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「遺言書は愛する人へのラブレターです」60代レズビアンカップルを描いた香港映画から考える“パートナーシップの現実”

  • 2025.12.23
『これからの私たち - All Shall Be Well』©2023 Mise_en_Scene_filmproduction

婚姻関係を結んでいないパートナーに先立たれるとどんな問題に直面するのか? そんな日本で暮らす私たちにとっても他人事ではないテーマに向き合った香港映画『これからの私たち - All Shall Be Well』が公開中だ。

主人公を演じるパトラ・アウ(區嘉雯)さんは、近年、高く評価されている香港映画への出演が続いているベテラン俳優。英語教師のかたわら舞台俳優として評価を高め、60代で映画界に進出した経歴の持ち主でもある。そんな彼女が、愛する人への遺言やセカンドキャリアについて語った。


明日が必ず来るとは限らない。遺言状は愛する人へのラブレター

――『これからの私たち - All Shall Be Well』(以下、『これからの私たち』)は、40年以上パートナーとして生きてきた60代のレズビアンのカップル、アンジー(パトラさん)とパット(マギー・リーさん)の物語です。

お互いの親族や友人との仲も良好で、経済的にも恵まれた暮らしを送っていましたが、パットの急死により、法律上で家族と認められていないアンジーは、さまざまなものを失っていきます。このアンジーという役柄を、どのように理解して演じましたか?

パトラ・アウ(以下、パトラ) アンジーは、レズビアンのカップルの“妻”で、いわゆる専業主婦として生きてきた女性です。LGBTQに対する厳しい現実をよく知らない状態で暮らしていました。ところが、パットの死をきっかけに、皆が彼女に背を向けたことで、自分の権利が奪われてしまったことに気づくのです。

パトラ・アウさん。

パットと築いた家族が、あっという間に消えてしまったのだと。彼女は抗おうとしますが、(同性婚を認めていない香港の)法律は味方をしてくれません。それでも彼女は戦います。親友ではなく、愛情で結ばれたカップルだということを世の中に知らしめるために。

――アンジーとパットの関係を承知していながら、彼女のことを第三者にパートナーではなく「親友」と紹介し、パットの遺産を相続する兄とその家族に怒りを覚える観客が多いようです。

でも、兄もその家族も決して悪者ではなく、そうせざるを得ない経済状況にある。それがこの映画のリアルで生々しいところだと思いました。パトラさんは演じていてどう感じましたか?

パトラ パットも、パットの親族たちもアンジーを愛しているはずです。でも、自分たちとの間に利害関係が生じた時、選択を迫られて、その選択が大切な人の気持ちを傷つけてしまう。

もしもパットが遺言書を作成していたら、きっとアンジーに財産を残しただけではなく、お兄さんやその子供たちにもお金を残したと思います。仮にパットがそうしなくても、アンジーは自分の死後、全てを彼らに譲ったのではないでしょうか。

どうか皆さん、お時間のある時に、遺言書を作成してください。そうすれば、自分の財産や大切な人を守ることができます。

©2023 Mise_en_Scene_filmproduction

東洋人は死について話すことを恐れます。遺言書を作成すると、明日にでも死んでしまうように思っていますから。でも、そんなことは決して起こりません。むしろ、愛する人への最後の手紙だと考えてください。

明日が必ず来るとは限りません。お金の話だけではなく、臓器提供の希望かもしれませんし、たとえば「このカーディガンを大切な友人に贈りたい」という願いかもしれません。私は既に作成しています。遺言書は愛する人へのラブレターのようなものなのです。

英語教師を定年退職、兼業だった俳優業に専念

――パトラさんは、香港で舞台俳優として活動したあと、1987年に米国に移住したとうかがっています。米国でも舞台に立っていたのですか?

パトラ 生計を立てるために法律事務所で働いていました。でも時折、香港から依頼を受けて、舞台に出演することもありました。当時の上司が本当に素晴らしい方で、1カ月から2カ月、長い時には半年ほど仕事を休ませてくださったのです。

――2003年に帰国し、演劇のキャリアを再開されたそうですね。

パトラ 香港では俳優の仕事だけで生計を立てられません。帰国した時、私はもう50歳だったので、そのような年齢では特に難しかった。最初は、生活費を稼がなければいけないので、舞台は諦めようと思ったのです。

パトラ・アウさん。

ですから教職に就き、高校で英語を教えていました。そのかたわら、副業として舞台出演も続けていました。そうすれば、生活費を確保しつつ、本当にやりたいこともできますからね。

