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「29歳でホームレス」下積み10年…壮絶な過去を激白した【名俳優】とは?

  • 2026.2.4
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※Google Geminiにて作成(イメージ)

芸能人の素顔や意外な過去のエピソードは、ファンだけでなく多くの人の関心を引きつけるものですよね。華々しい活躍の裏には、知られざる苦労やチャレンジが隠れていることも少なくありません。今回は、俳優として知られる“あの人”のかなり衝撃的な“下積み時代”について、クイズ形式でご紹介します!

俳優になるために東京に出たあの人とは?

今でこそ名優として印象的な存在感を放っているこの人物ですが、若い頃は苦労の連続でした。1968年、俳優を志して愛知県から上京。しかし劇団には入れず、親の反対もあり「政治家になる」と嘘をついて東京の大学へ進学します。そして、大学で学びながら政治家の書生として生活。さらに学生運動の真っただ中、選挙カーにも乗ったという異色の経歴を持っています。「これじゃ俳優に近づけない」と思い、テレビ局でアルバイトも経験。

その後、フジテレビ『3時のあなた』の現場で仕事をしたものの、1年でクビに。理由は「結構モテた」と自認。若い社員との食事や、選挙カーに乗ったことが原因で上司から指摘を受けたそう。

苦しい下積み時代は実に10年間。29歳のときにはある場所で約3か月ものホームレス生活を送っていたといいます。いったい、“代々木公園のホームレス第1号”と自身で語った、この俳優とは誰なのでしょうか?

ヒント…

  1. 映画監督や画家としても活躍
  2. 娘は人気女優・安藤サクラ

「俺が、代々木公園のホームレス、多分、第1号だった」

答えは……奥田瑛二さんです!

2026年1月25日放送の日本テレビ『メシドラ 兼近&真之介のグルメドライブ』で明かされたエピソードです。この回で奥田瑛二さんはEXITの兼近大樹さん、満島真之介さんとドライブしながら、若き日の思い出や俳優を志すきっかけについて赤裸々に語りました。

「1968年に役者になりたくて愛知県の片田舎から出てきた。俳優になるためにわざわざ東京の大学を選んだ」という奥田さん。親からの反対にあいながらも、「ホラを吹いて、政治家になるって言っちゃった」と苦い青春時代を振り返ります。

劇団のオーディションに落ちてしまい、路頭に迷ったという奥田さん。学生運動が熱かった当時、「幸いなことに、時は70年安保。選挙カーも乗った」と本人談。さらに、「これじゃ俳優に近づけないと思って、何かないかなっていうのでテレビ局でバイトした」と振り返ります。しかし、このテレビ局では1年でクビになり、「結構モテた」と率直なコメントまで。若い社員たちと食事に出かけたことや、「君は休暇を取って選挙カーに乗った」という上司からの指摘で職も失ってしまいます。

役者としての下積みは10年にもおよび、「18歳から10年。29歳でホームレスになってたんで…」と、代々木公園で約3か月ホームレス生活を経験したことを明かしました。このエピソードにはEXITの兼近大樹さんも「一緒だ!」と驚きのリアクション。

奥田さん自身が「俺が代々木公園のホームレス、多分第1号。当時はホームレスいなかったから」と明かし、満島真之介さんも驚愕。テレビでは見せない奥田瑛二さんのバイタリティーあふれる波乱の半生が垣間見える場面でした。

エピソードを知るとより好きになるかも

確かな演技力と個性で知られる奥田瑛二さん。そんな彼にも人知れぬ長い下積みや壮絶な体験があったことは、多くの人の背中を押してくれるエピソードなのではないでしょうか。

俳優を目指して上京したものの挫折と苦労の日々。そして代々木公園でのホームレス生活を経て、今の輝かしいキャリアにたどり着いた奥田さん。その人生ドラマを知ることで、さらに応援したくなりますよね。

ピンチのときにもあきらめず、前向きに進んだ奥田瑛二さん。これからも多くの人の心を動かす存在であり続けてほしいです。