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「親と一緒は想像以上に重要」母親から引き離した仔馬は脳の配線が悪化すると判明

  • 2026.1.17
Credit:canva

子育てや教育、あるいはペットの飼育において、「いつ子供を親から自立させるべきか」というテーマは、常に議論の的となってきました。

「早く親離れさせた方が精神的に強く育つ」という通説がある一方で、「十分な期間、親に甘えさせた方が、後に自立の基盤になる」という意見もあります。

しかし、親との関わりの長さが、実際に子供の脳の発達にどのような物理的影響を与えるのかについては、これまで十分に解明されていませんでした。

そこでフランスの国立農業食品環境研究所(INRAE)と、フランス国立科学研究センター(CNRS)、トゥール大学(Université de Tours)の研究チームは大型哺乳類である「馬」を用いて神経科学的な調査を行いました。

一般的に、人間が管理する飼育環境下の馬は、生後6ヶ月ほどで母親から引き離されます(早期離乳)。これは経済的な効率や慣習に基づくものですが、自然環境における馬は、本来であれば1年以上も母親と共に過ごします。

研究チームは、こうした母親と過ごす期間の差異が、仔馬の脳構造や生理機能の発達に何か影響を残すのかを、独自に開発した馬用のMRI(磁気共鳴断層撮影)技術を用いて比較しました。

その結果、母親から早く引き離すと、実際仔馬の脳にはMRIで特定可能な物理的な構造変化が起きているという事実がわかったのです。

本研究の詳細は、2026年1月13日付けで科学雑誌『Nature Communications』に掲載されています。

目次

  • 早く母親から引き離された仔馬は「脳の回路」に影響が出る
  • 食べていないのに育つ?「安心感」が生み出す驚きの身体メカニズム

早く母親から引き離された仔馬は「脳の回路」に影響が出る

これまで、動物の離乳時期が成長に与える影響については、主に行動観察や血液検査といった手法で調べられてきました。

しかし、このフランスの研究チームは、より直接的な証拠を求めて、生きている馬の脳内部を可視化するという困難な課題に挑みました。

研究チームは、生後6ヶ月で母親から引き離された「早期離乳グループ」と、その後も母親と一緒に過ごした「母子同居グループ」の2つのグループを比較しました。

彼らが独自に開発した馬用のMRI(磁気共鳴断層撮影)技術を用いて脳をスキャンした結果、両者の脳構造には驚くべき物理的な違いが生じていることが判明したのです。

一体、母親の存在は脳のどの部分を変えてしまったのでしょうか?

最も大きな違いが見つかったのは、「デフォルト・モード・ネットワーク(Default Mode Network: DMN)」と呼ばれる神経回路のつながりでした。

DMNとは、人間においては「意識的な作業をしていない、ぼんやりとしている時」に活発になる脳活動のことを指します。

一見すると「休んでいるだけ」のように聞こえますが、実はこのDMNは、過去の記憶を整理したり、自分と他者の関係といった社会的な情報をシミュレーションしたりするために極めて重要な役割を果たしています。

分析の結果、母親と長く過ごした仔馬たちは、早期に離乳した仔馬たちに比べて、このDMNに関わる領域の結合がより強固に発達していることがわかりました。

つまり、母親のそばにいることで、脳内では「社会的な情報を処理する基礎回路」がしっかりと配線されていたのです。

さらに、変化はそれだけではありませんでした。

感情の制御に深く関わる「扁桃体(Amygdala)」や、自律神経や代謝を司る「視床下部(Hypothalamus)」といった部位の発達にも、明確な差が確認されました。

母親と一緒にいたグループでは、これらの部位と、情動をコントロールする「前帯状皮質(Anterior Cingulate Cortex: ACC)」との連携がよりスムーズになっていました。

これは、母親という安心できる存在がそばにいることが、単なる気休めではなく、ストレスや感情を適切に処理するための脳のハードウェアそのものを構築している可能性を示唆しています。

食べていないのに育つ?「安心感」が生み出す驚きの身体メカニズム

脳の構造が変わるということは、実際の行動や体の状態にはどのような変化をもたらすのでしょうか?

