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【髙田春奈】“ジャパネットの娘”にプレッシャーはなかった。「私なんか」と卑下しなかった納得のワケ

  • 2026.1.16

通信販売のパイオニア『ジャパネットたかた』の創業者・髙田明氏の長女として生まれた髙田春奈さん。

ソニーでの人事経験を経て独立し、ジャパネットグループの経営に参画。その後はJリーグクラブ『V・ファーレン長崎』の社長を務め、WEリーグチェア、JFA(日本サッカー協会)理事など、日本のサッカー界の要職を歴任してきた。

“偉大な父”を持ちながら、意外にも髙田さんは「ジャパネットの娘」という看板にプレッシャーや葛藤を感じたことが一度もないという。

彼女はなぜ、周囲の期待に押しつぶされることなく、新しい役割に挑み続けられたのだろうか。

未経験の役割や上位のポジションを打診されても「私なんて……」とつい遠慮してしまいがちな女性たちに向けて、チャンスを前向きに受け止めるためのヒントを聞いた。

髙田 春奈さん

1977年長崎県生まれ。ソニーを経て独立し、人事コンサル会社を設立。その後ジャパネットグループの経営に参画し、V・ファーレン長崎社長としてクラブ経営を牽引。Jリーグ理事、WEリーグチェアなどサッカー界の要職を歴任し、組織改革や女性活躍推進に尽力した。現在はエスプリングホールディングス代表取締役社長、日本サッカー協会常務理事。2025年10月に一般社団法人Harmony for PEACEを設立

「娘」ではなく「プロ」として。父の会社を選んだ理由

幼い頃から、長崎に生まれたこともあり「平和のために何ができるだろう」と真剣に考えていました。「戦争がない社会」や「みんなが幸せでいられる状態」を作りたい――そんな漠然とした、けれど強い思いが私の原点です。

新卒でソニーに入社したのも、創業者・井深大氏が掲げた社会貢献への理念に共感したから。「まだ何者でもない私でも、この会社の一員なら社会の役に立てるかもしれない」。そんな希望を胸に、キャリアをスタートさせました。

ソニーでは約4年半、人事を担当。私自身も適性を感じていましたし、これが現在も続く専門領域になりましたが、次第に葛藤も生まれてきます。

私が働く上で大切にしたかったのは「自分が社会の役に立っている」実感が得られること。仕事にやりがいはありましたが、ソニーという巨大な組織の中では、未来が見えにくく、不安を抱くようになったのです。

そんなとき、急成長中だった父の会社が「組織や人事で悩んでいる」という話を耳にしました。

会社自体は弟がすでに入社し、後を継ぐことを想定していましたし、私自身も家族と一緒に働くことは嫌だと言っていました。でも「外からのサポート」なら家族にとっても自分のキャリアにとってもいいかもしれないと考えたのです。

「大企業の中でキャリアを積むよりも、人事のプロとして父の会社を支援する方が、今の私が役に立てる幅は大きい」。そう決断し、ソニーを退社。ジャパネットたかたの人事を支援する会社を設立し、独立の道を選びました。

こうして外部から父の会社に関わることになったわけですが、私は父と比較されたことも、過度な期待を感じたことも一切ありません。

それは、父が育ててきた会社のあたたかさも理由にあると思います。ジャパネットは自分が小さな頃からあったお店が発展した会社で、家族的なつながりが深く、“ジャパネットの娘”という看板の重さを感じることなく、経営者としての一歩を踏み出すことができたのです。

また私自身が「娘として入社した」のではなく、「一人の仕事人として、必要な役割を果たすために来た」という自負もありました。自分ができることで貢献する。そんな姿勢も、今の仕事の軸につながっているのかなと思います。

「私でいいのか」よりも「解決すべき課題は何か」

その後、広告の会社も設立し、経営者として10年ほどキャリアを積んだ後、思いもよらぬチャレンジの機会が訪れました。

きっかけは、ジャパネットホールディングスがJリーグの『V・ファーレン長崎』の経営をすることになり、私自身もそこに関わることになったこと。クラブがスポーツを通して、地域の人を幸せにする様子を見て、「自分も何か力になりたい」と思い、サッカークラブの経営の現場にも関わることになりました。

