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何度でも戻ってしまう街、福岡。暮らした場所を旅するということ

  • 2026.1.18

別に用事があるわけでもないのに、なぜか何度も戻ってしまう街はないだろうか。

私にとって、それは福岡だ。

私は2016年から2020年まで、福岡で暮らしていた。今は東京に住んでいるが、離れてからも年に一度は必ず足を運んでいる。

街並みなのか、人なのか、空気なのか。それとも、かつての自分を、まだこの街に置いてきたままだからなのか。

もう5年が経ったというのに、いつまでたっても理由はわからないまま。ただ気づけば、また飛行機に乗って向かっている。

ひとついえるのは、福岡が私にとって「始まり」でもあり、同じ瞬間はもう二度と戻らないと知りながらも、それでも何度も訪れてしまう街だということだ。

第1章:博多区編

飛行機のなかで、もう福岡が始まっていた

早朝の羽田空港

2025年某日。私は東京から福岡へ向かうために、羽田空港にいた。

搭乗時刻ギリギリに飛行機に乗り込んだが、遅刻者が出たらしく、出発は20分遅れ。そのときに、ふと思った——もう福岡は始まっている、と。

出張帰りらしい隣のサラリーマンが、疲れているのか右に左に揺れ、今にもこちらに倒れ込んできそうで落ち着かない。それでも構わなかった。ここから先は、もう福岡なのだから。

離陸してからおよそ2時間。安心して眠ってしまったせいで、目を開けるとコンタクトレンズは渇ききっていた。小窓の外には、すでに福岡の街が広がっている。飛行機は、そのまま街のなかに降りていくようだった。

博多駅|人と熱気が集まる街

博多駅前

「福岡へようこそ」の看板を目にした瞬間、故郷に帰ってきたのだと感じ、張りつめていた緊張が一気にほどけた。

——あぁ、やっぱり私は、この街に戻ってきてしまう。

空港から地下鉄でたった2駅。博多駅に降り立つと、人々の雑踏から空気感が変わるのを感じた。

九州中から集まってきた若者たちの笑顔。スーツケースを引く旅行者、アジアからの観光客。出張で、少し浮き足立ったサラリーマン。この街には、さまざまな思惑が集まってくる。

都会を夢見て、田舎から集まってくる女の子。かつての私だ。仕事も、恋愛も、期待も、不安も。ぜんぶ抱えたまま、この街にやってくる。東京よりも、ずっとわかりやすく雑多だ。

せっかく福岡に来たのだ。まずは食欲を満たしたい。もつ鍋、焼き鳥、餃子……。選択肢はいくらでもある。私が最初に選んだのはラーメンだった。ビールとともに、細麺をすすり、舌鼓を打つ。魚介豚骨の塩気が疲れた体に染み込んだ。

福岡名物・豚骨ラーメン

中洲川端|屋台に残る、2016年の夜

暗闇を灯す屋台の光

2016年。人生が、今よりずっと身軽だったあの頃。私はこの街で、遅れてきた青春を爆発させた。

立ち飲み屋で、たまたま隣にいる人と「どこから来たと?」なんて会話が自然と始まる。お互い名前も知らないまま、ビールから日本酒へ。ただただお酒を酌み交わす。

酔い覚ましも兼ねて、博多にある自宅までひとりで歩いて帰ったこともあった。ときには朝焼けが綺麗に見える日も。

川沿いに並ぶ中洲の屋台は、今も変わらずそこにあった。初めて屋台に連れて行ってくれた年の離れた友人。コミュニティのゲストとして来ていたお兄さん。3人でビール片手に、夢や希望を語り合ったあの夜を今でもはっきり覚えている。

福岡の街中を歩くたび、あの日々の記憶が、次々に蘇る。と同時に、胸の奥に、小さな引っかかりのような「しこり」が残っていることに気づく。

あれから10年。ときは流れ、私も、周りも変わった。それなのに、自分だけが変わらず、取り残されたような気持ちになる。あの頃の新鮮な情熱やときめき、そして同じ時間は戻らないとわかっていながら、それでもなぜまた求めてしまうのだろうか。

第2章:中央区編

「ただいま」といえる場所、ゲストハウスJikka

ゲストハウスJikka

福岡に帰ると、必ず泊まる場所がある。「福岡ゲストハウス Jikka」だ。

閑静な住宅街にある3階建ての一軒家は、一見するとゲストハウスだとわからない。だが、博多と天神のちょうど中間あたりに位置し、利便性も高い。そのため、世界中から旅人が集まってくる。

