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ポリー・バートン×辛島デイヴィッド文芸対談。日本文学が今英語圏でめちゃくちゃ読まれている理由

  • 2026.1.12
ポリー・バートン、辛島デイヴィッド

ポリー・バートン

この10〜15年で、日本文学をめぐる状況がここまで大きく変わることになるとは思ってもいませんでした。しかもムラカミ・ブームのときと違って、アメリカではなくイギリスが今の日本作家ブームの中心地になっているのが面白いですよね。村田沙耶香さんの『コンビニ人間』にしても柚木麻子さんの『BUTTER』にしても、イギリスでその人気に火がつくことになりました。

辛島デイヴィッド

これまではアメリカで英語版が刊行されて、その1年後にイギリス版が出ていたのが、今では逆のこともありますからね。松田青子さんの『おばちゃんたちのいるところ』は、ティルテッド・アクシス・プレスというイギリスの小さい出版社から出て話題になり、それからアメリカで刊行され、世界幻想文学大賞を取ることになりました。

バートン

イギリスでは日本文学が人気すぎて、出版社は内容と関係なくても表紙に寿司の絵を入れたり、タイトルをカタカナで表記したりしているくらいですよ。

辛島

このブームを語るにあたって『コンビニ人間』に触れないわけにはいきません。英語版が出たのが7年前ですが、そこが転機だった──それまで海外では芥川賞なんて知られていなかったのに、『コンビニ人間』が取った賞ということで、英語圏の出版社も受賞作に注目し始めました。長さもちょうどいいし、質も高い。選考委員には小川洋子さんや川上弘美さんといった信頼に足る作家がいる。今では出版社は、読む前から芥川賞受賞作の版権を競い合うようになっています。

バートン

その頃から、編集者から「これは次のムラカミになると思う?」ではなく、「次の『コンビニ人間』になると思う?」と訊(き)かれるようになったのを覚えています。もちろん昔から多くの日本女性作家の小説が翻訳され、読まれてきたけれど、『コンビニ人間』を境に、編集者たちはエッジの効いた日本女性作家の作品を求めるようになりました。そのトレンドが現在でも続いています。

このブームを説明しようとするときにいつも思い出すのは、西洋で日本について語られるときにみんなが使うお決まりの文句──つまり日本には「よく知っているものとまったく知らないものの驚くべき組み合わせ」があるということ。

『コンビニ人間』のような作品は極めて普遍的な社会問題に触れているけれど、西洋の読者にとっては新しい視点、予想外で馴染みのない視点を通して描かれています。だから読者は、別の世界へ連れていかれるような感覚を抱くことになる。このリアリズムと現実逃避の完璧な組み合わせが、人々が今、小説に求めているものだという気がします。

辛島

日本の作家は異なるボイスを持っている、と言う人もいますよね。確かに村田沙耶香さんや川上未映子さん、多和田葉子さん、松田青子さん、柚木麻子さんのような英語で読まれている作家たちは、英語圏の作家とは少し違うレンズで世界を捉えているように思えます。

バートン

フェミニズムを例にとってみると、『コンビニ人間』をはじめ英語圏でフェミニスト作品として評価されている日本の小説の多くは、女性が直面するさまざまな問題を取り上げているものの、その描き方は極めて軽やか。一方で、西洋の作家はフェミニスト的な主張をかなり強調する傾向にあります。

だからその軽やかさが、西洋の読者にとっては新鮮に感じられるんだと思う。それから日本と西洋では、社会構造も、ジェンダー問題が社会でどういうふうに表れるのかも違います。その違い自体が、異なる視点をもたらしているとも言えると思います。

気が滅入るものから心温まるものまで

辛島

もう一つ面白いのは、10年前や20年前の小説が今翻訳されて、注目されていること。川上弘美さんの『大きな鳥にさらわれないよう』が今年の国際ブッカー賞の最終候補に選ばれましたが、日本で刊行されたのはもう10年近く前。小川洋子さんの『密やかな結晶』(1994年)も2020年のブッカー賞最終候補になりました。

それから古い作品といえば、太宰治の人気もすごい。米独立系出版社ニュー・ディレクションズは、『人間失格』の売り上げでオフィスの床を張り替えたっていう逸話があるくらいです。

バートン

アニメ『文豪ストレイドッグス』の人気もあるけど、TikTokで広まったのも理由の一つだと思います。『人間失格』も『女生徒』もBookTokコミュニティで話題になった。TikTokと太宰が交わるなんて、すごい世界ですよね。

辛島

編集者に聞いた話では、特に若い読者にウケているみたいですよ。若い世代は僕らが思うよりもずっとシニカルで、太宰は現代では口にできないようなことも書いているから好きなんだ、と。

バートン

その一方で矛盾するみたいだけど、イギリスでは日本の癒やし系小説──コーヒー、カフェ、本屋、猫が出てくるようなもの──もすごく人気なんです。しかも『コーヒーが冷めないうちに』を読む人たちと太宰を読む人たちがはっきり分かれているかといえば、必ずしもそうではない。日本のものならなんでも読んじゃう人がたくさんいるんです。

