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自由に楽しむコレクションとインテリアが織りなす邸宅

  • 2025.12.20
夫の両親から譲り受けた1984年製の「ロッシュボボア」 のカウチで。後方には、フォトリアルな鉛筆画で知られるロサンゼルスを拠点に活躍するカール・ヘンデルの作品と、イギリス人アーティストのシャンテール・マーティンが手がけたベンチも。 Hearst Owned

ニューヨーク州ウェストチェスター郡、ワカバック。美しい自然に囲まれたこのエリアは「ニューヨークの秘密の郊外」とも呼ばれ、実はさまざまな分野の著名人が静かに暮らしている。周囲には湖や森が広がり、ニューヨーク市の中心から車で1時間あまりという距離感もまた魅力だ。

スージー・ケンナが夫と2人の子どもと暮らす家は、ポストモダンなデザインで、いたるところにアートがあり、まるで家全体がギャラリーのよう。その背景を知れば、合点がいく。彼女はアート界での華々しいキャリアがある。大手オークション会社のクリスティーズや、世界最大規模のアートフェア「アート・バーゼル」、メガギャラリーの一つ「デイヴィッド・ツヴィルナー」など、名だたる芸術機関で働いた。現在はアートコレクターとして、バーバラ・クルーガーやジェニー・ホルツァーなどの多くの作品を所有している。

1990年代のダイニングテーブルとエットレ・ソットサスのチェア。気鋭の建築家・沖津雄司のデザインによるLEDシャンデリアも。 Hearst Owned
主寝室に飾られているのは、フランス出身のマルチメディアアーティスト、クララ・クラウスによる2点組みの絵画 (左)と、シャンテール・マーティンからのギフトのペインティング(右)。 Hearst Owned
スージー、大好きなアレックス・ガードナーのピースの前で。 Hearst Owned

1980 年代に造園建築家によって建てられた家は、もともとは作り付けの家具や光沢塗料の仕上げ、鏡を多用したバスルームなど、当時のスタイルを華やかに表現していた。しかし2番目のオーナーによってモダンなスカンジナビア風に改装され、オリジナルの面影は薄れてしまった。スージー夫妻は、失われた個性を再び呼び戻しつつ、自らの感性を重ねることを選んだ。

「オリジナルの生命力を取り戻しながら、私たちらしいひねりを加えたいと考えました」。彼女は徹底的に80 年代の様式をリサーチ。当時のデザインブックを収集して、インスピレーションを得ながら、直感的に引かれた家具やオブジェを、オークションやヴィンテージショップ、ガレージセールやFacebookマーケットプレイスから入手。

「ハイとローのものがともに好き」で、スリフトストア(リサイクルショップ)で数ドルの無名のアーティストによる作品を買うことも。家具やオブジェを一点一点吟味しながらそろえていく。 彼女にとって探す行為は楽しく、絵画や家具を有機的に組み合わせることで、なじんでいく。

「部屋に合うアートを探すことはしません。作品そのものに引かれ、それを中心に空間が自然と調和していくんです」

ホワイトで統一した寝室は、スージーの母親が滞在するときの部屋。 Hearst Owned
青が基調のオフィスルーム。都市的・建築的なモチーフを取り入れた作品を手がけるニューヨーク拠点のアーティスト、フリオ・セサル・ゴンザレスの写真作品を飾って。 Hearst Owned
「イエロールーム」と呼んでいる子ども部屋。世界地図の写真は道端に捨てられていたもの。ひと目見て気に入ったので拾ってきたが、のちに、都市風景に焦点を当てた地図作品を主に制作するコリン・モントゴメリーのものだと判明する。 Hearst Owned

インテリアの仕上げには、幼なじみで展示デザイナーとして活躍する友人を招き入れた。作品が届いた際、二人で2日間かけて配置を試行錯誤しながら屋内全体をキュレーションしていったという。最終的な判断は自身が下すが、友人のアドバイスは非常に参考になったと語る。

各部屋それぞれに個性があり、大胆な色づかいが美しい。だが、特に目を引くのが、フェラーリのデザイナーによって設計されたスナイデロ社のキッチンだ。曲線を多用したアルミのディテールは、80年代ポストモダンの美学をそのまま体現している。本来は箱形の部屋に収める前提のキッチンのため、設置は極めて困難だったという。 家の梁(はり)や構造に合わせて調整する必要があり、1 年かけて仕上げた。「このキッチンは、オリジナルの家のデザインをたたえる特別な存在なんですよ」

