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夫「感謝してほしくて介護してたの?」私「ごめんね、じゃあ…」3日後、鳴り止まない着信

  • 2025.12.24

義両親は車で1時間ほどの距離に住んでいて、お盆やお正月に顔を出す程度のお付き合いをしていました。義母はさっぱりした人柄で、私にも気を遣ってくれる人です。
関係性は悪くありませんが、同居となるとそれは別の話で——。

夫から同居の話を持ちかけられたときは、正直戸惑いました。義父の体調が悪く、義母ひとりに負担がかかっているとのこと。夫は「義母を助けてあげたい」と話していました。


しかしわが家は共働き夫婦。ただでさえ毎日バタバタしているのに、介護まで引き受ける自信はありません。同居は難しいと伝えると、夫は「介護は自分が担当する」と言いました。「だから同居だけは受け入れてほしい」と……。

そこまで言われるのなら……と思い、私たちは、義実家で同居生活を始めることになったのです。

約束は1カ月で破られた

同居が始まった当初、夫はたしかに頑張っていました。義父の通院に付き添い、義母の代わりに買い物へ行き、休日には掃除や洗濯も積極的にこなしていたと思います。


しかしそれは最初の1カ月だけ。何かしらの理由をつけて「行けない」「できない」と言って義両親のことを放置するようになり、少しずつ義両親の介護は私の担当にシフトしていったのです。

そんな生活が続いたある日、義母が腰をひどく痛めてしまいました。夫が十分に義父のお世話や家事ができない分、義母は無理を重ねていたと思います。病院に行くと、過労の症状もあり安静が必要とのこと。一晩入院することになりました。

義母のことは心配ですが、同時に私の胸に重くのしかかったのは「この先、介護の負担がさらに増える」という現実でした。

さらに、義母が入院したというのに夫に連絡がつきません。病室でため息をついていると、義母が私に言いました。

「無理だと思ったら同居はやめてもいいのよ。介護ってやってみないとわからないほど大変なものだから。息子の“親孝行したい”気持ちに、あなたが振り回される必要はないの」この生活がいつ終わるのか、ことあるごとに考えていた私はドキッとしました。話をしていると、義母は本心から私のことを心配してくれているようでした。

介護は偽善!?

夫から連絡があったのは翌朝のこと。飲み会で酔い潰れて、近くのホテルで寝ていたそうです。


私は昨夜の一部始終を伝え、これからは介護を分担しないとやっていけないと言いました。しかし夫から良い返事はもらえません。ついには「俺のほうが収入があるんだから、仕事に差し支えることがないように支えるのが妻の役目じゃないの?」と丸投げ宣言!

それなら施設やデイサービスの利用も視野に入れたいと言うと、夫は「誰がその金を出すんだ!? お前がやればタダなのに!」とお金の心配しかしません。


さすがに聞き流すことができず、私はこれまでの不満を、感情的にならないように気をつけながら、1つずつ伝えました。通院の付き添いも薬の管理も家事も、義父母の身の回りのことも、ほとんど私が担ってきたこと。そのうえで、感謝の言葉ひとつなかったこと――。


それを聞いた夫の口から出た言葉は、想像の斜め上を行くものでした。

「逆に聞くけどさ。感謝してほしくてやってたの? そういう気持ちなら、俺は正直ちょっとひく!」「俺は介護してくれなんて頼んでない」「勝手にやったくせにキレるな」と夫は続けます。

これ以上話しても通じないと感じ、気付いたら「じゃあ、もう何もしないね」と返していました。

すると夫は「極端だろ! 家族なんだから助け合うのが普通だろ」と慌てた様子。言っていることが、どう考えても噛み合っていませんでした。


「私に何かしてほしいなら、しっかり『お願い』してね。私が協力したらきちんと『ありがとう』って言って!」そう送ると、すぐに既読はつきました。しかし、その後返信はありませんでした。

夫の介護

その翌日、義母には事情を話したうえで、私は介護や義実家の家事から距離を置くことにしました。夫は義両親を無視はできず、渋々介護に手を出すようになったのです。

しかし夫の介護はうまくいかず、どうしていいかわからず戸惑うことが多かったようです。困った義両親が私に電話をかけてくることもしばしば……。

音を上げた夫から電話がかかってきたのは3日後のこと。「あれはどうしたらいい?」「毎日クタクタだ……」そう言いますが、私はもう手出しをしないと決めています。

夫は何度も「無理だ」「仕事と両立なんてできない」と繰り返し、最後には、「お前がやらないと、この家は回らないんだよ!」と、逆ギレしてきました。

この期に及んで夫は謝りもせず、頭を下げてお願いすることもありません。折れない私に「困っている父さんと母さんを見てもどうも思わないのか!?」と言われたときには、言葉が出ませんでした。

私は「あなたが私にしていたことだよ」と言って電話を切りました。

これ以上一緒にいても、同じことの繰り返しになる――そう感じ、私は離婚に向けて動き出しました。義両親も「私たちのことは心配しなくていい。あなたにはあなたの人生を生きて」と私の背中を押してくれたのです。

私が家を離れてしばらくすると、夫ひとりでは生活を回すのが難しくなったようでした。話し合いの末、義両親は施設を利用することになったと聞いています。

私が施設を検討してほしいとお願いしたときは拒んだくせに……と思う気持ちがないわけではありません。私がどれだけ苦労したか、今になってわかってくれていたらいいなと思うばかりです。

♢♢♢♢♢♢

介護は気持ちだけでは成り立たず、役割分担や感謝の言葉、そして限界を認め合うことが欠かせません。「どうしたら続けられるか」を家族で話し合い、無理のない形で支え合うことが大切なのかもしれませんね。

【取材時期:2025年11月】

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

ベビーカレンダー編集部

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