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行定勲監督がタイトルに込めた真意とは?観るたびに感動が深まる映画、『楓』をひも解く

  • 2025.12.29

1998年にリリースされた、スピッツの同名楽曲からインスパイアされたオリジナルストーリーが描かれる『楓』(公開中)。『世界の中心で、愛をさけぶ』(04)や『ナラタージュ』(17)で知られる行定勲監督がメガホンをとり、福士蒼汰と福原遥がダブル主演を務めた本作は、“ラブストーリー”であると同時に、大切な人を失った喪失感を抱えた2人の男女の“再生”を描いた物語でもある。涼と亜子が抱える“優しい秘密”と、その裏に隠された真実が、物語の進行と共に少しずつ輪郭を帯びていく構成が大きな特徴である本作が、観る者の心に深く残る理由をひも解いていこう。

【写真を見る】ストーリーと密接につながる、スピッツの原案楽曲のタイトルでもある“楓”の花言葉は?

※本記事は、一部ネタバレを含みます。未見の方はご注意ください。

大切に思う人に打ち明けられない秘密…

須永恵(福士)と木下亜子(福原)は、共通の趣味である天文の本や望遠鏡に囲まれながら、幸せに暮らす恋人同士。しかし実は、恵は双子の弟のフリをした兄の須永涼(福士/一人二役)。本物の恵は1か月前にニュージーランドで事故に遭い他界。亜子はそのショックから涼を恵だと思い込んでしまい、本当のことを言えずにいた涼は、戸惑いながらも亜子に惹かれてしまう。一方で、亜子にも打ち明けられない秘密があり…。

事故で亡くなった弟のフリを続けながら、喪失感と愛情の狭間で葛藤する涼(福士蒼汰) [c] 2025 映画『楓』製作委員会
事故で亡くなった弟のフリを続けながら、喪失感と愛情の狭間で葛藤する涼(福士蒼汰) [c] 2025 映画『楓』製作委員会

最愛の恋人・恵を亡くした亜子が、目の前に現れた涼を恵だと思い込むシーンから物語は始まる。亜子が涼を「恵ちゃん」と呼びかけるのは、悲しみのあまり現実を取り違えたからなのか、あるいは“そう思い込もうと選択”したからなのか。いずれにしても彼女は、涼と過ごすことで失われた日常を取り戻していく。

一方の涼は、恵のフリを続けながら、恵と同じように亜子を大切に想い、彼女のそばにいることを選択する。左利きの恵を演じるために、右利きの涼が左手で「須永恵」と書く練習をするシーンがある。それは亜子のために役割を演じることで自分自身を縛ろうとしているのか、それとも忘れられない弟の存在を自分自身のなかになじませようとしているのか。彼は愛情と喪失感の狭間で揺れ動くことになる。

「楓」の花言葉が反映されるディテールで伏線回収

【写真を見る】ストーリーと密接につながる、スピッツの原案楽曲のタイトルでもある“楓”の花言葉は? [c] 2025 映画『楓』製作委員会
【写真を見る】ストーリーと密接につながる、スピッツの原案楽曲のタイトルでもある“楓”の花言葉は? [c] 2025 映画『楓』製作委員会

原案楽曲のタイトルでもあり、そのまま映画のタイトルにもなっている“楓”。物語全体を通して象徴的に機能していくこの花の花言葉は、「大切な思い出」や「調和」、「美しい変化」、そして「遠慮」。2人の関係を通してそのすべてを網羅するように描かれているが、行定監督が特に重視していたのは「遠慮」というキーワードだったそうだ。

「人のために自分の気持ちを“遠慮”させて相手のことを想う男と、その想いに気付きながらも、亡くした最愛の人のことを想いつづける女。“遠慮”をこの物語の核にして、恋愛を描きたいと思いました」。一見穏やかな日々を送るなかでそれぞれが抱える、相手を思うがゆえに言えない本当の気持ち。そのために積み重ねられていく嘘や秘密は、徐々に2人の関係に小さな違和感を与えることになる。

穏やかな時間を楽しんでいるように見える亜子(福原遥)にも、ある秘密が… [c] 2025 映画『楓』製作委員会
穏やかな時間を楽しんでいるように見える亜子(福原遥)にも、ある秘密が… [c] 2025 映画『楓』製作委員会

やがて明かされる亜子の秘密は、それまで物語のなかで描かれてきた2人の日常を、まったく異なる意味合いで照らしだすことだろう。行定監督たち作り手側は、楽曲の歌詞の受け取り方が一人一人違っているように、映画でも物語としての一つの事実があっても明確にテーマを掲げることを避け、随所に余白を散りばめて観客に自由な解釈をする余地を残すことを大切にしたという。

わずかな視線の揺れや、言葉を選ぶ時の間。向けられた言葉や何気ない仕草、互いの距離感。“真実”を知ってからもう一度観ると、どれも最初に観た時とは違ったものに見えるはずだ。そして自ずと観客自身の記憶や経験にも結びつき、最後に流れる「楓」の歌詞にも心を揺さぶられる。涙と共に溢れだしてくる余韻に浸りながら、観るたびに感動が深まる愛と再生の物語を味わい尽くしてみてはいかがだろうか。

文/久保田 和馬

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