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フグ毒を目に注射して脳を強制再起動すれば大人の弱視が治る可能性【MIT】

  • 2025.12.28
Credit:OpenAI

弱視(amblyopia)は、幼いときに斜視や不同視(左右の度数差が大きい)など、なんらかの理由で片目の情報が上手く得られない状態が続いたとき、脳がその目の情報を『不要なノイズ』として無視するようになってしてしまい、眼鏡などで矯正しても片目だけ視力が出なくなる症状のことです。

この症状に対する現在の代表的な治療法は、健康な方の目を覆って弱視の目を使うよう促す「パッチ療法」です。

しかしパッチ療法は、脳で視覚回路の作り替え可能な幼少期を過ぎると効果が出にくくなります。そのため、弱視は「大人になってからの回復が難しい」と考えられてきました。

ところが、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology:MIT)を中心とする研究チームは、目にフグ毒(TTX:テトロドトキシン)を微量注射して、網膜の活動を一時的にシャットダウンさせるというマウス実験を実施し、大人のマウスの弱視を劇的に回復させることに成功しました。

さらに驚くべきことに、この方法は、従来治療とは逆に「弱視の方の目(悪い方の目)」を一時的に麻痺させても回復したのです。

この研究の詳細は、2025年11月25日付で学術誌『Cell Reports』に掲載されました。

目次

  • 網膜の神経を一時停止させると大人でも弱視が治る
  • まるで脳の回路が再起動している

網膜の神経を一時停止させると大人でも弱視が治る

弱視(amblyopia)は、片目だけ極端に視力が低い症状のことですが、これは近視や遠視、乱視などとは根本的に異なります。

近視や遠視、乱視は「屈折異常(refractive error)」と呼ばれる状態で、眼球の長さや厚み、角膜の形のバランスがずれることで、網膜に上手くピントが合わない状態を指します。そのため、メガネやコンタクトレンズで光の屈折を補正すれば、多くの場合ははっきり見えるようになります。

一方弱視は、生まれつき「斜視」や片目の「眼瞼下垂(まぶたが垂れ下がって見えづらい状態)」、先天性白内障などで片方の目から届く映像が正常でないとき、脳がその目の情報を「いらないもの」とみなしてカットするようになることで起こります。

これは言わば、目から信号は来ているのに、脳が映像処理をサボっている状態なので、メガネやコンタクトレンズで矯正しても視力が回復しません。

弱視は治療可能ですが、それは神経が発達段階の幼少期までで、大人になると治療は困難とされてきました。

しかしこの「大人になってからはもう手遅れ」という前提に、長年疑問を投げかけてきたのが、マサチューセッツ工科大学のマーク・ベアー教授らの研究チームです。

研究チームはこれまでの研究で、弱視のときに脳内でどのように神経回路が作り替えられるのかを詳しく調べる中で、ある奇妙な現象に気づきました。

それは、動物の網膜の神経活動を一時的に完全に止めると、本来は回復しないはずの大人の弱視でも、脳の視覚応答が元に戻ってくるという現象です。

2016年には、両方の網膜を数日間だけ麻酔して神経活動を止めると、弱視によって低下していた視力が回復しうることが報告されました。

続いて2021年には、弱視ではないほうの「よく見える目」だけの網膜を一時的に麻酔しても、弱視側の目の見え方が改善することが示され、子どものパッチ治療に似た効果を、大人の動物でも誘導できることが分かりました。

つまり、「網膜の神経活動を一度停止させる」という極端な操作を行うと、臨界期を過ぎた脳でも弱視からの回復が起こり得ることが、すでに一連の動物実験で確かめられていたのです。

しかし、この時点ではまだ大きな謎が残っていました。

なぜ網膜の神経活動を止めると、大人の視覚回路でも再び変化が始まるのでしょうか。そして、従来は「良いほうの目を止める」ことが前提でしたが、本当にそれが必須なのでしょうか。

今回の新しい研究は、こうした疑問について検証してみることにしたのです。

まるで脳の回路が再起動している

研究チームは、網膜の神経を一時的に停止させ視覚情報を脳に送らないようにしたとき、視覚情報の中継地点である視床外側膝状体(lateral geniculate nucleus:LGN)と一次視覚野の神経活動がどのように変化するのかを詳しく調べてみました。

そこで、研究チームが注目したのは、「バースト発火(burst firing)」と呼ばれる視床の神経細胞の発火パターンです。

バースト発火とは、神経細胞が短い時間に電気信号を立て続けに発する活動で、胎児期から生後まもないころの発達初期の脳でよく見られるリズムです。

研究者たちは、網膜の活動を一時的に完全停止させると、この発達初期に特有のバースト発火が大人の脳でも強く現れ、それが弱視の回復を引き起こしているのではないかと考えました。

この仮説を確かめるために、研究チームはマウスに発達期の片眼遮蔽(monocular deprivation)を行い、人工的に弱視の状態を作りました。そしてテトロドトキシン(tetrodotoxin:TTX)という物質を用いて、片側の網膜から脳への信号を完全に遮断する実験を行いました。

TTXはフグ毒として知られる成分で、一般の人には死に至る猛毒のように認識されていますが、実際は神経細胞の活動を一時的に止める作用を持つ成分です。研究ではTTXの量を安全に制御して、網膜の構造を傷つけることなく活動だけを止めるための手段として利用されています。

実験の結果、健常なほうの目を一時的に不活化すると、弱視の目に対応する視覚野の応答が劇的に改善することが確認されました。しかしこの結果より驚きだったのは、弱視側の目のを不活化しても、同じように視覚応答が回復した点です。

これまでの弱視治療の発想では「良いほうの目を抑えて弱視の目を使わせる」ことが前提でしたが、この実験結果はその前提を覆すものです。

さらに研究チームは、視床のバースト発火が本当に回復に必要なのかどうかを調べるために、T型カルシウムチャネル(CaV3.1)というタンパク質を欠損させた特別なマウスを使いました。これはバースト発火を起こすために不可欠な要素であり、その働きをなくすことで視床がバースト発火を出せなくなります。

結果として、視床でバースト発火が起こらないマウスでは、健康な目の神経を一時停止させても弱視は回復しませんでした。

この事実は、視床のバースト発火こそが弱視改善の決定的な要因であることを強く示しています。

研究者たちはこの結果をもとに、網膜を一時的に不活化することで脳の視覚回路が「発達初期の可塑性(plasticity:神経回路が変化しやすい状態)」を取り戻すのではないかと考察しています。

つまり大人の脳であっても、適切な条件を与えると、まるで「再起動(reboot)」したかのように使われなくなっていた視覚回路が再び学習可能な状態へ戻る可能性があるのです。

今回の研究は、弱視治療の考え方を「どちらの目を使わせるか」ではなく、「脳の中でどんな神経活動を促すか」が重要であることを示しています。

もちろん、この研究はまず動物モデルでの結果であり、すぐに人間への臨床応用に直結するものではありません。しかし、これまで「大人では治らない」とされてきた弱視に対して、新しい扉が開かれたことは確かです。

研究チームは今後、より安全で非侵襲的な方法で視床の活動モードを切り替える手法を検討するとしています。脳が持つ潜在的な回復力を引き出す治療は、弱視だけでなく他の神経疾患にも応用される可能性があり、今後の展開が期待されます。

参考文献

MIT study shows how vision can be rebooted in adults with amblyopia
https://news.mit.edu/2025/how-vision-can-be-rebooted-in-adults-with-amblyopia-lazy-eye-1210

元論文

Temporary retinal inactivation reverses effects of long-term monocular deprivation in visual cortex by induction of burst mode firing in the thalamus
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.116566

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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