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NHK100周年ドラマの原作『火星の女王』は100年後の火星が舞台。未来の話なのに遣隋使・小野妹子について考えた理由とは?【小川哲 インタビュー】

  • 2025.12.22

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直木賞作家小川哲さんの最新作『火星の女王』(早川書房)は、いまから100年後の未来を舞台に火星に移住した人々を描いた群像劇。NHK開局100周年ドラマの原作でもある本書について、今年で作家デビュー10年目となる小川哲さんに話を聞いた。

■デビューから10年の変化

――小川さんは2015年『ユートロニカのこちら側』でデビューして今年で10年となりますが、デビューから最新作『火星の女王』までを振り返ってご自身のなかで作家としての成長や変化したことなど自覚されたことはありますか?

小川哲さん(以下、小川):大きく変化してますね。例えば自分で書いたものを自分でボツにすることが減ってきました。書いていても「これ以上はこの先うまくいかないな」とか、アイデアの着想から書き始めたけど、うまく話にならないといったことはなくなりましたね。

「これ大丈夫かな」と思って書いたものがやっぱりダメだったと思うものが減って、効率みたいなものが上がっている感じがします。あと単純にデビューからの10年間は小説のことばかり考えて生きてきたので、小説の書き方についてはそんなに考えたことはなかったデビュー時とはその差が明確についてる気がしますね。小説に対する知識や技術は10年前と比べたら上がってると思います。

最新作『火星の女王』のこと

――最新作『火星の女王』は100年後を舞台に火星で暮らす人々と地球の関わりを描いた群像劇ですが、本作を書かれたきっかけを聞かせてください。

小川:2022年にNHKから開局100周年ドラマを撮るので、火星を舞台にした原作を書いてほしいという依頼があったのがきっかけですね。

――『地図と拳』『スメラミシング』『君のクイズ』など最近の作品では歴史小説や現代劇が続きましたが、久々にSF的な作品を書いてみていかがでしたか?

小川:僕のなかでそんなに違いはなかったですね。火星を舞台にして描くことって、戦時中を舞台にして描くのと僕のなかであんまり違いがないというか、どちらもわからないことを自分で想像したり調べたり見たりして書いていく感じで同じなので、SF小説として苦労したことはあまりなかったですね。

――今作で新しく試みたことはありますか?

小川:リリという目が見えない女性を書くことが今回の作品では一番チャレンジングでした。僕は目が見えてるから目が見えない状況というのを想像するのは難しいし、小説のためにハンディキャップを持った人を利用していると思われないためにどうすればいいのかとも考えました。今回はドラマの演出家の方と一緒に視覚障がい者の同行支援の資格を取りに研修に通って自分なりに考えたりしました。

火星と地球とのディスコミュニケーション

――「光は遅すぎる」という言葉がとても印象に残っています。火星と地球の距離は作中時で9000万キロも離れていて会話するのに10分以上のラグが発生するなど、光でも「遅い」という感覚が新鮮でした。小川さんご自身は火星を舞台にした小説を書かれて発見や気付いたことはありましたか?

小川:100年後の未来を書いているけど、コミュニケーション面では100年以上前のことを書いてるんですよね。電信よりも前、手紙を送り合っていた時代や小野妹子が遣隋使として何カ月もかけて海を渡って大陸に行っていたような時代について考えたのは面白かったですね。未来になればなるほどコミュニケーションがどんどん過去に回帰していくのは面白いですね。

――「光は遅すぎる」といった言葉からもコミュニケーションの断絶が火星と地球との関係を左右する大きなテーマになっています。現実でもコロナ禍以降に会議やテレワークなどオンラインによるコミュニケーションが一般化したなかでも、実際には同じ場で顔を合わせることの大切さも実感するようになってきていますね。

小川:かつては技術が発達してお互い離れた場所でのコミュニケーションが可能になれば会う必要もなくなるよねと言われてたものが、コロナ禍でやっぱり会うのが第一じゃないかみたいな考え方も実感を伴ってきましたね。実際に対面している時のコミュニケーションは、言語のやりとりだけじゃなくて、表情とか仕草やボディランゲージとか、あるいはほんのちょっとした空気感とかいろいろなノイズが合わさってできているものなので、距離が離れている場所にいる人と心を通わせるというのは難しいんじゃないかという気がしますね。

――火星の自主独立という話がとても興味深かったのですが、何か参考にされたことなどありますか?

