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中村江里子さんと巡る「継承」と「探求」のパリ|時を超えて受け継がれる匠の技

  • 2025.12.29
撮影=小野祐次

伝統と創造が、未来に時を刻む

芸術や工芸、さまざまな文化が、数世紀にわたって豊かな歴史を紡いできたパリ。一方で、常に新しい価値観や表現を追い求める街でもあります。伝統を守りながらも進化を恐れず、“美の本質”を問い続ける───そんなパリの真髄を、25年間この街に暮らす中村江里子さんが案内します。今回は時を超えて受け継がれる匠の技「サヴォアフェール」に注目します。

“世界の芸術が集結する、美の殿堂へ。何度訪れても、心が躍る感動に出合えます”

「ルーヴル美術館」の石畳の中庭を歩く中村江里子さん。後方に見えるのは学問・芸術・文化の最高権威「フランス学士院」。美術館とはセーヌ川に架かる芸術橋で結ばれている。 撮影=小野祐次

【サヴォアフェール】時を超えて受け継がれる匠の技Savoir-faires

単なる技術を超え、伝統や文化、創造力が結集したものづくりの精神は、世代を超えてこの国に受け継がれています。世界屈指の美術館や熟練の技が光る名窯。パリに集まる手仕事の結晶は、歴史と文化を映す鏡です。

世界に誇る至高の芸術と、名窯に伝わる工芸の技

王室コレクションをはじめ、世界屈指の芸術が集う「ルーヴル美術館」。古代から近代に至るまで、幅広い時代や地域の美術品を所蔵する芸術の殿堂であり、長年パリに暮らしている中村江里子さんにとってここは、何度も足を運んできた親しみのある場所です。

「訪れるたびに発見がある夢のような美術館」と語る中村さんが特に惹かれている作品が、ジャック=ルイ・ダヴィッドの《ナポレオンの戴冠式》。

“芸術は過去の遺産でありながら、現在と未来を照らす光のような存在かもしれません”

新古典主義の巨匠ダヴィッドが1807年に完成させた大作。1804年、パリ・ノートルダム大聖堂で挙行されたナポレオンの戴冠式を描いたもので、縦6.2×横9.8メートルの大画面に191人の人物が描かれている。 撮影=小野祐次

「大画面の壮麗なこの作品の前に立つと、描かれた人々の表情やレースのひと筆に宿る気配、制作に注がれた時間と体力、精神力……。そういったあらゆるエネルギーが胸に迫り、何度見ても新たな感動が湧き上がってきます」と中村さんは目を輝かせながら語ります。

「ルーヴル美術館」で響き合う二つの傑作、機械美の芸術

特別展『Mécaniques d’Art(メカニック・ダール―機械美の芸術)』で展示されたヴァシュロン・コンスタンタンの新作《ラ・ケットゥ・デュ・タン(時の探求)》と、ルーヴル美術館が所蔵する、1754年に製作された振り子時計《天地創造》。 撮影=小野祐次



「ルーヴル美術館」はまた、中村さんにとって芸術鑑賞の場であると同時に、忘れがたき夜を過ごした場所でもあります。「ヴァシュロン・コンスタンタン」が270周年を記念し製作した天文時計《時の探求》のお披露目とガラディナーがマルリーの中庭で盛大に開催され、「ヴァシュロン・コンスタンタン」を愛用する中村さんは2023年に続き、お祝いイベントに参加。

ヴァシュロン・コンスタンタンの集大成
《ラ・ケットゥ・デュ・タン(時の探求)》

2025年9月、「ヴァシュロン・コンスタンタン」の創業270周年を記念して発表された新作の天文時計が、「ルーヴル美術館」でお披露目された。高さ1メートルを超え、23種の複雑機能を備えた時計は、内蔵オルゴールの約1分半の音楽に合わせ、ドーム中央のオートマトン(自動人形)が144種の動作を行い、メゾン誕生の日の天空図と現時刻を示す。精緻を極めた先進的な技術で計15件の特許を出願するという史上初の大作は、7年の年月をかけて製作された。 撮影=小野祐次

この天文時計は、同館の特別展『Mécaniques d’Art(メカニック・ダール―機械美の芸術)』において、18世紀にルイ15世へ献呈された機械式時計《天地創造》と並んで展示され、その時を超えた機械美の芸術は太陽王ルイ14世の大きな肖像が見守ります。

ルイ15世に献呈された
《天地創造》

「ルーヴル美術館」が所蔵する、1754年に製作された振り子時計。天地創造の瞬間における諸要素(大地、水、空気、火)、自転する地球、太陽系の星々の動きと月の満ち欠けを示す機構などが盛り込まれている。2016年に「ヴァシュロン・コンスタンタン」が修復を支援。これを機に、「ルーヴル美術館」とのパートナシップが2019年より正式に始まった。以降、技術、芸術の保護、継承に関わる多くのコラボレーションを行っている。 撮影=小野祐次