V・ファーレン長崎の社長を2年間務めたのち、Jリーグの社会連携担当の理事として、より大きな範囲でスポーツを通した社会貢献をする機会をいただきました。その直後、女子サッカーリーグ『WEリーグ』の二代目チェア(理事長)就任を打診いただいたのです。

当時サッカー界には女性の経営者がほとんどおらず、WEリーグのチェアという役割は自然な気もしましたが、「女子サッカーのことを全然知らない私で本当にいいのだろうか」と迷いがよぎったのも事実。

もっとふさわしい方がいれば、その人で良かったのではないか。そんなふうに考え始めると、「私じゃなくてもいいのでは」といくらでも卑屈になれる状況でした。

それでも前に進む決断ができたのは、WEリーグが抱える課題を知るにつれ、「これは誰かが何とかしなければ」という思いが膨らんでいったからです。

私のキャリアの軸は、「社会に貢献できるか」「自分が役に立てる余地があるか」。求められる役割があるなら、実力が十分かどうかよりも、まず「やるべきかどうか」を基準に考えました。

課題の大きさに比べれば、「自分がどう評価されるか」なんて取るに足らないことです。

最終的には、「今、必要とされているのであれば断る理由はない」と腹を決めました。

振り返ると、私のキャリアは“狙ってつかんだチャンス”ではなく、こういった「偶然のご縁」と「自分の軸」が重なったときに開けていったものばかり。

最初から完璧な適任者など存在しません。巡ってきたご縁の中で「これだ」と思える課題に出会ったとき、まずは自分の時間と力を差し出してみる。そんなシンプルな姿勢でいいのだと思っています。

決めるまでは考え抜く。でも決めたら迷わず進む

近年さまざまな業界で女性リーダーが増えてきましたが、新しい役割を打診されたとき、「私に務まるのだろうか」と尻込みしてしまう女性は少なくありません。

管理職などのポジションでは、「3回くらい『やりませんか?』とお願いして、ようやく『はい』と返事をもらえることが多い」という話もよく聞きます。

責任ある立場だからこそ、完璧を求めて慎重になってしまう気持ちは、私にもよく分かります。

けれど実際には、最初から「完璧に準備された人材」などほとんど存在しません

私自身、28歳で独立したときは周囲に驚かれましたし、WEリーグのチェアを打診された際も迷いがありました。それでも挑戦できたのは、「この課題は誰かが向き合わなければならない」と心から思えたからです。

役割を担うか判断するときに大切なのは、“自分が選ばれた理由”ではなく“自分が向き合うべき理由があるかどうか”。課題を前にすれば、「自分にできるのか」といった不安は意外と小さく感じられるものです。

それでも迷いが生じたときは、一度立ち止まって気持ちを紙に書き出してみるのもおすすめ。

頭の中だけで考えると同じことを繰り返し、不安は膨らむ一方ですが、言葉にして可視化することで整理され、「ストンと腑に落ちる瞬間」が必ず訪れます。

そうすると、決めたあとに迷わない。

やってみて違和感があれば軌道修正すればいいし、「決めるまでは考え抜き、決めたら迷わず動く」ことで得られるものは大きいです。

それに、私たちが思うほど周囲は細かく見ていません。もし失敗しても、「それは私を選んだ人の任命責任」と割り切ってしまうくらいでいいと思うんです(笑)。

チャンスとは、準備が整った人にだけ降ってくるものではなく、むしろ受け取ったあとで成長していくもの

だからどうか、これから責任ある立場に就く女性には、「私なんて」と自分を過小評価せず、巡ってきた機会をまずは受け取ってみてはどうかと思います。

新しい場所に足を踏み入れれば、必ず新しい景色が広がります。自分の後に続く女性たちのためにも、「私なんて」とは思わず、ぜひ気楽な気持ちで次のステージへ進んでみてほしいですね。

取材・文/一本麻衣 編集/大室倫子

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