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「喪服はこっちで用意しているから」……通話の向こうに聞こえた父の声。実家からの急な連絡が導く不可思議への扉

  • 2026.1.4
写真はイメージです。提供:アフロ

2016年の深夜、生配信サービス「TwitCasting」で始まった〈青空怪談〉語り番組「禍話(まがばなし)」。語り手のかぁなっきさんが人づてに集めた怪談はすでに3000話を超えており、そのどれもが日常に影が忍び寄るようなおぞましいものばかりです。

今回はそんな禍話から、遠い親戚の葬儀に出ることになった男性が目撃したお話をご紹介します――。


普段と同じような幸せな風景

写真はイメージです。提供:アフロ

平成の時代が終わりを告げようとしていた頃。

当時30代半ばだったHさんは、九州の比較的大きな都市でサラリーマンをしながら、2つ年下の妻との間に子どもも生まれ、金銭的な余裕はないものの充実した毎日を送っていたそうです。

「ただいまー」

しかし、ある日の夜を境にその日常は不確かで心許ないものに変わってしまったと言います。

その日も21時過ぎに仕事から帰ったHさん。お風呂から出た後、濡れた髪をタオルで乾かしながら「ふぅ」とため息をつくと、リビングダイニングの椅子に勢いよく座りました。

「今日も疲れた~」

「お疲れ様」

「ねえ、聞いてよ。営業の櫻井くんいるだろ」

「ん~? うん」

「あいつ悪い奴じゃないんだけどさぁ、今日僕に食ってかかってきてさ。やたら反抗的で困っちゃうよ。今の20代前半って、言う通りにしとけばうまくいくのに、なんか的外れな反発してくると思わない?」

「大変だねぇ」

Hさんの妻はすでにできていたご飯をキッチンで温め直しながらそう返しました。

食事の前に鳴るスマホ

「マリちゃんは今日どうだった?」

「いつもと変わらないかな」

「なら良かった。結菜はもう寝た?」

Hさんは、運ばれてきたロールキャベツが食卓に置かれるよりも先に、妻からお皿をサッと取って自分の前に置きました。

「とっくに寝ているよ」

プシュッ。

「結菜がおとなしい子で助かったよ」

缶ビールを開けながら穏やかな表情で微笑むHさん。

ブー、ブー、ブー。

突然、食卓の上に置いていたHさんのスマホが鳴りました。

写真はイメージです。提供:アフロ

「んだよ、食う前に……」

【母さん】

ブルブルと震えるスマホの画面に表示される文字を見ながら、Hさんは両親の顔をふっと思い出しました。

今でこそ両親とは関係は悪くないと思っていたHさんですが、若い頃には息が詰まる思いもしてきました。

彼の父は「あれをやれ、これをやれ」と、何をするにも一方通行な典型的亭主関白タイプで、母もそれに寄り添う言動ばかりが目立つ人でした。

家庭事情を探るたわいもない電話

これが当たり前――そう割り切って過ごしていたHさんの目を開かせたのは妻でした。

彼女と結婚して家を出るとき、Hさんは「もうこの家には戻らないかも」と思ったそうですが、奇妙なもので自立した環境が手に入った今は、両親に対する思いが少し変化してきた感覚もありました。

『家庭のことはなるべく私たちで考えたいから』

妻はHさんのそうした変化にいち早く気が付き、こう言ってくることが増えました。

特に子どもができてからはその頻度も増え、結果的に両親には定期的にこちらから電話をかけ、帰省のタイミングなどを図るようになっていったそうです。

「誰からー?」

「母さん」

スマホを手に取り、妻に若干申し訳なさそうな視線を送ると、妻から目を背けるように体をよじってスマホを耳に当てました。

無表情だった妻はHさんの背中を見ながらニコッと笑うと、テレビ前のソファに歩いていきました。

写真はイメージです。提供:アフロ

「それで、結菜の幼稚園は決まったの?」

母からの電話はいつもと同じ、こちらの家庭事情を探るたわいもないものでした。

「ほどほどにしなさいってマリちゃんに言っておきなさいよぉ。あんまりこだわりすぎて見つからなかったら大変なんだから」

「ああ、うん」

「私たちの方でも探して色々目星付けているから、今度教えるわね」

「いいよ。別にそこまで」

『喪服はこっちで用意しているから』

「そんなこと言っているから見つからないのよ~。え? いいから、お父さん。静かにしていて。あの、ほら近いうちに一度こっちきて話しましょうよ、ね」

『あいつに喪服はこっちで用意しているから、って言っとけよ』

スマホの向こうから聞こえた父の声。

「ねえ、今週末とかどう?」

「え、急だなぁ。行けないこともないけど泊まりになるだろうし、結菜もいるしなぁ……」

「あなただけでもいいのよ。それにほら、色々とマリちゃんいない方が進む話もあるじゃない」

冗談めかして言う母の声が漏れ聞こえてやしないかと、思わず身をよじったHさん。

写真はイメージです。提供:アフロ

妻がこちらを見ていました。

流しっぱなしのテレビの光を背に受け、黙ってこちらを見つめている妻。彼女の目にHさんは微かな苛立ちを覚えたそうです。

「まあ、確かにそうだね。前向きに考えておくよ! じゃあ、切るよ。今ご飯食べようとしてたところだったからさ~。はーい、はい、じゃあね、はい」

通話を切ってスマホを置き、ため息を漏らしたHさん。

「どうしたの?」

「いや、なんか……急に帰ってこいって」

「お義母さんが?」

「うん」

「ふうん」

妻はそう言うと視線を前に戻し、テレビを見ずにスマホをいじり始めました。

ロールキャベツの湯気はいつしか消えており、ビールも少しぬるくなっていたそうです。

「……なあ、あっため直してくれる?」

どこか開放感を感じながら……

「じゃあ、ちょっと行ってくるね。日曜の夜には帰れると思うから」

「はーい」

「たまには1人でゆっくり遊んだら?」

「遊ぶって……結菜がいるから無理だよ~」

「あー、そっか。まあ、急いで戻るよ」

その週の金曜日の夜。Hさんは仕事を早退して身支度を済ませると、実家まで車を走らせました。

実家はさほど遠くない距離でしたが、不意にやってきた妻も子もいない束の間の小旅行のように感じられ、正直開放的な気持ちになったそうです。

タイヤに押しつぶされる砂利道の音。

2時間ほど車を走らせた後、車のヘッドライトは父が小さい頃から入れ込んでいた庭木たちと、2階建ての和風建築の姿を静かな暗闇に浮かび上がらせました。

写真はイメージです。提供:アフロ

「ただいま~」

庭先の小さな駐車スペースに車を停め、蔦模様の装飾が施された古びたドアを押し開けると、甘い線香のような匂いがしました。

「あら、早いわね、ご苦労様~」

リビングからパタパタと駆け寄ってきた母はいつになく明るい声で出迎えてくれました。

その後ろからゆっくりと顔を出す父。

「渋滞はなかったか?」

「意外と空いてたよ。というか、なんか、家の中が片づいてるね」

「結構、処分したんだ。古いものは置いといても仕方がないからな」

「ご飯は食べてきたの?」

「いや、まだ」

「生姜焼きなら作れるけど、食べる?」

「あ、いいね。食べるよ」

母の作る晩ご飯が食卓に並ぶのを見ていると、昔は窮屈に感じていた実家がとても風通しの良い環境に思え、気分が良くなったそうです。

文=むくろ幽介

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