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サーチライトが配給権を獲得した『アン・リー/はじまりの物語』に込められた制作陣の熱意と”いま、女性のリーダーシップについて語ること”の重要性

  • 2025.12.25

今年のヴェネチア国際映画祭でプレミア上映された『アン・リー/はじまりの物語(原題:The Testament of Ann Lee)』。約15分間のスタンディングオベーションで迎えられ、映画祭期間中、最も話題に挙がることが多い作品だった。争奪戦の末にサーチライト・ピクチャーズが配給権を獲得し、12月25日に北米にて劇場公開された。

【写真を見る】『アン・リー/はじまりの物語』は2026年初夏に日本でも公開される

監督・脚本・製作のモナ・ファストヴォルド、製作・脚本のブラディ・コーベットは、昨年のヴェネチアをにぎわせた『ブルータリスト』(24)のコンビ。今作では18世紀アメリカに実在したシェーカー教の指導者であるアン・リーの生涯を音楽と身体表現で描き、主演のアマンダ・セイフライドの憑依したような熱演にも賞賛が集まっている。

【写真を見る】『アン・リー/はじまりの物語』は2026年初夏に日本でも公開される [c]2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
【写真を見る】『アン・リー/はじまりの物語』は2026年初夏に日本でも公開される [c]2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

「アン・リーのリーダーシップの在り方は、いまこそ語るべき重要なことだと思う」(モナ・ファストヴォルド監督)

シェーカー教は18世紀にキリスト教から枝分かれする形で英国で発足。独身主義と集団生活を戒律とするシェーカー教は1774年にアメリカへ渡り、現在に至るまで様々な分野に多大な影響を与えている。シェーカー教徒たちは自給自足で家具などを作り、恍惚とした歌とダンスの身体表現を通じて礼拝を行うことで知られている。ファストヴォルド監督は記者会見で、シェーカー教、そしてアン・リーの物語を語ることに深く心を動かされた理由を次のように語った。

「まず第一に、いま、女性のリーダーシップについて語ることは明らかに興味深いことだと思います。個人的に、男性優位の業界で映画制作や芸術創作に取り組むなかで、私は常に現場で異なる文化やコミュニティを築こうと努めています。温かく、思いやりがあり、全員への深い共感に満ちた環境を創出しようとしています。アン・リーの物語で特に心に響いたのは、彼女のリーダーシップの在り方です。私は無宗教の家庭で育ち、宗教とは一切かかわりがありません。そして、アン・リーの思想のすべてに賛同するわけではありません。それでも、彼女があの時代において、男性、女性、有色人種、そして子どもたちの誰もが平等に扱われる場を作ろうと、共感と優しさをもって導いた姿勢には共感します。いまこそ語るべき、重要なことだと思います」

監督を務めたモナ・ファストヴォルド(左)と主演のアマンダ・セイフライド(右) Credits Aleksander Kalka, La Biennale di Venezia - Foto ASAC
監督を務めたモナ・ファストヴォルド(左)と主演のアマンダ・セイフライド(右) Credits Aleksander Kalka, La Biennale di Venezia - Foto ASAC

この野心的なプロジェクトは、960万ドル(約14億円)で作られた『ブルータリスト』同様、1000万ドル以下の予算、かつ35mmフィルムを用いてハンガリーで撮影されている。共同脚本・製作を務めたブラディ・コーベットは「『シェーカー教のミュージカルを作りたい』という(映画製作会社への)プレゼンは、簡単なものではありませんでした」と認めた。限られた予算ながら、ファストヴォルド監督は大規模なセットでの精緻なミュージカルシーンを作り上げた。「アン・リーの物語は壮大で、すばらしい映画に値すると思いました。男性のアイコンについての物語を壮大なスケールで描く映画を何度も観てきましたが、このような女性についての物語は、いままで1作品も見ることができませんでした。ジャンヌ・ダルクくらいでしょうか?」とファストヴォルド監督は語る。

「この作品の価値とモナのビジョンを理解する人々が集う撮影現場だった」(アマンダ・セイフライド)

主演のアマンダ・セイフライドは、出産や暴力的なシーンなどを含む過酷な役どころだったにもかかわらず、撮影を「喜びに満ちた体験でした」と振り返った。

実在したシェーカー教の宗教指導者、アン・リーを演じたアマンダ・セイフライド Credits Aleksander Kalka, La Biennale di Venezia - Foto ASAC
実在したシェーカー教の宗教指導者、アン・リーを演じたアマンダ・セイフライド Credits Aleksander Kalka, La Biennale di Venezia - Foto ASAC

