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A24製作『エディントンへようこそ』撮影監督、ダリウス・コンジにインタビュー。名だたる巨匠と組んできたベテランらしからぬ信条とは?

  • 2025.12.21

ホアキン・フェニックスを主演に迎えたアリ・アスター監督の最新作『エディントンへようこそ』(公開中)。A24製作・配給による本作は、コロナ禍で揺れるニューメキシコ州の小さな町エディントンを舞台に、保安官と野心家の市長がSNSとリアルで激突する異色スリラーだ。強烈な日に照らされた乾いた大地で激突する男たちを描いた本作の撮影を手掛けたのが、デヴィッド・フィンチャーやロマン・ポランスキー、ウォン・カーウァイ、ポン・ジュノほか、名だたる巨匠の作品で活躍してきたダリウス・コンジ。『バルド、偽りの記録と一握りの真実』(22)でのアカデミー撮影賞ノミネートでも話題になった鬼才に話を聞いた。

【写真を見る】砂漠での撮影はリベンジだった?ダリウス・コンジが明かすニューメキシコ特有の“光”と“闇”

「アリ・アスター監督は、映画界に新風を吹き込む存在になると感じました」

コロナ禍で町がロックダウンになったエディントン。町中が不満を抱えながら隔離生活を送るなか、保安官のジョー(フェニックス)は、マスク着用をめぐり市長テッド(ペドロ・パスカル)と対立したのを機に市長選挙に立候補を表明する。同じ頃、ジョーの妻ルイーズ(エマ・ストーン)はカルト集団に心を奪われ家出。陰謀論が横行し、人種差別運動が激しさを増していくなかで、ある殺人事件が発生する…。

保安官のジョーは、市長のテッドにアンチマスクを訴えるが... [C] 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
保安官のジョーは、市長のテッドにアンチマスクを訴えるが... [C] 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.

本作はコンジにとって初のアスター監督作。彼がアスター監督の才能に驚かされたのは『ミッドサマー』(19)を観た時だった。「緊張感あるユニークで新鮮な作品でした。この監督はなにか特別な才能の持ち主で、映画界に新風を吹き込む存在になると感じました」。その後『ヘレディタリー/継承』(18)、『ボーはおそれている』(23)に心酔したコンジに、アスターからオファーの知らせが届いた。「私が手掛けた『セブン』や『愛、アムール』、『ファニーゲーム U.S.A.』を気に入ってくれていたそうです。話してみると映画に対する情熱が強く、また映画の趣味も私と似ていたんです。ピエル・パオロ・パゾリーニや溝口健二、黒澤明、ジョン・フォード、今村昌平たちの話で盛り上がりました」と振り返る。

「朝から昼間と夜の対照的な光が魅力的でした」

ミーティングでアスターから聞かされた本作のテーマが“モダンウェスタン”だったという。「監督から概要を聞いた時に思い浮かんだのが『大いなる決闘』や『荒馬と女』といった西部劇のクラシックでした。実際に脚本を最初に読んだ時は、西部劇というより政治的な物語という印象でしたが、読みながらワクワクしました。その後、撮影に入ってから西部劇の雰囲気だと気づいたんです。監督がいうモダンウェスタンのイメージは、砂漠のような閉ざされた空間でおもに2、3名のキャラクターが繰り広げる闘いのドラマ。ただし舞台は現代で、彼らは馬でなく車に乗っているんです」

【写真を見る】砂漠での撮影はリベンジだった?ダリウス・コンジが明かすニューメキシコ特有の“光”と“闇” [C] 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
【写真を見る】砂漠での撮影はリベンジだった?ダリウス・コンジが明かすニューメキシコ特有の“光”と“闇” [C] 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.

ニューメキシコでロケハンをしたコンジは、強い光のコントラストに魅せられたと語る。「エディントンに仕立てる場所を探すため、監督とプロデューサー、プロダクションデザイナーと車でニューメキシコ中を走り回りました。そのなかで感じたのが、目の前が真っ白になるほどの光の強さと、目の前のものすら見えないような真っ暗な闇。朝から昼間と夜の対照的な光が魅力的でした」。もともとコンジは砂漠が大好きだったそう。「撮影アシスタント時代にサハラ砂漠で3か月間撮影をしたことがあって、それから虜になりました。なにもない砂漠は、ミニマムでありながら自分の精神を見つめ直すことができる場所だと感じています」。かつてコンジはリン・ラムジー監督と西部劇映画『ジェーン』(16)をニューメキシコで撮影しようとしていた。残念ながら2人は企画から降板し、映画は別のスタッフによって完成されたため、本作はリベンジとも言える。

ニューメキシコ特有の光と闇を捉えるため、あえてコントラストを上げて臨むことにした。「監督と話をして、目が痛くなるくらいの明るさで撮りました。太陽が昇り、光が地表にバウンスし周囲を明るく照らしていく様をそのまま捉えたかったんです。撮影したのが年の初めで太陽の位置は低かったものの、十分に強い光でした。そんな昼とのコントラストをつけるため、夜のシーンは逆に不気味なくらい暗くしました」。自然光のほか、町の明かりも効果的に使われた。「砂漠に人工の灯があったらおもしろいだろうと、日が暮れて家々の電球がついていく様も使っています。暗くなるとポツリポツリと電球が灯る様子はまるでバブルのようでした」

最低限の照明によって撮影された夜のシーン [C] 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
最低限の照明によって撮影された夜のシーン [C] 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.

