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裕福な人々だけがコーヒーを味わえた時代。コーヒーが高級品として扱われるようになった背景とは/コーヒーでめぐる世界史③

  • 2026.1.17

『コーヒーでめぐる世界史』(増田ユリヤ/ポプラ社)第3回【全7回】

『コーヒーでめぐる世界史』を第1回から読む

コーヒーの進化は、実は戦争の歴史とも深く結びついていた――。元々はイスラム世界の秘薬だったコーヒーは、オスマン帝国の侵攻によってヨーロッパにもたらされ、社交の場「カフェ」を生んだ。美味しいコーヒーを淹れられることが出世につながった時代もあり、さらには、フランス革命はカフェから始まったという説まで。歴史の転換点をたどると、そこには必ずコーヒーの香りが漂っている。身近なコーヒーをきっかけに、歴史上のさまざまな出来事が一本の線として立ち上がる! 入門書にも、学びなおしにもぴったりな一冊『コーヒーでめぐる世界史』をお楽しみください!

『コーヒーでめぐる世界史』 (増田ユリヤ/ポプラ社)
『コーヒーでめぐる世界史』 (増田ユリヤ/ポプラ社)

イギリスとイタリアからドイツにコーヒーが伝播

ドイツにコーヒーが入ってきたのは、17世紀後半。ブランデンブルク大選帝侯の宮廷で初めてふるまわれました。選帝侯とは神聖ローマ皇帝の選出権をもつ諸侯のひとつで、大選帝侯は、フリードリヒ・ヴィルヘルム(在位1640〜1677)のことです。東プロイセンをポーランドの支配から解放したり、スウェーデンと和したりという外交をし、宗教的には寛容策をとり、フランスを追われたユグノー(カルヴァン派の新教徒)の亡命を受け入れて自国の経済発展に貢献させました。常備軍を設置し、一時アフリカのギニアに植民を試みるなど、のちのプロイセン王国の基礎を築いたことから「大」選帝侯と称されます。

その後、ライプツィヒ、ニュルンベルクをはじめ、ドイツ各地にコーヒーハウスが登場します。ドイツ北部の人々にはイギリス人の商人が、ドイツ南部の人々にはイタリア人の商人がコーヒーを提供しました。

ベルリンに初めてのコーヒーハウスが登場したのは、1721年のこと。ブランデンブルク大選帝侯の孫にあたるフリードリヒ・ヴィルヘルム1世(プロイセン王 在位1713〜1740)が、「ベルリンでコーヒーハウスを営業するならば、家賃を無償にする」という特権をある外国人に与えたことがきっかけでした。王位を継いだ息子のフリードリヒ2世(大王 在位1740〜1786)の時代、少なくともベルリン市街地域には10軒あまりのコーヒーハウスがあり、郊外ではテントが張られてそこで町の人々がコーヒーを飲みました。コーヒーに関する初めての定期刊行物『新奇なるコーヒーハウス』も発行され、「従来イタリアにありたるものドイツに登場。飲み物を飲みつつ談笑する初めての場所」(『ALL ABOUT COFFEE』TBSブリタニカ) と紹介されています。コーヒーは、ドイツでもあっという間に広まっていったのです。

ところが……

フリードリヒ大王が、あることに気づきます。それは、コーヒーの生豆を外国人の商人から買っていたということ。コーヒーは輸入しなければ手に入らないのですから当たり前のことなのですが、多額の代金が外国人の商人に支払われ、自国の通貨が海外に流出していたことを危惧したフリードリヒ大王は、消費量を減らすためにコーヒーをぜいたく品として扱うことを決めます。ドイツ各地の諸侯の宮廷では、専用の焙煎器具をはじめ、コーヒーポットやカップを取りそろえるようになりました。ドイツの陶器ブランドとして名高いマイセンでは、技術と贅を尽くした最高級のカップとソーサー(皿)が製造され、宮廷におさめられました。貴族をはじめ裕福な人々は、宮廷に倣って同じようにコーヒーをたしなみました。

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