「早く親元を離した方が自立心が育ち、たくましくなる」というイメージを持つ人は少なくありません。

しかし、母親の有無以外はまったく同じ環境で育てられた仔馬たちは、直感とは異なる事実を示しました。

実際には、母親といた仔馬たちの方が、体重の増加量が有意に高いという結果が示されたのです。

さらに、血液検査では、ストレスホルモンである「コルチゾール(Cortisol)」の値が低く抑えられていました。

また、成長に必要な脂質である「コレステロール(Cholesterol)」や「中性脂肪(Triglyceride)」の値が高く維持されていました。

コレステロールは健康診断などでは悪者扱いされがちですが、成長期においては脳の神経細胞の膜を作るための必須材料であり、これが高いことは脳の発達にとって有利な条件と考えられます。

また興味深いことに母親と一緒にいた仔馬たちは、早期離乳の仔馬たちに比べて、食事に費やす時間が短かったのです。

普通に考えれば、食べる時間が短ければ栄養摂取量も減り、体は小さくなるように思えます。

なぜ、母親がそばにいた仔馬は食事時間が減ったのでしょうか? そしてそれにもかかわらず、体も脳も立派に育ったのでしょうか?

研究チームは、この謎についていくつかの可能性を挙げています。

一つは、わずかながらも続いていた「授乳」の影響です。

母乳に含まれる高い栄養価が成長を後押しした可能性があります。ただ、母親といた仔馬の授乳時間は活動全体のわずか2.5%ほどで、この影響が際立って大きかったわけではないと考えられます。

そのため研究チームは、脳と心の変化も大きく関わっていると推測しています。

まず、食欲や代謝をコントロールする脳の司令塔である「視床下部」の構造そのものが変化しており、より効率的に栄養を吸収できる体質になっていた可能性が示されました。

さらに興味深いのが、「社会的緩衝(Social Buffering)」と呼ばれる効果です。

母親と引き離された仔馬は、不安や孤独に対処するために、見えないところで過剰なエネルギーを浪費していた可能性があります。

一方で、母親と一緒にいた仔馬は、安心感によって無駄なストレス反応を抑えることができ、浮いたエネルギーを成長や脳の発達へと効率よく回すことができたと考えられます。

つまり、母乳という「栄養」、視床下部という「代謝システム」、そして安心感による「省エネ」という3つの要素が組み合わさることで、仔馬たちは効率よく育っていた可能性があるのです。

研究チームは、こうした一連の発達を「アロスタシス(Allostasis)」という概念で説明しています。

アロスタシスとは、身体の状態を一定に保つだけでなく、未来の環境変化を予測して事前に調整を行う脳の高度な機能のことです。

母親との豊かな社会的相互作用を通じて、仔馬の脳は「世界は予測可能で安全である」というモデルを学習します。

その結果、過度な警戒にエネルギーを使わず、探索や成長といった将来への投資にリソースを振り向けることができるようになるのです。

今回の研究は、馬という動物モデルを通じ、「親子の絆」が単なる情緒的なものではなく、脳と体を効率的に成長させるための生物学的な生存戦略である可能性を浮き彫りにしました。

一見すると甘やかしに見える期間が、実は、自立した強靭な個体を作り上げるために必要なプロセスだったのかもしれないのです。

この研究は海外のユーザーの間でも、産休制度の重要性(米国には法的な有給産休制度がないため)や、競走馬などの育成における「早期離乳」の是非が話題となっています。

人間適用できる話なのか、という点はまだ不明ですが、親子の絆が及ぼす影響について考えさせられる興味深い研究なのは確かでしょう。

元論文

Affiliative behaviours regulate allostasis development and shape biobehavioural trajectories in horses
https://doi.org/10.1038/s41467-025-66729-1

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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