1946年にイタリアで創業したキッチンブランド「スナイデロ」。滑らかな曲線美が、スージーこだわりの空間を彩る。 Hearst Owned

彼女の美的感覚は、両親の影響を大きく受けている。発明家の父と美意識にあふれた母は、子どもがインスピレーションを受けられる環境をつくることに情熱を注いでいた。両親が所有するコロラドの家には美しいターコイズブルーの床が広がり、寝室は赤とターコイズのスエードで仕上げられ、大胆な配色ながらどこか上品さをたたえる空間であるという。

さて、スージーが案内してくれたこの邸宅。当初は週末や夏の間に訪れる別荘として購入したのだが、子どもたちには自然に囲まれた環境で過ごしてほしい、美しくクリエイティブな環境で育つことが大切だと感じ、本宅として生活することにしたのだそう。修復に時間を要したため、実際に移り住んだのは今年の夏のことだ。

エリザベス・ペイトンの絵の下には、オークションで入手したヴィンテージの棚と彫刻作品のような曲線美のライト。 Hearst Owned
絵に描かれた番号に「#pm」と送ると、アーティストのニック・ラッドが毎回セルフィを送ってくれるという楽しい作品。 Hearst Owned
河原温の代表作「Today」シリーズ(通称:日付絵画)をオマージュし、自身の結婚記念日を描いた作品も。こうした彼女の遊び心も空間をユニークなものに。 Hearst Owned

家にアートを置くことが、どのように影響するのか? この質問に対するスージーの答えは面白い。

「逆に、アートを置いていない家の影響をお話ししますね。2 年間、レンタルハウスに住んでいたときはベージュ一色でアートもなく、本当に退屈で憂鬱でした。でもこの家で作品が生活に戻ってきたとき、自分の一部を取り戻したような感覚になりました。私にとってアートは子どものような存在なんです」

彼女のコレクションは直感にもとづき、購入をひと目で決断することも多いが、数年かけて熟考することもあるという。選ばれた作品は一緒に暮らす存在として、家族の思い出とともに時を刻んでいく。現在は、アート界から一歩距離を置き、アルコールフリーの飲料ブランド「MARIONA」を夫婦共同で手がけている。アルゼンチンのクリエイティブチームとともにプレイフルなデザインを展開し、ブランディングそのものをアート作品のように扱っていることもユニークだ。

混沌と秩序の間にあるような作風のアマンダ・スキウロによる2点の作品。 Hearst Owned
玄関ホールに飾られた、バーバラ・クルーガーの代表作の一つとして著名な《Stay/Go》(2007、右)について、「相反するコンセプトが好き」とスージー。左はジェニー・ホルツァーの写真作品群。 Hearst Owned

スージーは近隣の人々から、かつてこの家で盛大なパーティが開かれていたという逸話を聞いた。自分たちもアートや物語を共有する空間にしたいと考える。来春には美術館と共同でイベントを予定し、地域のアーティストやコレクターを招く構想を膨らませている。そして目下、彼女が夢中になっているのが地下室の改装だ。ゲストルームやラウンジ、ジム、サウナを整え、家族や親戚、友人を招いて集える場所に──。

ただし一度に完成させるのではなく、少しずつ進め、そのプロセスを思い切り楽しむのが彼女の流儀。さらに今後の夢は、大きな壁を覆うような大作を迎えること。そして庭に屋外彫刻を設置することだという。

「普段はここから出たくない」 と語るほど、居心地がよい家。「でも、子どもたちが帰宅して走り回れば、また違いますね」 と彼女は笑う。アートと建築、生活が溶け合う家は、単なる住居ではなく、芸術の息吹きが感じられる場所だ。自宅で過ごす時間は、スージーにとって、人生の中のかけがえのないひとときである。

SUSI KENNA
スージー・ケンナ:
米国、ニュージャージー州出身。子どもの頃からアートが好きで、自身も作品をつくっていた。パーソンズ美術大学で経営学学士号、デザイン・マネジメント専攻。卒業後は「Artsy」や「アート・バーゼル」のソーシャルメディアマネージャー、「デイヴィッド・ツヴィルナー」でキャリアを積む。現在は夫とビジネスを営み、またアートコレクターとして、育児をしながら活躍する。

From Harper's BAZAAR art no.4

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