――『これからの私たち』のレイ・ヨン(楊曜愷)監督は、2019年『ソク・ソク』(原題:叔・叔)で高齢のゲイカップルの愛と老いの問題を描いて高く評価されました。

パトラさんはその中で、ゲイであることを胸に秘めたまま家庭を成した主人公の妻を演じています。夫がゲイであることに気づきながら何も言えない、抑圧された役柄でしたが、あれがスクリーンデビューだったそうですね。

パトラ 『ソク・ソク』のオファーをいただくまで、レイとは面識がありませんでした。レイが主人公の妻役を探していた時に私の知り合いに連絡をとり、その人が私を紹介してくれたのです。

台本を読んで何度か話し合いを重ね、オーディションの結果、出演が決まりました。ずっと舞台で活動していたので、嬉しい気持ちと同時に緊張もしていました。

パトラ・アウさん。

――同性カップルを演じている『これからの私たち』は、全く立場の異なる役でしたね。

パトラ 当時、レイから「小津安二郎スタイルで演じてほしい」と言われ、「なるほどな」と思いました。小津スタイルの根本にあるのは、繊細な感情の変遷を表現すること。『これからの私たち』は、『ソク・ソク』とはそんな感情の移ろい方が全く異なるという点では難しかったのですが、軌道に乗せられたあとは問題ありませんでした。

映画初出演で“香港のアカデミー賞”受賞

――舞台ではベテランのあなたですが、映画の世界では慣れないことも多かったと思います。『ソク・ソク』で映画に始めて挑戦した時、プライドが邪魔をするようなことはなかったですか?

パトラ むしろワクワクしました。確かに私は今年で73歳になりますが、新しいものが好きで、新しいことに挑戦するのが好き。初心者だと言われても全く気にしません。何かを始めなきゃ、何かを学ばなきゃ、という気持ちのほうが先に来ますね。

パトラ・アウさん。

――『ソク・ソク』の演技で、映画初出演ながら香港のアカデミー賞と言われる香港金像奨の最優秀助演女優賞を受賞。その後、『星くずの片隅で』『白日青春 生きてこそ』(共に2022)といった市井の人々に目を向けた良作から、『カウントダウン』(2024)といったディザスター大作まで、話題作に立て続けに出演されています。

そして再び縁の深いヨン監督から、今度は『これからの私たち』の主演をオファーされたわけですが、出演を決めた理由は?

パトラ まず、レイは人としても監督としても、非常に好感の持てる方だからです。

『ソク・ソク』のあと、他の監督とも仕事をする機会がありましたが、中には俳優に何を求めているのか、どのようなキャラクターなのか、そしてその感情の変遷について明確にしてくださらない方もいらっしゃいました。

©2023 Mise_en_Scene_filmproduction

私のように長年舞台で訓練を受けた俳優にとっては、それでは物足りないのです。当時、私はもう教員を定年退職していたので、ただ役を演じるだけではなく、さらに年をとってできなくなる前に、頭や声や全身全霊を使って、もっと頑張って俳優業に取り組みたいと思っていたところでした。

「この年齢で失うものなんて何もありません」

――日本では『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』が大ヒットし、香港映画が再び注目を集めているのですが、香港の映画界は実は不景気だと聞いています。それでも俳優という仕事を続けたいと思える、この仕事のやりがいは?

パトラ さまざまな方々とお会いする機会をいただけることですね。『これからの私たち』が公開されてから、世界中のさまざまな場所に赴き、時にはレイや仲間たちと共に、時には単独で、映画祭にも参加してきました。

これまで考えたこともないような状況や想定外の質問に遭遇するたび、自分が持ち得るウィットを総動員して、相手を不快にさせない答えをお返ししたり、デリケートなトピックに柔軟に答えたりする姿勢が求められるのです。

パトラ・アウさん。

たとえば、ベテラン女優のセカンドキャリアについて、「あなたと同じ道を歩みたい人にアドバイスを」と請われた時には、こう答えました。「リスクを取る覚悟が必要よ。失敗を恐れてはいけません」と。

この年齢で失うものなんて何もありません。30代や40代のように、一歩間違えれば全てを失うような事態にはならない。残りの時間を自由に、少しの遊び心を持って過ごすことができます。いろんなことに挑戦して、そのプロセスを楽しみましょう。ただし、真剣に楽しむこと。今は、そんな気持ちで仕事にも向き合っています。

文=新田理恵
写真=深野未季

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