「ヴァシュロン・コンスタンタン」といえば、創業1755年、世界最高峰の時計製造メゾン。2016年には、ルーヴル美術館所蔵の《天地創造》の修復を支援したことを機に、芸術、文化、技術の保護と継承という同じ理念のもと、パートナシップを結び、両者は数々のプロジェクトを行ってきました。

今回、世界で初披露された《時の探求》は、《天地創造》に着想を得た作品で、時刻表示とオートマトンの動作を統合させるという、かつてない高度な技術を完成させました。それは単なる技術的挑戦にとどまらず、時間そのものを“美”として表現した作品でもあります。探求心と技術力、そして創造性。人間のもつ力がこの置時計の誕生へと結実し、人の手によってこそ成し遂げられた唯一無二の結晶となりました。

「壮大で美しく、時を超える芸術的な手仕事。どれだけ見ていても見飽きることがありません」と、細部まで目を凝らす中村さん。じつは中村さんは大の時計好きで家族や大切な人には、折々に時計を贈ってきました。「婚約指輪のお返しには『ヴァシュロン・コンスタンタン』を」と心に決めていたのだとか。

「23歳のとき、アナウンサーの先輩が着けてらした「ヴァシュロン・コンスタンタン」の時計を見た瞬間、なんて美しい時計なんだろうと目を奪われました。それ以来ずっと、私の憧れであり続けています」

唯一無二の技術は機械芸術以外の分野でもフランスで受け継がれています。リモージュ焼きもその最たるものと言えるでしょう。なかでも中村さんのお気に入りは「ジャン・ルイ・コケ」。パリのブティックは「ルーヴル美術館」から歩いて行ける距離にあります。

「フランスに来てから知ったこのメゾンは、何度見てもいいな、と思える。そう感じるものが年を重ねるとともに少なくなってきているいまでも『コケ』への魅力は変わりません」と熱く語る中村さん。フランス人の夫・バルトさんもこのメゾンの器を愛用しており、オフィスでも「コケ」のカップ&ソーサーで来客をもてなしています。

古代から現代に至る人類の叡智と世界の美が集う「ルーヴル美術館」。かつての王宮であった建物の前に、イオ・ミン・ペイ設計によるガラスのピラミッドが輝いている。伝統と革新が交差するパリの象徴ともいえる光景。 撮影=小野祐次

ルーヴル美術館
Musée du Louvre
パリ中心に位置する世界最大級の美術館。もとは王宮だが、フランス革命後の1793年、王家のコレクションを引き継ぎ美術館として開館。古代から19世紀にかけての世界の美術品およそ38万点を所蔵。人類の文化遺産を守り、研究・修復を通じて次世代へ継承する役割も担っている。

DATA
開館時間/9時~18時(水・金曜は~21時)
休刊日/火曜
tel.+33-1-40-20-53-17
Google mapで確認
Musée du Louvre 75001 Paris, France

ルーヴル美術館

フランスで受け継がれるリモージュ焼き

パリ8区、ロワイヤル通りにあるブティックで笑みを浮かべながら商品を愛でる中村さん。金彩の球体が特徴的な「レーヴ(夢)」は、フランスの彫刻家、トマ・バスティッドとコラボレートした新しいコレクション。 撮影=小野祐次
世代を超えて受け継ぎたい定番のシリーズが勢揃い。 撮影=小野祐次
植物模様のレリーフがひと際エレガントなシリーズ「スワン(白鳥)」に、金とプラチナを施したバージョンが登場。 撮影=小野祐次

ジャン・ルイ・コケ
J.L Coquet

1824年創業、リモージュ近郊サン・レオナール・ド・ノブラで伝統の技を継承してきたフランスを代表する名窯。内側から輝くような独特の美しさをもつ白磁、精緻な彫刻線、上質な金彩を施したクリエーションの数々は、世界中の名だたるシェフたちも憧れを抱く逸品。

DATA
営業時間/10時30分~13時、14時~18時30分
定休日/日・月曜
tel.+33-1-53-05-12-20
Google mapで確認
7 Rue Royale, 75008 Paris, France

ジャン・ルイ・コケ

なかむらえりこ●1969年東京都生まれ。フジテレビのアナウンサーを経てフリーアナウンサーに。2001年フランス人実業家シャルル=エドワール・バルトさんとの結婚を機にパリに生活の拠点を移す。1男2女を育てつつ、多数の著書を執筆し、メディアでの幅広い活動を展開。

撮影=小野祐次 ヘア&メイク=御幸 剛 コーディネート・取材・文=鈴木春恵 監修=柴田 充 編集=吉岡尚美(婦人画報編集部)

『婦人画報』2026年1月号より

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