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【ばけばけ】行間大爆発!屈指の名場面に震える前半折り返し。あまりにも精錬で美しい、見事な気持ちの通じ合い

  • 2025.12.29

【ばけばけ】行間大爆発!屈指の名場面に震える前半折り返し。あまりにも精錬で美しい、見事な気持ちの通じ合い

1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。『怪談』でおなじみ小泉八雲と、その妻 小泉節子をモデルとする物語。「ばけばけ」のレビューで、より深く、朝ドラの世界へ! ※ネタバレにご注意ください

ブレのない演出が頼もしくある

人が生きる中で、何度も訪れる出会いと別れ。NHK連続テレビ小説『ばけばけ』は、その大切さを強く意識して描かれているように感じる作品だ。しかも、それが大仰すぎず、どちらかといえば静かに、そしてなにげない日常の積み重ねのようなトーンで描かれてきている。

髙石あかりが演ずるヒロインのトキのもとに、ある日、前夫・銀二郎(寛一郎)からの手紙が届く。そこに書かれていたのは、松江を訪れるということだった。東京での生活のなかでのすれ違いによって別れ、松江に帰ってきたトキだが、今もまだうっすらとした思いは残るようで、気持ちは少し乱れる。日常を重ねる中で少しずつ確かなものに育まれつつあったヘブン(トミー・バストウ)への思いがある中だけに、自覚はないようにも見えるが、複雑な心境だ。

「おトキとやり直すために、お願いに参りました」
松野家を訪れた銀二郎は、こう挨拶する。未熟だった自分を詫び、あらためてやり直しを願う。銀二郎が言うには、東京で起業し、月に200円を稼ぎ出すほどの大成功を収めているとのことだ。

離婚はしたものの、トキと銀二郎の関係は、とても清廉なものとして描かれてきた。嫌いになったわけではなく、縁が少し悪かっただけ。そんなふうにある意味「純愛」を貫いたままといった印象を残した別れだっただけに、二人がふたたび出会い距離を近づけることはごく自然に受け入れられる。

そんなロマンチックな再会の場面でありながら、頭を下げる銀二郎を取り囲む松野家の面々+サワ(円井わん)の〝小芝居〟がすぎて、ときめきそうな気持ちを笑いでかっさらっていく。そこは、この〝小芝居〟による笑いは、この作品の大きな魅力であると思う。

娘を捨てたとまた斬り捨てようかというフリをしつつ寛容に銀二郎を受け入れる祖父の勘右衛門(小日向文世)、前述した月に200円という銀二郎の成功を聞いた途端に色めきたち、長期間離れていただけだと都合のいいことを言う父の司之介(岡部たかし)、そして銀二郎の「やり直し」発言を聞き、野次馬的に驚くサワの〝顔芸〟。

決して劇的にせず、トキの少女時代からずっと重ねられてきた、ちょっとした笑いの要素をこうした夫婦の再会という重要な局面にももってくる。そのブレのない演出が頼もしくある。

銀二郎とトキは、あらためて会う約束をする。その日の休みを「知り合いに会う」とヘブンに願い出ていたが、いったんは「ホリュウ」とされていた。この「ホリュウ」にもまた、ヘブンにとっての複雑な思いが込められている。

銀二郎の松江訪問と時を同じくして、ヘブンがずっと大切にしている写真立の女性、イライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)が松江の港に降り立つ。ヘブンの元にもイライザからの手紙が届いていたのだ。

それを知ったトキは、
「明日、知り合い、会う、言いました。それ……前の夫、会います」
例によって、区切り区切り丁寧にヘブンに真実を明かす。

「シリアイ、ナイ……」
少しショックを受けた様子のヘブンに、
「すみません、つれあいでした」
とトキは言う。

トキとヘブンがそれぞれ抱く思いは、本当は明らかである。しかしお互いそれに気づいていないのか、気づかないように抑えているのか、どこかもどかしい雰囲気のまま少しずつ距離を近づけてきていた。あとは気づくだけというタイミングでそれぞれ届き気持ちを揺らす二通の手紙。

ドラマとして饒舌にしない魅力が濃密に

トキとヘブンだけでなく、銀二郎、イライザにもそれぞれの思いがある。トキが銀二郎の「やり直し」を受け入れたら、そしてヘブンがずっと言い続けている〝ラストピース〟が埋まることもまた、トキとヘブンの現時点での〝気付かぬ純愛〟は終わりを告げることとなる。

そんな4人の織りなす思いが大仰でなく、静かなトーンで光に照らされる宍道湖をはじめとした松江の美しい景色とともに描かれていく演出がまた、このドラマの恋愛ドラマとしてのせつなさときらめきを存分に届けてくれる。

「やり直そう。東京で一緒に暮らそう」
宍道湖のほとりで「告白」する銀二郎。なんとも美しい告白シーンである。

しかし、それ以上、それ以降の二人の最終的なやりとりは描かれていない。そしてまた、ヘブンとイライザもまた、同じである。

橋の上で立ち止まり頬を伝う涙を笑顔を浮かべながら拭うトキ。その姿を花田旅館から見つめる銀二郎。そして、そんな銀二郎に、「私とあなた、一緒ね」と言うイライザ……

4人がどうなったかを、視聴者は「行間」から読み解き、理解する。ある種の奥ゆかしさ、ドラマとして饒舌にしない魅力が濃密に詰め込まれている。

銀二郎は、再び松野家で頭を下げ、トキを愛している。だからこそ、幸せになってほしい。「だけん、諦めます」と言った。しかし、そこに「もう逃がさんぞ」という勘右衛門の台詞でやはりちょっと笑いを入れてくるところも徹底した見事な照れ隠しのバランス感覚だ。

それぞれの「別れ」を通過し、寂しさや悲しさを抱えながら再会したヘブンとトキ。

「サンポ……イッテキマス」
寂しげな背中を見せ橋を渡っていくヘブンを引き留め、
「私も……ご一緒してええですか?」
笑顔で言うトキ。
「……はい」
一言だけ答える。同意というよりもこの返事は受け入れであろう。

そして、このクライマックスでハンバートハンバートが歌う主題歌「笑ったり転んだり」が流れ、作品タイトルが流される。
この第13週のサブタイトルは、「サンポ、シマショウカ。」である。そう、「笑ったり転んだり」の歌詞そのままである。

歌が終わり、「サンポ」する二人がたどり着いた夕日に照らされた宍道湖のほとり。そこに立った二人は何も言わず、手をつなぐ。主題歌以降、台詞は一切ない。夕日の中、強い影が落とされた二人の表情も判明しない。しかし、二人の気持ちがここでとうとう通じ合ったことは、はっきりとわかる。行間大爆発、あまりにも精錬で美しい、見事な気持ちの通じ合いである。

屈指の名場面とともに、前半を折り返した本作品は、年を超えていよいよ二人が本格的に力を合わせていくさまが描かれていくことになるだろう。やはり、なにげない日常が静かに積み重ねられながら。

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