辛島

翻訳はギャップを埋める、といわれるけれど、その両極端の作品によって英語圏の出版業界の穴が埋められているのかもしれないですね。

バートン

あからさまに気が滅入るものと、あからさまに心温まるものがね(笑)。この日本文学の人気は、より大きな意味での日本ブームとも無関係ではない気がしています。日本食、文房具に観光と、日本に関するいろんなものにこっちの人たちは興味があるから。中には日本に行ってから日本の小説を読み始める人も、日本の小説を読んでから日本に行く人もいると思うんです。

辛島

とりわけ東京は人気ですよね。読者の目を引くために、英語版のタイトルに「Tokyo」を入れる出版社も結構います。

バートン

松本清張の『点と線』の英題は『Tokyo Express』ですからね。少し関連する話だと、津村記久子さんの『この世にたやすい仕事はない』を翻訳しようといろんな出版社に持ちかけていたときに、ある編集者から「他者性が足りない」と言われたことがあります。「それだと英語で書かれた本みたいに見えるし、日本の小説を読む読者はもっと“自分たちとは違うもの”を求めているんだ」って。あれはけっこうショックでしたね。

辛島

読者はどこか異国へ連れていってくれるものを求めている、と。

バートン

そう。そうやって日本が消費されることに対して、フラストレーションを感じることもあります。出版業界全体に言えることだけど、中身よりもイメージや話題性が重視されてしまうところがあるから。

辛島

でも翻訳小説に限らず、日本の消費はあらゆるレベルで起きてますよね。テレビの例になるけど、海外でも日本の昔のリアリティ番組がNetflixなんかで人気じゃないですか。太宰の話と同じで、今だと倫理的にNGな内容も、翻訳というフィルターを通すことで消費してもいいと思えるのかもしれない。

バートン

その通りかもしれないですね。もう一つ、英語圏の作品にはない日本文学の特徴は、高尚なものと大衆向けのもののどちらにもまたがっていること。英語圏だとはっきりどちらかに分類されるのに対して、日本文学ではその境界が曖昧なんです。

これもテレビの話になるけれど、前に『テラスハウス』に関するインテリな論考を読んだことがあるけど、『ラブ・アイランド』について同じように語られることってないと思う。本も同じで、例えば『BUTTER』も川上弘美さんの作品も、高尚なものか大衆向けのものか、はっきりと峻別はできない。そのことが、日本文学が幅広い読者に読まれている理由の一つかもしれません。

翻訳が開くもっと多様な日本文学

バートン

より多様な日本文学を届けていくためには、いろいろなことに興味を持つ翻訳家を育成することが大事ですよね。主流ではない人たちの声、疎外された人たちの声を伝えるスキルを持つ翻訳家を。

辛島

英国文芸翻訳センターで行われた翻訳ワークショップにポリーも参加していて、今ではポリーが教える側になっているけれど、そうやってバトンを渡しながら新しいテイストを持った翻訳家が生まれていくことが大事だと思います。翻訳家1人ではもちろん、5人でもすべてをこなすことなんてできませんから。そうした翻訳家のエコシステムができたことも、15年前からの変化だと思います。

バートン

それから日本文学が業界に占める割合も大きくなって、出版社も翻訳小説に対して楽観的に捉えられるようになってきたことも変わったところ。以前なら出版社は1年〜数年に1冊しか日本の小説を出せなかったから、その1冊をできるだけメインストリームなものにしたいと思っていたはず。でも今では市場が大きくなったことで、より多様な作品を出せるようになっています。

辛島

そうやって日本文学がどんどん世界で読まれるようになることには危険もあって、「英語圏で成功しないと作家として認められない」という方向には進みたくないですよね。その一方で、どんな文学システムも閉鎖的なところがあるから、そこに合わない作家が翻訳を通して自分に合った読者を見つけられるのは良いことだと思います。

バートン

本当にそう。作家が海外で賞を受賞したりすると、日本でも「◯◯賞受賞!」と帯が付くことになりますよね。それによって日本でも売り上げが伸びたり、読者が作家に対する評価を見直したりすることになるかもしれない。翻訳がその可能性を開き得るというのは、本当に嬉しいことです。

profile

ポリー・バートン

ポリー・バートン(作家、翻訳家)

イギリスを拠点に日本文学の翻訳に携わる。翻訳作品に柚木麻子『BUTTER』、松田青子『おばちゃんたちのいるところ』、市川沙央『ハンチバック』、津村記久子『この世にたやすい仕事はない』、金井美恵子『軽いめまい』など。著書に『Fifty Sounds』などがある。

profile

辛島デイヴィッド

辛島デイヴィッド(作家、翻訳家)

早稲田大学国際教養学部教授。日本文学の英訳や国際的な出版・文芸交流プロジェクトに幅広く携わる。訳書に金原ひとみ『蛇にピアス』など。著書に『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』『文芸ピープル』などがある。

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