小川:遠方で資源が獲れて重税を課されて本国に対して反旗を翻すということでアメリカの独立戦争ですね。特にポイントは火星としてのアイデンティティをどのように作るか。アメリカの独立も民族としての独立ではなく、住む場所、暮らす場所としての独立なので、そういう意味でアメリカの独立戦争をかなり意識はしました。

――宇宙開発=人類の進歩といったイメージの先入観があるなかで、本作では人類が火星の開発を諦めて撤退するという、宇宙開発の縮小と後退がとても新鮮でした。小川さんご自身の宇宙開発のイメージはどのようなものですか?

小川:現在の宇宙開発は新しいフェーズに入っていて、NASAだけではなくてイーロン・マスクやジェフ・ベゾスといった資本家が宇宙開発を試みるような時代になっていて、冷戦時代の宇宙開発からの後退とはすこし違いますね。

宇宙開発は何が取れるかわからない分、何かを獲得できたら本当に世界を制覇するかもしれないという期待値は無限なんです。だからこそ国家にしろ資本家にしろ政治利用されやすいもので、特定の状況で盛り上がっては盛り下がるというのが、宇宙開発について考える上でリアリズムがあるかなと思いました。

ドラマの原作者として

――『火星の女王』はNHKのドラマ化を前提として書かれたということですが、小川さんは原作者として脚本家とのやりとりなどドラマにどの程度関わっているのでしょうか?

小川:脚本家の吉田玲子さんに全てお任せしました。脚本は吉田さんの作品ですし、ひとつの工程に原作者と脚本家ふたつの考えがあると話がまとまらないとも思ったので、そこはもう完全に信頼してお任せしています。

――以前トークイベントで小川さんが原作と映像化をテーマにした話のなかで「映像制作の脚本家やスタッフもクリエイターなんだ」と話されていたことがとても印象に残っています。

小川:脚本家も演出家もクリエイターだし、例えば美術の人も僕が適当に描いたコロニーを実際に絵にしなきゃいけないわけですよね。ドラマっていろんなクリエイターが自分の美学とか信念を持って取り組んでいる場でもあるため、誰がそこで最終決定をするのかが明確じゃないといけないと思っています。原作者って曖昧に権力を持ってしまっている存在で、自分の意見がクリエイターの邪魔をしないように気をつけました。映像制作の場は監督だったり、演出家だったりと様々なクリエイターの集まりなので、そこに原作者がどう関わっていくのかそれぞれが考えなきゃいけない問題だと思います。もちろん原作者もクリエイターとしての権利があるから、その権利をどう使うのかっていうのはなかなか難しい問題ですが、僕自身はそんな考えで(ドラマ制作に)関わりました。

――最後に、原作者としてどんなことを楽しみにしていますか?

小川:ドラマを見て楽しんでくれて、その上で原作も読んでもらえたら嬉しいですね。自分の作品から映像化されるのとは違って今回は最初から話を立ち上げていくところから関わっているので、どんな感想を持たれるのかすごく興味があります。ひとつの物語を小説と映像両方から見ることで違いも分かるため、そこも含めて作品を楽しんでもらえればと思います。

※NHK放送100年特集ドラマ「火星の女王」は12月13日より放送中

『火星の女王』(小川哲/早川書房)

NHKでドラマ化した「火星の女王」の原作、火星と地球をめぐる壮大なヒューマンドラマ

地球外知的生命の探求のために人生をかけて火星にやってきた生物学者のリキ・カワナベは、とある重大な発見をする。いっぽう火星生まれの少女、リリ-E1102は、地球への観光を夢みて遠心型人工重力施設に通っていた。様々な人の想いが交錯する人間ドラマ。

小川哲(おがわさとし)

1986年千葉県千葉市生まれ。2015年「ユートロニカのこちら側」で第3回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。2017年『ゲームの王国』で第38回日本SF大賞、第31回山本周五郎賞を受賞。22年『地図と拳』で第13回山田風太郎賞、翌年同作で第168回直木三十五賞を受賞。その他の著書に『嘘と正典』『君のクイズ』など。

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