1. トップ
  2. パリ五輪の悲劇の裏ではなにが起きていたのか?世界バレーを追うライターが観る『GRIT —バレーボール男子日本代表 栄光への始発点—』石川祐希、大塚達宣らの想いとは

パリ五輪の悲劇の裏ではなにが起きていたのか?世界バレーを追うライターが観る『GRIT —バレーボール男子日本代表 栄光への始発点—』石川祐希、大塚達宣らの想いとは

  • 2026.1.10

「ハイキュー!!」人気も相まって、近年世界的に盛り上がりを見せる全日本男子バレー。その裏側に迫るドキュメンタリー映画『GRIT —バレーボール男子日本代表 栄光への始発点—』が、1月9日より3週間限定ロードショー中だ。

【写真を見る】代表合宿や大会の舞台裏、そして次シーズンに向けた挑戦を映しだす

パリ五輪の熱狂と衝撃的な悲劇。そこから監督を変えて次なるステップを踏みだそうとした2025年度。それまでの絶対的司令塔を欠き、指導者も変わった。一番大切な大会では最終戦を残して予選ラウンド敗退という思いもかけない結果だった。

代表シーズンは終わり、日本もイタリアのセリエAなども、それぞれの国内リーグ真っ只中。あえていまこの映画を観ることで、俯瞰して2025年度の代表を振り返り、「そこでなにが起こっていたのか」を知ることが後半戦に入ったリーグの観戦にも、来年度の代表の展望にも必須だと言えるだろう。

「女子のスポーツだよね?」席が埋まらない現実に苦労した男子バレー

ティリ監督は、全日本男子バレーをどのように動かしていくのか? [c]2026 映画『GRIT』製作委員会
ティリ監督は、全日本男子バレーをどのように動かしていくのか? [c]2026 映画『GRIT』製作委員会

「バレーボールって、女子のスポーツだよね?」バレー記者を自認する筆者は長年そう言われることが多かった。「“東洋の魔女”だし、『アタックNo.1』だし、なんといってもさおりん!ロンドン五輪でも銅メダルだったもんね!」、「男子バレーってラリーが続かなくてつまらない」、そんな率直な感想に胸を痛めてきたが、石川祐希が高校6冠を成し遂げてシニア代表に選出され、“NEXT4”というユニットで大ブレイクしてから、その傾向は徐々に変わっていった。NEXT4とは石川、柳田将洋、山内晶大、高橋健太郎の若手の4選手をユニットとしてメディアに売り込んだもの。もちろんただ売りだしただけで人気が出るほど勝負の世界は甘くない。そこから彼らが躍動して2015年のワールドカップは6位とジャンプアップした。最初はガラガラだった観客席も、大会終盤には満員御礼の札がかかった。

しかし2016年、直後のリオ五輪世界最終予選ではけが人が相次いだこともあり、出場権を逃したが、非常にラッキーだったことに、2020年に東京五輪が開催されることがすでに決定していた。つまり、自国開催での出場権がすでに得られていたということだ。そして、1992年のバルセロナ五輪で日本男子を6位入賞に導いた大エース、中垣内祐一が監督に就任。アシスタントコーチには、ポーランドのバレーボール世界選手権(以下「世界バレー」)優勝に導いた名指導者、フィリップ・ブランを招聘した。

戦術的に世界からかけ離れていた日本を、監督、コーチらが最先端の知見で指導し、史上最高の逸材、石川に加え、彼の大ファンだった小柄なレフティのオポジット(セッターの対角のポジション、“スーパーエース”とも呼ばれる)、西田有志が彗星のように現れた。そしてコロナ禍で東京五輪の開催が延期となった1年で、中垣内をして彼のバルセロナの盟友である「青山繁にも匹敵する守備力」と称賛された高橋藍が選出された。正セッターは石川の大学の先輩であり、柳田の高校の後輩である関田誠大。小柄だが正確無比なトスを上げ、ディグ(サーブカット以外のレシーブ)も拾いまくる。ロンドン銅メダルの竹下佳江を思わせるセッターでもある。

かつて、16年ぶりの五輪出場となった2008年の北京五輪の本大会では全敗だった。それゆえ、そんな北京以来の五輪である東京五輪での勝利は、実に29年ぶりの白星であった。その後も厳しい試合を勝ち抜き、アジアのライバル、イランに競り勝ち一次リーグを突破するが、決勝トーナメント初戦でブラジルに敗れる。

2022年の世界バレーではウクライナ侵攻のため会場とレギュレーションが変わったため、一次ラウンド通過後、すぐにトーナメント方式の最終ラウンドに。そこで運悪く東京五輪覇者のフランスと対戦し、激闘の末に惜敗した。

【写真を見る】代表合宿や大会の舞台裏、そして次シーズンに向けた挑戦を映しだす [c]2026 映画『GRIT』製作委員会
【写真を見る】代表合宿や大会の舞台裏、そして次シーズンに向けた挑戦を映しだす [c]2026 映画『GRIT』製作委員会