「モナ(ファストヴォルド監督)の導き方、そして私たち全員がシェーカー教徒のように平等で、誰もに役割があり、非常に平等なコミュニティ主導の体験をすることができました。数多くの困難に立ち向かえたのは、愛に満ちたアーティストたちに囲まれ、完全に守られ支えられ、この作品の価値とモナのビジョンを理解する人々が集う場所だったからだと思います。映画制作において、これは信じられないほど稀有なことで、もう二度と起こらないかもしれません」とセイフライドは述べる。

するとファストヴォルド監督は、「アマンダには圧倒的な力強さがあります。本当に強い女性で、すばらしい母親であり、少し狂気的な面もあります。だからこそ、彼女が優しさ、穏やかさ、慈愛も表現できると確信しました。私たちくらいの年齢で、そうした要素のすべてを探求できるのは本当に刺激的だと思います」と絶賛。その信頼に応え、セイフライドは圧倒的な演技を見せている。

「監督は常に一貫し、整合性のあるビジョンを持ち続ける人であるべき」(ブラディ・コーベット)

ファストヴォルドとコーベットのコンビは、昨年のヴェネチアで絶賛され、アカデミー賞で3部門受賞した『ブルータリスト』の脚本も共同執筆している。コーベットは、二人の協働関係について持論を展開する。

「私たちの間では、“監督”として主導権を握るのは一度に一人のみと決めています。今作の最終編集権を持つのはモナです。彼女が『アン・リーの映画を作りたい』と言い出したからです。そして、私たちはシェーカー教のデザイン、特に美しい家具に魅せられていました。彼らの建築形式は米国北東部で重要な意味を持ちます。シェーカー教は音楽を取り入れた宗教で、モナはダンスと舞台芸術の背景を持つため、今作はミュージカル映画でなくてはならないと早い段階で気づきました。私が『ブルータリスト』を手がけている間、彼女は『私は次にアン・リーをやりたい』と言い、互いの作品に対し意見交換を重ねてきました。今作で私はセカンド・ユニット演出を担当しましたが、監督は常に一貫し、整合性のあるビジョンを持ち続ける人であるべきだと考えます」

「動きや歌声を通じて信仰や奇跡を表現する瞬間を、自分なりに再構築した」(モナ・ファストヴォルド監督)

本作は18世紀を舞台にしながら、現代的な印象も与える。荘厳な讃美歌を現代的にアレンジした音楽も見事で、ファストヴォルド監督の前作『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』(20)も担当し、『ブルータリスト』でアカデミー賞作曲賞を受賞したダニエル・ブルームバーグが手がけている。ブルームバーグはシェーカー教の賛美歌を1000曲近くも研究し、それらを現代的に再解釈した。

【写真を見る】本作の音楽を手掛けたダニエル・ブルームバーグ(左)と共同脚本を担当したブラディ・コーベット(右) Credits Jacopo Salvi, La Biennale di Venezia - Foto ASAC
【写真を見る】本作の音楽を手掛けたダニエル・ブルームバーグ(左)と共同脚本を担当したブラディ・コーベット(右) Credits Jacopo Salvi, La Biennale di Venezia - Foto ASAC

また、ダンスシーンでは、コーベット監督の『ポップスター』(18)にも参加しているセリア・ロールソン・ホールによる振付が見られる。ファストヴォルド監督が、「この映画は伝統的なミュージカルでも、伝統的な伝記映画でもありません。大量の音楽と大量のダンスが登場する映画であり、あまり知られていない歴史上の人物を題材としています。だから、私は多くのことを自分なりに再構築する必要があると感じました。正直なところ、この作品の本質を捉えた例をまったく見つけられなかったので、他のミュージカルを参考にするのも困難でした。動きや歌声を通じて信仰や奇跡を表現する瞬間を、映画のなかでどこに配置すべきか構成する作業が中心になりました」と語るように、映画のすべての要素を有機的に組み合わせることが重要だったという。

ヴェネチア国際映画祭レッドカーペットでの集合写真 Credits Aleksander Kalka La Biennale di Venezia - Foto ASAC
ヴェネチア国際映画祭レッドカーペットでの集合写真 Credits Aleksander Kalka La Biennale di Venezia - Foto ASAC

2年連続でヴェネチアの熱狂的な支持を受け、現在最も注目される映画作家であるモナ・ファストヴォルドとブラディ・コーベット。音楽、ダンス、建築、そして映像を用いて芸術活動を続ける気鋭のクリエイターの新作は、2026年初夏に日本での公開も決定している。

取材・文/平井伊都子

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