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音楽の父バッハが愛したコーヒー文化。コーヒーから生まれた名曲『コーヒー・カンタータ』に込めた想いとは/コーヒーでめぐる世界史②

  • 2026.1.16

『コーヒーでめぐる世界史』(増田ユリヤ/ポプラ社)第2回【全7回】

『コーヒーでめぐる世界史』を第1回から読む

コーヒーの進化は、実は戦争の歴史とも深く結びついていた――。元々はイスラム世界の秘薬だったコーヒーは、オスマン帝国の侵攻によってヨーロッパにもたらされ、社交の場「カフェ」を生んだ。美味しいコーヒーを淹れられることが出世につながった時代もあり、さらには、フランス革命はカフェから始まったという説まで。歴史の転換点をたどると、そこには必ずコーヒーの香りが漂っている。身近なコーヒーをきっかけに、歴史上のさまざまな出来事が一本の線として立ち上がる! 入門書にも、学びなおしにもぴったりな一冊『コーヒーでめぐる世界史』をお楽しみください!

『コーヒーでめぐる世界史』 (増田ユリヤ/ポプラ社)
『コーヒーでめぐる世界史』 (増田ユリヤ/ポプラ社)

バッハが『コーヒー・カンタータ』に込めた想い

コーヒーを題材にした名曲は数々あれど、クラシック音楽で有名なのは、ヨハン・セバスティアン・バッハの『コーヒー・カンタータ』ではないでしょうか。バッハといえば、ベートーベンやブラームスとともに「ドイツの三大B」と称され、「音楽の父」とも言われています。

バッハ自身は、キリスト教プロテスタント(新教)の教会音楽の探究と指導のために、生涯をほぼライプツィヒの教会に捧げました。当時この町の「カフェ・ツィンマーマン」には、ステージと150人の聴衆を収容できるホールがあって、頻繁にコンサートが開かれていました。『コーヒー・カンタータ』は、このカフェで地元の音楽学校の学生たちの演奏で披露されました。指揮はもちろん、バッハ自身です。

『コーヒー・カンタータ』は、ドイツでは「お静かに、おしゃべりをやめて」という題名で知られています。ちなみに、カンタータは、器楽演奏と声楽からなる音楽で、本来オペラのような演劇の要素はありません。しかし、この『コーヒー・カンタータ』に限っては、演劇的な要素も取り入れた形で披露されることが多く、一幕もののオペレッタ(小さいオペラ・喜歌劇)と称されることもあります。時は18世紀半ば。ドイツでもコーヒーをたしなむことは最先端の流行だったのです。

歌詞(あらすじ)は、コーヒーにおぼれる娘に対して、あの手この手を使って何とかコーヒーをやめさせようとする父親の姿をコミカルに描いています。

引用----

父親「なんて聞き分けのない子だ。このわがまま娘め。いったいどうしたら、コーヒーをやめてくれるのか」

娘「お父さま、そんなに怖くなさらないで。日に3回デミタスを飲めないと、私はヤギの丸焼きみたいに干上がってしまう」

「ああ、何て甘いコーヒーの味わい。千回のキスよりも素敵。マスカット酒よりも甘い。もうコーヒーなしではだめ。私を喜ばせてくれるならコーヒーをくださいな」

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娘と父親のアリア(独唱)のやりとりは実に楽しげです。父親は、コーヒーをやめなければ結婚させないと脅し、娘はそれに屈してコーヒーを飲むのをあきらめる……。しかし、心の中では好きなときにコーヒーを飲ませてくれることを結婚相手の条件としています。そして最後には、母親や祖母までがコーヒーの虜になってしまう、というコミカルなストーリー。バッハはとても真面目な性格で、2度の結婚で20人の子どもをもうけ(うち成長したのは10人)、養育費を稼ぐために教会音楽をたくさん作ったとも言われています。しかし、そのなかで、この『コーヒー・カンタータ』だけは、バッハの作品としては異色のもの。バッハの遺品にも、コーヒーポットやコーヒーセットがあったそうですから、きっと自身もコーヒー好きだったのでしょう。しかしそれだけが『コーヒー・カンタータ』を作った理由ではありません。当時の政権によってコーヒーが上流階級の人たちだけのものにされたことへの抗議でもあったのです。

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