2023年のネーションズリーグでは3位と躍進。その翌年、パリ五輪直前のネーションズリーグでは準優勝と強さを見せつけ、人気も沸騰した。だが、パリ五輪本戦では伏兵のドイツに敗れ、一次リーグ突破が難しくなる。ここで五輪予選でも流れを変えた仕事人、アウトサイドヒッターの大塚達宣がまたも流れを変え、なんとか決勝トーナメントへの切符をもぎ取った。トーナメント初戦は世界バレーを連覇したイタリアで、日本は2セットを連取し、マッチポイントも先に握ったが、悪夢のような大逆転であえなく散った。

2025年度は、監督に東京五輪でフランスに初の金メダルをもたらしたロラン・ティリ監督を迎え、新たなスタートを切った。しかしながら、司令塔の関田は手術、大砲の西田は1年の休養を訴え、常に満身創痍のミドルブロッカー、高橋健太郎も休養した。

従来は、五輪翌年のネーションズリーグには若手を出場させてベテランを休ませる国が多かった。また秋には日本でワールドグランドチャンピオンシップという大会が開催されていたが、これはランキングポイントのつかない親善試合のようなもので、それよりも4年に1度の開催だった世界バレーの出場権を獲得するための大陸予選が最も大切な試合というサイクルだった。しかし、国際バレーボール連盟が大幅にそのサイクルと五輪出場のレギュレーションを変えたため、世界バレーは2年に1度となり、ネーションズリーグもランキングポイントのことを考えると若手でのチャレンジはリスキーなものに。手探りのなかでの新代表活動スタートは思ったよりも難航するが、その苦しみの一つ一つをこの『GRIT』では丁寧に描写している。

“なにかがおかしかった”世界バレーと、2人のセッター

気合十分でネーションズリーグに臨む選手たち [c]2026 映画『GRIT』製作委員会
気合十分でネーションズリーグに臨む選手たち [c]2026 映画『GRIT』製作委員会

特に芝居がかった演出もなく、淡々とフィルムは流れていく。そして、我々が最も知りたかったことが明かされていくのだ。関田がいないセッター2人をどう選んだのか、彼らの懊悩、石川キャプテンや高橋藍、大塚らとの魂のやりとり。「俺、お前のよさを潰してしまってるようにしか思えないんだ」という大宅真樹の絞りだすような言葉に、茶化すことなく真剣な眼差しで応える大塚。

筆者は、ネーションズリーグ千葉ラウンドと壮行試合、世界バレーを現地で取材した。なにかがおかしい、と全員が感じているなかで、それでも世界バレー本番ではなんとかしてくれるだろうとマニラに飛んだ。マニラの観客やスタッフは親切で熱狂的だった。しかし気候や治安、食事の面などで筆者は体調をひどく崩し、2試合目は会場に行けずじまいだった。世界中を遠征しているメンバーたちも、暑さや湿気、食事といったところでのストレスもあったのではないだろうか。

そして予想だにしていなかった1試合を残しての予選落ちが決まったことを宿のベッドの上で知り、ボロボロの体を引きずりながら最終戦を取材。この映画で描かれているように、切り替えて勝ち切った彼らを見てようやく安堵することができた。

精密さが命の日本バレーでセッターが2人とも新しくなったのは大きな冒険だっただろう。ティリ監督は東京五輪で背の低いベンジャミン・トニウッティから、196cmのアントワーヌ・ブリザールにセッターを変えて金メダルをもぎ取った。その成功体験と、今季からスタートした「ボールが自コートにとどまっている場合、ダブルコンタクト(2回連続でボールに触れること)は反則としない」というルール変更も、192cmの永露元稀を新セッターとして抜擢した大きな理由の一つだろう。

石川キャプテンの試合前の声掛けもなにげに見どころの一つ。案外と淡々とした声掛けだが、試合中は驚くほど鋭く具体的になるのも興味深い。大塚が映像を観ながらスタッフに相談するシーンも印象に残った。2005年にアジア選手権で全日本男子が10年ぶりに優勝した時、アナリストの部屋に2人の選手が毎晩データを見にきたという。それがセッターの朝長孝介と、エースの越川優だったそうだ。そんなことを思いださせるシークエンスだ。

彼らはきっと強くなる。そしていま開催されているSVリーグやセリエAなどの海外リーグももっと楽しく見ることができる。映画『GRIT』は、そう思わせてくれる一作だ。沖縄合宿や鹿児島合宿、マニラの粘っこい湿気のある空気も映画館なら体感できるだろう。2026年は、いよいよ五輪出場を懸けた戦いが始まる。

文/中西美雁

※高橋健太郎、高橋藍の「高」は「はしごだか」が正式表記

元記事で読む
の記事をもっとみる