私が福岡に来たばかりの頃に知り合ったオーナーとは、もう10年の付き合いだ。

玄関を開けると、母親のように「おかえり」と声をかけてくれる。本当に実家に帰ってきたような気持ちになるため、その名の通り”実家”なのだ。

ここには大都会にはない人と人の距離の近さがある。それが、福岡という街の魅力のひとつなのかもしれない。

私にとって、かつて生活していた街だ。この街は、いつの間にか、体内を流れる血液のように、私の一部になっている。

ゲストハウスは出会いの場

天神|遅れてきた青春の中心地

雨の日の天神

次は、もう福岡のもうひとつの顔、天神へ向かう。中洲からも徒歩で移動が可能だ。

天神の街はいつもきらきらしていて、ここに来れば何かが始まる気がしていた。

私は大学まで田舎で過ごしている。学生時代、わざわざ熊本や長崎からバスに乗って天神まで出てきた。今は再開発で姿を消した天神コアやビブレ。記憶のなかではまだ鮮明に残っている。

だからこそ、福岡に住んでいた時間は「遅れてきた青春」そのものだった。今、その天神は福岡ビッグバンの名のもとに生まれ変わりつつある。間違いなく前に進んでいる街だ。どんどん形を変えて進化している。

じゃあ、私は福岡に、いったい何を求めているんだろう。

10年前は、田舎にはない都会の洗練された空気感を。そして今は東京にはない、懐かしさや温かさ。そしてどこか完全には垢抜けきらない雰囲気なのか。あるいは、かつての遅れてきた青春なのか。その答えはまだわからないままだ。

大濠公園|あの春の熱狂

大濠公園の桜並木

3月。大濠公園の桜が、いっせいに咲き始める季節。

都心にありながら、どこからか山の風が吹き抜け、水辺を囲む柳や、まわりの桜の木が揺れる。

夜になると、ライトアップが始まる。城のお堀に落ちる影とその光が重なり、それはそれは幻想的でロマンチックな雰囲気だ。

2016年。花粉症で涙と鼻水が止まらないなか歩いた桜並木。屋台から漂う、たこ焼きやとうもろこしの匂いも思い出す。

私は以前、福岡でサルサダンスを習っていた。先生や同じ生徒たちと一緒に、ひらひらと風に舞う桜の花びらのなかでくるくると踊る。

2026年。今は東京にいて、春になると目黒川の桜を見に行く。それはそれで美しい。けれど、コンクリートに囲まれた都会の桜は、福岡で感じたあの熱狂に比べると、上品すぎて、どこかもの足りなく感じてしまうのだ。

第3章:帰路編

再び博多駅へ|現実に戻る準備を

にぎわう博多駅前

博多駅に戻る。動く広告、見慣れたブランドの光。そろそろ、夢から覚める時間だ。

飛行機の時間まであと1時間半ほどある。博多駅から福岡空港まで、地下鉄でたった10分。私はお土産に日本酒を選びたくて、博多駅にあるいつもの酒屋へ向かった。

そして、福岡の日本酒を注文し、口に運んだ。泣き上戸でもないのに、気づけば目には涙がたまっていく。スマホの画面に映る文字は、涙で滲んで二重に見えた。

博多弁は、もう考えないと出てこない。たった5年。それだけの時間で、私は東京に染まっていた。

酒屋を出て歩きながら、すれ違う人たちとふと目が合う。本心を隠し切れない人、最初から隠そうとしない人も。そんな人々を横目に、私は少しだけ笑ってしまった。そこに、かつての自分の姿を重ねたからだ。

名残惜しさで視界は見えづらいが、私はまた飛行機に乗る。手にもったスーツケースの重さだけは、やけに現実的だった。

さよなら、福岡。また、いつかね。

福岡の日本酒を堪能

帰りの飛行機のなかで

私はひとり、飛行機のなか。東京行きは満席で、いつものように窮屈だ。

滑走路を離れた機体がぐっと高度を上げていく。その瞬間、急激な眠気が襲ってきて気絶しそうになりながらも、私は今回の旅を振り返っていた。

窓の外を見ると、さっきまで近くにあった街が、どんどん小さくなっていく。

ついさっきまで、私も街の一部として、たしかに存在していたはずなのに、それらはもう、思い出に変わっていく。

だからこそ私は「また来るけんね」と呟かずにはいられなかった。

夕暮れ時の中洲

何度でも、福岡へ

この街は不思議だ。何度も、何度も引き寄せられてしまう。

何か大きな目的があるわけでもないのに、気づけば、また戻ってきてしまう街がある。私にとって福岡は、そんな場所だ。

ここに来るたびに思い知らされる。私はもう、あの頃の自分には戻れない。そして同時に、この街も、あの頃のままではないのだと。

それでも——そのはずなのに、なぜだろう。惹かれずにはいられない。ここで笑って、泣いて。もう戻れない時間を、たしかに生きていた。

住む場所が変わり、東京に染まっていった私。それでもこの街に足を踏み入れると、置き忘れてきた記憶や感情が、ふっと目を覚ます。

理由なんてものは、なくてもいいのだ。帰りたいと思ってしまう。それだけで十分じゃないか。

別に用事はないのに、なぜか戻ってしまう街があるなら。それはきっと、私にとっての「原点のひとつ」なのだと思う。

All photos by Risa Yamada

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