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「こんなに気楽でいいの?」初めて家を出た少女は“自由”を知った! それでもまた家に戻った理由とは?【作者に聞く】

  • 2026.1.17
工場の寮で自由を味わえたキヨだが、義理姉から届く手紙からは苦労が垣間見え、心を痛めていた。 (C)ゆっぺ/KADOKAWA
工場の寮で自由を味わえたキヨだが、義理姉から届く手紙からは苦労が垣間見え、心を痛めていた。 (C)ゆっぺ/KADOKAWA

Instagramやライブドアブログ「ゆっぺのゆる漫画ブログ」で実話エッセイ漫画を描く、漫画家のゆっぺさん。2021年にはブログが月間3000万PVを記録し、「ライブドアブログ OF THE YEAR2021」最優秀グランプリを受賞した。代表作「親に捨てられた私が日本一幸せなおばあちゃんになった話」では、戦前から生きる祖母・キヨさんの人生をもとに、幼少期からの過酷な体験が描かれている。コメント欄を解放した最終話には、500件を超える応援の声が寄せられ、大きな反響を呼んだ。

本作は、著者であるゆっぺさんと、現在92歳になる主人公キヨさんの証言をもとに構成されている。今回は、高等小学校1年を終えたあとに工場へ就職し、初めて養母の家を出た当時の出来事を、キヨさん自身の言葉とともに振り返る。

初めての寮生活「こんなに気楽でいいの?」

『親に捨てられた私が日本一幸せなおばあちゃんになった話』7-1 (C)ゆっぺ/KADOKAWA
『親に捨てられた私が日本一幸せなおばあちゃんになった話』7-1 (C)ゆっぺ/KADOKAWA
『親に捨てられた私が日本一幸せなおばあちゃんになった話』7-2 (C)ゆっぺ/KADOKAWA
『親に捨てられた私が日本一幸せなおばあちゃんになった話』7-2 (C)ゆっぺ/KADOKAWA
『親に捨てられた私が日本一幸せなおばあちゃんになった話』7-3 (C)ゆっぺ/KADOKAWA
『親に捨てられた私が日本一幸せなおばあちゃんになった話』7-3 (C)ゆっぺ/KADOKAWA

家にいることに限界を感じ、キヨさんは工場への就職を決意した。8月の農繁期だったにもかかわらず、戻るつもりはなかったという。「今思えば、よく出してくれたなと思います」。当時は農作業の中心を担っており、8月は大根をはじめとする野菜の種まきで最も忙しい時期だったからだ。

工場勤めと寮生活は、これまでの暮らしとはまるで別世界だった。「工場の生活は、とっても気楽でした」。働く時間が決まっていて、それ以外は自由。業務時間外に遊んでいても、誰にも咎められない。朝食こそ自分で用意したが、昼も夜も食事があり、風呂の準備まで整っている。「こんな生活でいいのだろうか」と思うほど、夢のような日々だったという。

義姉への思いから、再び苦しい家へ戻る決断をする

そんな穏やかな暮らしは、義姉からの手紙によって揺らぎ始める。そこには、毎回「今日は何の種を蒔いた」と畑仕事の様子が綴られていた。本来なら自分がやっていた作業を、すべて義姉が1人で担っている。その現実を思うと、胸が痛んだ。「帰るのは嫌でした。でも、かわいそうになってしまって…」。正月に帰省した際、「戻ってこんか?」と声をかけられ、結局キヨさんは叔母の家へ戻ることを選んだ。

結婚だけが“完全に家を出る方法”だった現実

戻れば何かが変わるかもしれない。そう期待していたが、現実は違った。「2カ月もしたら元に戻りました(苦笑)」。ただし、外の世界を知ったことで、キヨさん自身は以前よりも強くなっていた。反抗できるようになり、少しだけ気が楽になったという。義姉の計らいで近所の工場に通うようになり、畑仕事がない時間は働く日々が続いた。

それでも、食事のたびに叔母と顔を合わせなければならない苦痛は消えない。そんな中で芽生えたのが、「結婚すれば、完全に家を出られる」という思いだった。しかし、家事や子守を担う存在を失いたくない叔母は、なかなか嫁に出そうとしなかった。

それでも振り返れば、義姉の子どもの世話を通して、オムツ替えや病院対応など多くを経験できたことは、のちの子育てに役立ったという。「結婚した相手は、正直あまりよくなかったんですけど(苦笑)」。それでも、叔母の家にいるよりはましだった。「旦那には反抗できましたからね(笑)」。そう語るキヨさんの言葉には、静かな強さがにじんでいた。

取材協力:ゆっぺ

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