーヒー事業。人々のコーヒーへの憧れが、さまざまな代用コーヒーを生み出した/コーヒーでめぐる世界史⑤

  • 2026.1.19

『コーヒーでめぐる世界史』(増田ユリヤ/ポプラ社)第5回【全7回】

『コーヒーでめぐる世界史』を第1回から読む

コーヒーの進化は、実は戦争の歴史とも深く結びついていた――。元々はイスラム世界の秘薬だったコーヒーは、オスマン帝国の侵攻によってヨーロッパにもたらされ、社交の場「カフェ」を生んだ。美味しいコーヒーを淹れられることが出世につながった時代もあり、さらには、フランス革命はカフェから始まったという説まで。歴史の転換点をたどると、そこには必ずコーヒーの香りが漂っている。身近なコーヒーをきっかけに、歴史上のさまざまな出来事が一本の線として立ち上がる! 入門書にも、学びなおしにもぴったりな一冊『コーヒーでめぐる世界史』をお楽しみください!

『コーヒーでめぐる世界史』 (増田ユリヤ/ポプラ社)
『コーヒーでめぐる世界史』 (増田ユリヤ/ポプラ社)

「煎りコーヒーの販売に関する国王宣言」で国王の独占事業に

そこでさらに大王は、コーヒーを王家の独占事業とし、王家の施設以外ではコーヒーの焙煎を禁止する宣言を出しました。当時、コーヒーは政府から購入するルートしかなく、コーヒーの生豆を焙煎するには政府に申請して許可をもらわなければならなかったのです。焙煎の許可申請は貴族と聖職者と政府の役人に限られ、平民は完全に締め出されてしまった格好です。コーヒーの焙煎許可をもっていることは上流階級のステイタスにもなりました。

それでも、コーヒーを飲みたい(!)という一般の人たちはどうしたのか。もちろん、密売者から手に入れるという方法もなくはなかったですが、様々な植物をコーヒーに見立てて飲むという代用コーヒーを作りはじめました。苦味のある野菜のチコリの根を使ったコーヒーをはじめ、大麦、小麦やトウモロコシ、乾燥イチジクなどが代用品として使われるようになりました。涙ぐましい努力ですよね。ドイツのコーヒーといえば、こうした代用コーヒーをさすようになったほどです。

大王によるコーヒーの布告は「煎りコーヒーの販売に関する国王宣言」と呼ばれました。政府からしか買うことができないコーヒーの価格はとてつもなく上昇し、大王は莫大な収入を得たといいます。

もちろん、密売者がいたほどですから、違反をする人はあとを絶たず。違反者を見つけるために大量の担当者(代理官)が動員されました。代理官には復員した傷痍軍人が雇われることが多く、昼夜問わず人々を監視しました。コーヒーを煎っている匂いがすれば、場所を特定して焙煎許可をもっているかどうかを調べて罰金を科す。もし、密告する者がいた場合には、罰金の4分の1が密告者に与えられたといいます。当然、代理官は嫌われ者となり「コーヒーの匂い嗅ぎ」と人々に揶揄される存在となりました。

コーヒーの消費を制限するために国王宣言まで出したドイツでしたが、それでも国民のコーヒー熱は冷めやらず。幾多の苦難を乗り越えて徐々に市民権を得て、18世紀後半には一般家庭でも朝食のときにコーヒーが飲まれるようになっていったのです。

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