強い光や闇は作品のスタイルを決定づける重要な要素だったが、撮影はチャレンジングだったと振り返る。「この作品では3分の2近くが夜のシーンでしたが、撮影は困難でした。町には少し光がありますが、砂漠は真っ暗なので、問題はどうやって撮影するか。砂漠も映画のキャラクターなのでその奥深さを撮るために、人工的な光を当てたくはありません。そこでクレーンにいくつか照明を乗せ、高い位置から照らすことにしたんです。町では多少は撮りやすくなりましたが、街灯がほとんどないのでここでもクレーンで光を追加しています。この作品の照明は多くの要素を見せるためのものではなく、観客に必要最低限の情報を与えるために使ったのです」と語るコンジは、昼の撮影も楽ではなかったと明かす。「窓が大きな部屋で撮影すると、あまりに日が強いため外の景色が真っ白に飛んでしまうんです。優れたスタッフやアシスタントに恵まれたので、明るさを調整しながらなんとか克服しましたが、砂漠での撮影はチャレンジの連続でした」

「常に監督に合わせることを信条にしています」

アスターと組んだ本作を振り返り、コンジは緊張感がある充実した現場だったと振り返る。「集中力を要する緊張の日々でしたが、満足感が高い撮影でした。アリはとても優しくおもしろい人物ですが、作品に対する姿勢はひたむきで、物語を伝えるためどんなショットが必要なのか頭の中で考え抜いて撮影に臨む監督です。撮ったショットを朝や夜にアシスタントたちと一緒に観ながら、どのように組み立てるか話し合いをしていました。ショット数も可能な限り撮りたがるので、私たちもいつも以上の緊張感で臨みました。そういう意味では大変でしたが、実りのある撮影になりました」

キャストやスタッフと密に話し合いを重ねるアリ・アスター監督 [C] 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
キャストやスタッフと密に話し合いを重ねるアリ・アスター監督 [C] 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.

数多くの巨匠とタッグを組んできたコンジが、撮影監督として常に心掛けていることは、リセットだという。「監督たちはそれぞれアプローチや働き方、準備の仕方も違っているし、なにより違うストーリーを伝えています。ですから、常に監督に合わせることを信条にしています。かつて『セブン』を撮ったあとにベルナルド・ベルトルッチの監督の『魅せられて』に参加しましたが、『セブン』で学んだことや身につけた技術はまったく通用しませんでした。『ファニーゲーム U.S.A.』の次にウォン・カーウァイの『マイ・ブルーベリー・ナイツ』を撮った時も同じです。ですからそれぞれの監督やストーリー、現場に合わせて自分の技術を持ち込むよう心掛けています」。そんなコンジもかつて現場で委縮したこともあったという。「私は好きな監督とだけ仕事をしてきましたが、尊敬するロマン・ポランスキー監督の作品では、畏怖の念に駆られてしまい最初はセットでなにも言えずにいたんです。しかし作品を作っていくうちに、自分の仕事は監督をサポートすることだと気づいたんです。作品を作り上げるための一員だという意識が芽生えてからは、どんな偉大な監督との仕事でも自分の力を発揮できるようになりました」

ジョシュ・サフディ監督との再タッグとなる『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(2026年3月13日公開)も期待! [C] 2025 ITTF Rights LLC. All Rights Reserved.
ジョシュ・サフディ監督との再タッグとなる『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(2026年3月13日公開)も期待! [C] 2025 ITTF Rights LLC. All Rights Reserved.

本作はアスター監督作をはじめ、個性豊かな作品を数多く送り出しているA24作品。本作以降もA24作品が続いているコンジは、同社の持ち味は若い才能とのかかわり方にあると指摘する。「この映画のあとも『アンカット・ダイヤモンド』以来のタッグとなるジョシュ・サフディ監督の『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』とA24作品が続いています。私が受けた監督の作品をA24がプロデュースしていたという流れではありますが、彼らのスタイルには共通点があると感じます。それは若い監督に自由を与え、彼らをしっかりバックアップしていること。そのことで新しい作品を次々に生み出しているのです。ワクワクするようなおもしろい会社、それがA24の魅力だと思います」

取材・文/神武団四郎

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